9-3. ビッグボアを捜索するエリー

 集合時間になると今回のリーダー役が参加者を集め、それぞれ簡単な自己紹介を行う。

 メンバーは十数人程度。4人組のパーティが2つと、エリーを含むソロ配達者が数名。

 今回は配達者ギルド単体で集めたメンバーなので、エリーにも見知った顔がいた。


「今日はよろしくお願いします、エリーです。スキルは【火魔法】で、燃やすのが得意です」


 無難な挨拶を終え、一行はギルドの用意した2台の馬車に別れて乗り込み、目的地へ出発する。

 目的地が何処かもエリーは確認していなかったが、ただ馬車に乗っていれば到着するので問題はない。


 エリーは早速、同じ馬車に乗っていた知人らに情報を確認することにした。

 以前に知り合った配達者パーティ『白き花弁』、そのメンバーの4人だ。


 リーダーで、金属鎧を装備したメルシャノン。

 狙撃用の片眼鏡をつけた弓使い、トッテリーサ。

 細身の体に厚着をした罠師のフェルハロルド。

 軽装の短剣使い、猫系獣人のエイダ。

 なかなか特徴的な組み合わせなので、4人揃っていれば見落とすことはないし、最近では単独でも何となく「あの人そうかな?」と感じる程度にはなってきた。


「すいません。今回の依頼のビッグボアって、猪ですか? 蛇ですか?」

「ん? ……ああ、成る程な。蛇の可能性もあるのか」


 エリーの言葉に、メルシャノンが少し遅れて頷いた。


「にゃにゃ? 蛇じゃないのがあるのにゃ?」

「猪なのです。エリーさんも今言ってたのです」

「俺っち達も猪の方は何度か狩ったでヤンスが、蛇は経験ないでヤンスね」


 『白き花弁』の予想では猪に3票、蛇に1票。

 要するに「確認してない」ということである。


「依頼書にはビッグボアって書いてましたけど、実はビッボアの可能性もあるんじゃないか、って昨日うちの子と話してまして」

「いや、有り得なくはないな。以前にも砂袋sand bagのつもりで調達依頼を受けたら納品時、頼んだのは砂漠牡鹿sand buckだと突き返されたことがあった」

「ええ……それは酷いですね……」

「確かに変な依頼だとは思っていたのです。後で依頼書を確認したらサンドバッと書いてあったのです。メルシャノンが読み間違えたのです」

「それも酷いですね……」


 酷いポイントが多すぎて、逐一列挙するのも面倒くさい。

 何にせよ、討伐対象の正体は不明ということだ。


 と。エリーと『白き花弁』の4人、合計5対の視線が、馬車の隅へと向かう。

 厚手の布鎧を身に付けたハーフリングが、俯いて目を閉じていた。

 眠ったふりをしているようだが、エルフの鋭敏な聴覚には、それが寝たふりであることなどお見通しであった。

 『白き花弁』の面々も、エリーのような武力特化ではなく、地道に経験を積んでランクアップを重ねた中堅配達者だ。やはりハーフリングの狸寝入りは見破られているらしい。


 急に会話が止まった馬車内を不思議に思ったハーフリングは、こっそりと薄目を開けて、周囲の様子を窺った。


「えっ」


 そして、全員の視線が自分に向かっていることに気が付いた。


「君は今回の討伐対象について、詳細を知っているか?」


 メルシャノンが尋ねる。


「え、わた、わたしですと?」


 わたわたしながらハーフリングは答えた。

 出発前の自己紹介で名前は聞いているが、今回の参加者にハーフリングは2人いたので、エリーには今ひとつ判別が付かない。

 とはいえ、『白き花弁』のメンバーもヒュームと獣人なので、恐らく異種族の見分けは付いてないだろう、とエリーは泰然とした態度を崩さない。


「ああ、ヒセラ。君だ」

「ひぇ」

「へ」


 メルシャノンの言葉に気の抜けた返事をしたのがハーフリングで、間の抜けた返事をしたのがエルフだ。


「何でエリーさんも驚くのです?」

「え、ヒュームってハーフリングの顔の見分けつくの? ズルくない?」


 エリーの呟きを耳ざとく拾ったトッテリーサに尋ねると、片眼鏡の弓士は何でもないように答えて返した。


「男女くらいはわかるのです」

「……その発想はなかったなぁ」


 異種族の性別。全く気にしないではないが、言われてみれば、エリーはそれを大して重視してこなかった。

 深い付き合い、長い付き合いをするなら色々と気を遣うこともあろうが、今回仕事でたまたま一緒になっただけの相手の性別など、気にすることがあるだろうか。


 例えば、配達者パーティ『白き花弁』は男女関係で面倒な話があったと聞いているので、その流れで各人の性別も覚える機会があった。

 が、このヒセラというハーフリングは初対面。語弊を恐れず言えば、他所のペットの犬の性別を気にするか否か、という程度の話である。繁殖目的で飼育するならともかく、対等な人として付き合う上では、それこそ銭湯や公衆便所が別れる程度の話だ。


 しかし、確かに性別を見分けることができれば、当てずっぽうで異種族を見分けられる確率が、実質2倍にまで跳ね上がるのである。これは異種族領に住むエリーにとって朗報と言えよう。

 見分けることさえできれば。

 残念ながら、エリーにはそんな高度な鑑定眼は無かったが。


「恥ずかしながら、我々5人は討伐対象のビッグボアが、猪か蛇かも把握していなくてな」

「わた、わた、わたしも判らんですと! へ、蛇だと思ってましたと!」


 急に知らない人達に話し掛けられたためか、ハーフリングは随分慌てながらそう答えた。

 ヒューム組は猪、それ以外は蛇。

 綺麗に3対3で予想が分かれたが、誰一人として根拠は持っていないので、だから何だという予想だ。



 そういうわけで仕方なく、休憩で馬車が止まった時に、エリーとメルシャノンはもう1台の馬車のメンバーにも同じことを聞いて回った。


 聞いて回ったのだが。


 誰1人として、正確な討伐対象は把握していなかったのである。


「どうやって探すんですかね」


 まさか、それらしい相手を総当たりで討伐する、というわけでもあるまい。

 討伐自体は問題ないが、周辺一帯を虱潰しにするのは手間だ。仮に猪を倒しても、それが討伐対象と無関係で、まだ蛇がいる可能性を捨て切れないのだ。意気揚々と猪の牙なりを持ち帰っても、何だこれはと突き返される恐れもある。


 眉間にしわを寄せるエリーに、しかしフェルハロルドは気軽に答えた。


「まあ、ギルドに依頼が来たってことは、依頼人がいるってことでヤンス。詳しい話は現地で聞けばいいでヤンスよ」

「あ、なるほど」


 道理で皆、それほど焦っているようには見えなかった訳だ。

 最初からこの解決法が判っていた者達は、気楽なコミュニケーションかレクリエーションのつもりで、このアンケートごっこに興じていたのだろう。


 そうこうする間に休憩は終わり、馬車は目的地に向けて出発する。

 何事も起こらなければ、日暮れ頃には到着する予定だ。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る