7-4. エルフの弓使いエリー

 パースリー子爵領の領都パースリー市から、リエット侯爵領の領都リエット市までは、足の速い馬車で片道20日程度。

 今回のような大荷物の集団なら、+4日ほどかかる。


 フルリニーア王国の最果てにあるリエット侯爵領から王都までは、大きな幹線街道が走っており、街道沿いの領地もそれなりに安定して発展している。基本的には1日の進行距離ごとに村や町が作られ、目安を無視して全力疾走するような急ぎの要件でもなければ、旅人は道端で野営する必要はない。


 街道沿いは比較的治安も良く、道中や途上の町村で野盗に襲われることも滅多にない、とされている。

 馬車で1日(実移動時間にして7時間程度)の間隔で人里があるのだから、中間地点でも片道3時間半。狼煙を上げれば騎馬で2時間足らずの内に救援が来るわけで、盗賊稼業をおこなうにもリスクが大きい。

 余程間が悪ければ、大集団や強大な個人戦力を持った野盗に遭遇する事もあるだろうが、一般的には敢えて街道沿いで不法行為をおこなう者は少ない。

 街道沿いでも村の中でも構わず、レベル999の野盗やテロリストに遭遇するエリーとしては、若干納得のいかない所だが。


 ともあれ。道中の護衛の仕事は、主に偶々かち合った魔物の相手、ということになる。

 初日は何事もなかったが、2日目にはそんな遭遇戦が発生した。


「来たぞッ、受け止めるんだな!」

「おおおおおおぉぉぁぁぁぁぁッ!!!」

「うらあっ! 死にさらせッ!!」


 がつん、どごん、とウシタウロスの群の突進を受け止めては、盾や拳や鈍器で止めを刺していく護衛集団。

 肉弾戦向きで無さそうに見えた者達も、他の者が動きを止めた獲物を刃物や何かで次々に仕留めていく。


「はー、すごい。安定感がありますねぇ」

「キュフー!」


 箱馬車の窓に張り付いて観戦モードのジローとヒタチマルに、エリーは後ろから声を掛けた。


「防御系スキルばっかりでも、皆さん普通に強いよね」


 正直な所、自己紹介の時にエリーは少しだけ思ったのだ。

 これ大丈夫なのかな、と。

 防御ばかりで膠着状態になっちゃうのでは、と。


「スキルはなくても剣は振れるし、拳も握れますしね」


 ジローは事も無げにそう答えた。

 スキル授与の年齢に達していない未成年のジローは、既に大手商会で大役を任されるほどの人材になっている。

 エリー自身、スキルを授かる前から弓を引いて獲物を狩ったりはしていたのだ。

 考えてみれば、【火魔法】のスキルを得て以来、無意識に魔法を使うことに縛られていたような気もする。エリーの両親だって【火魔法】スキルを持っていたが、普段は料理と暖房に多少使う程度だったのに。


