第7話・わたしは公女


「猫のきみはとっても可愛いのに、人間に戻るとどうしてこんなに生意気で小憎たらしいんだろう? いっそのことヴァルツベルグに連れ帰ってきみを一生、猫の姿のままにしてもらおうか?」


 にやりとハインツが笑う。邪な思いが顔に浮かんでいる。うわあ。ハンスさん、早く帰って来て。この人怖い……。

 わたしの願いが届いたのか馴染みの年配男性の声が部屋のドアからした。ハンスさん帰宅だ。


「ただ今帰りました」

「ハンスさん。おかえりなさい」

「ハインツ。それは無理がありますね。いまの魔導師団でそのような神技術を扱える者はいませんから」

「早かったな。ハンス」


 わたしたちの会話をハンスは戸の外で聞いていたようだ。ハンスに非難されかけてハインツが面白くなさそうな顔をする。ハンスはそれに対して苦笑した。中年の魔導師ハンスは白銀の髪に灰色の瞳の持ち主で、こめかみから伝うように顎髭が伸びていた。ぱっと見、好々爺の感じを受け性格もまたそれを裏切らなかった。


「姫さまが公子さまの事を心配しておられるご様子でしたので、ブラバルト城の近くまでいって偵察してきましたよ」


 ハンスはわたしにほほ笑みかけてきた。さすがハンスさん。頼りになる魔導師だ。


「パルシュ国王は、あなたさまが失踪したのを殺害されたとみてアイギス公子を拘束したのですがそのことを知ったプーリア教皇より見咎められたようですね」

「ブラバルト公国はロマ教が国教だったな。プーリア教皇国側としては、信者の国が異教を崇拝しているパルシュ国王に好きにされるのは我慢ならないということか」


 ハインツの指摘にハンスは頷いた。


「いまアイギス公子のもとには教皇さまの送り込まれた使者さまがいらしていて裁判まで見守るようです」

「良かった。じゃあ、アイギスの身は安全なのですね?」

「はい」


 ハンスの言葉にわたしは安心した。さすが魔導師。魔法で城のなかに入って情報を入手してきたのだろう。

 わたしは巷の噂では死んだとされているこの国の公女だ。居城スワンヘルデ城に残して来た義弟のことが気がかりだった。訳あって猫に変身する魔法をかけられて以来、人前から姿を消した状態なのでパルシュ国王はわたしを死んだことにしたと思われる。つくづく腹の立つ相手だ。

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