「今になって思えば、スキルが外れだから家を追放するってのも変な話よね。あの頃は、私も全然疑問に思ってなかったけど」


 外れスキル(外れではない)を授かったことで実家を追放された過去のあるローズマリーも、今ではスキルを絶対視することに懐疑的になっている。

 確かにスキルは便利だが、それが全てではない。わかっているようで、つい忘れてしまうことだ。


「ただまあ、護衛は安定感が重要なので。防御系とか治療系のスキルの人がついてくれると助かりますね」

「罠や待ち伏せも怖いから、感知系スキルも1人は欲しいわね」

「なるほどなぁ。私も一応防御系の魔法は使ってたけど、基本的には先手を打って殺せば勝ちって思ってたからなぁ」


 それで先手を打たれて殺されたばかりなので、滅多なことは言えないエリーだが。


「私も弓持ってきてるし、ちょっと戦闘に参加しようかな」


 エリーは大きめの声で独り言を吐いた。


「……まあ、接近戦をしないならいいですよ。ヒタチマル、エリーさんを守ってあげてね」

「キュッキュ!」

「わっ、エリちーも出るの? がんばれー!」


 同行者の許可も出たので、エリーはヒタチマルと共に停車中の馬車から降りて、その背に跨った。




「加勢しますよー!」

「おっ、エルフの弓なんだな! 物語じゃ定番なんだな!」

「【弓術】スキルは無いですけどね」


 戦闘は勝勢に傾き切っていたが、やはり決定力に欠ける防御型パーティに攻撃役が増えたことは、護衛組からも喜ばれた。

 警戒心の強い小動物を遠距離から仕留めて来たエリーにとって、前衛達に足を止められた大型魔物など単なる的でしかない。少し離れた位置からウシタウロスの眼窩がんかを簡単に射抜き、魔物の群れを短時間で殲滅した。


「やるじゃーん、エリーちゃーん!」


 鱗鎧の冒険者が肩を組んで来たので、たぶんセセリナさんだな、とエリーは心の中で確認しながら「どうも」と笑い返した。


「セセリナさんもすごかったです。ウシタウロスを正面から受け止めてましたよね?」

「あはは、靴の裏にねー、ほら、スパイクがついてんだー」

「なるほど」


 鋭いスパイクを見せられても納得しづらい話ではなかったが、セセリナの【頑強】がなかなか強力なスキルだということだろう。

 ヒタチマルの【豪腕】も割と無茶苦茶な威力を出すことがあるので、そういうものだと思うしかない。


「セセリナ。出会ったばかりの人に、あまり馴れ馴れしくするものではありませんよ」

「そうさよ、アンタの鎧は鱗が地肌に刺さるんさね」


 そう言いながら歩み寄ってきたのは、杖を持った人と、手ぶらの人だ。

 杖を持った方は【結界魔法】のタンシアのはず。

 手ぶらの方は、他と比べて薄着だから【硬質化】のミミガーヌだとは思うが、エリーにはあまり自信がなかった。戦闘中に上着を脱ぐ人が、案外多かったからだ。


 確かに、エリーも内心服越しに鱗がチクチクするなとは思っていたが、薄着の(推定)ミミガーヌではより酷いことになるだろう。【硬質化】スキルで肌を硬くすれば問題ないのだろうか。


あによー、エリーちゃんも嫌がってないでしょー? ねー?」

「嫌ではないですけど、鱗はチクチクしますね」

「おっ、意外と言うねー? この子はー!」


 そう言って髪を撫で回す手甲も、掌部分はともかく外側の鱗が髪に引っ掛かって微妙に痛いが。悪い気分ではない。


「ふふっ、エリーさんがご不快でないのなら良いでしょう。今回はそれなりに長旅になりますし、私達とも仲良くしていただけますか?」

「はい、宜しくお願いします、タンシアさん」

「アタシも宜しくするさね! 改めて、【硬質化】のミミガーヌさよ!」

「はい、こちらこそよろしくです。【火魔法】のエリーです」


 懸念事項だったミミガーヌの同定についても、本人の再度の名乗りによって解消され、エリーは晴れやかな気持ちで言葉を返した。



 それからエリーを含む護衛組はウシタウロスから大量の魔物の死骸から、各ギルドで討伐証明とされる部位だけを回収、山分けした。大抵のギルドでは角を討伐照明部位としているが、便利屋ギルドだけは尻尾がそれになり、これは同ギルド所属の【矢避け】のレバーリエが総取りしていた。ウシタウロスの尻尾を加工したブラシは、細い隙間の掃除に便利らしい。

 今回は護衛依頼中なので、他の食肉や素材になる部位も含めて、穴を掘って埋めることになる。エリーがレベル999なら【火魔法】の≪物がたくさん入る火≫を使って全て運ぶこともできたが……スキルは本来、そこまで便利な物でもない。

 自分の取り分の角だけを箱馬車に乗せてもらい、エリーはヒタチマルの散歩も兼ね、キャラバン隊周囲の護衛に参加することにした。

 ドワーフの背に乗ったエルフは威圧効果も高い。知能の低い魔物でも、幾らかの警戒を抱いてくれるだろう。



「よう、エリーちゃんに、ヒタチマル。さっきはありがとうなんだな」

「えーと、カルビレオさん。どういたしまして」


 車列と並走するエリー達に声を掛けたのは盾を持っているので、【盾術】のカルビレオ。

 一番わかりやすい相手だ。


「2人は本当なら馬車でのんびりして貰っててもいいのに、魔物狩りも穴掘りも手伝ってくれて助かったんだな」

「中にいても暇ですし、穴掘りとかはヒタチマルが得意ですからね」

「キュー!」


 ちなみに、本来ハクビシンに穴を掘る習性はなく、イタチやアナグマと違って地面を掘るのは苦手な方だ。だが、ヒタチマルの動物知識はわりと大雑把であるため、生態を誤解していたりする。ハクビシンはどうあれ、ドワーフは穴を掘るのが得意だし、【豪腕】スキルは穴掘りにも便利なのだった。


 それはそれとして。

 折角カルビレオの側から話し掛けてくれたので、エリーは1つ、初日から疑問に思っていたことをいてみることにした。


「昨日私を見て、初めまして、って言いましたよね」

「? 覚えてないけど、たぶん言ったんだな」

「どうして初めましてって判ったんですか?」


 エリーは不思議そうに尋ね、カルビレオも不思議そうに見つめ返した。


「キュイー?」


 ヒタチマルも不思議そうに鳴いた。

 どうも、質問の意味が通じていないらしい。


「えぇと、あれです。

 どうしてエルフの顔の見分けがつくんです?

 異種族の顔って、見分けるの難しくないですか?」


 エリーが言い直すと、盾を持ったヒュームはようやく合点がいったのか、


「付かないんだな」


 と笑って返し、


「エルフなんてこの辺にいないし、エルフと話したのが生まれて初めてなんだな」


 そう補足した。


「なるほど。そういえば、私もこっちに来てから私以外のエルフは1人も見たことないですね」


 そう言われれば納得しかない。

 ヒューム領にも獣人やハーフリングはそれなりに暮らしているし、ヒタチマルの出身地であるガーランド町のように、ドワーフが纏まって暮らす町もある。異種族を殊更珍しがることはないが、珍しい種族はそれなりに目立つのだろう。


「そういえばエリーちゃんは、俺達のこと見分けられてるんだな。ヒューム領に住んで長いんだな?」

「いえ、こっちに来てからまだ数ヶ月で、ヒュームの見分けも全然ですねぇ。カルビレオさんはほら、大きな盾が」

「ああー……なるほどなんだな」


 シルエットでも見分けが付くような、大きな武器を持っている人は大変素晴らしい。服の色に統一感がある人も良い。前髪でしか見分けがつかないような人達はどうかと思う。異種族の街で暮らすエリーは、常々そう思っている。


 エルフは肉体的成長、魔力的成長、新陳代謝が遅い長命種なので、個々人の特徴の変化が極めて小さいのだ。

 逆に、日毎に目に見えて成長・老化し、爪や毛が伸び、皮膚が垢となって剥がれ、魔力の色や形がふらふら揺らぐ短命種――ヒュームやドワーフが、同種をどう見分けているのか、エリーには不思議だった。

 視力の低い獣は臭いで個を識別するという。集団で営巣する鳥には、鳴き声で判断する種もいるらしい。しかし、見た目でわかるものだろうか。

 流石に付き合いの長いジロー辺りなら、そうそう見間違えないと思うが、ローズマリーと妹アウローラが同じ服装、同じ髪型をして無言で並んでいたら、エリーにはまだ見分ける自信はない。兄の子爵くらいならわかると思う。わかるはずだ。



 ともあれ、そんな慣れない仲間達との旅路は、驚くほど順調であった。

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