7-2. 労働意欲に燃えるエリー

 エルフの森を焼いてひょんなことから「【火魔法】レベル999」という圧倒的な力を得た、エルフのエリー。

 エリーは暴力を背景にした短絡的な問題解決傾向を不安視され、同居人に不殺ころさず令を発令されていた。

 それが解除されるに至り、そろそろ休暇も終えて、仕事を再開しようとした次第である。


 しかし、それを同居人のジローが反対した。


「エリーさんはレベル999になるまで、お仕事禁止です」


 レベル999だったエリーは一度死んで蘇ってひょんなことからレベル1に戻ったばかり。

 それから5日が経ったものの、未だレベル6だ。

 確かに最盛期に比べればカスのようなものだが、エリーにも反論はある。


「ジローだってスキル無しでお仕事してるでしょ」


 立ったまま見下ろしてくるジローに、バケツを抱えて椅子に座るエリーが反論した。


 ヒュームの少年ジローは、未だスキルを持たない未成年ながら、商家で商人見習いとして正規雇用されている。立場的には見習いながら正規雇用となったのは、雇用主からの期待の表れだ。

 最近は成人後の幹部登用を見越して、出張を含めた幅広い業務に携わるようになってもいた。

 なお、担当業務は既に見習いの範疇でもないが、給与テーブルは見習いの区分に準ずる。


「いや、僕は基本的に内勤ですし。

 とにかくレベルが上がるまでは僕が養いますからね。エリーさんのお好きなスローライフですよ、スローライフ」


 ジローはそんなことを言う。


 エリーの夢は、のんびり過ごせるスローライフだ。

 だが、ジローの提案するそれは、エリーの望むスローライフではない。

 収入がないのは精神的な負担がかかるので、あまりスローではないのだ。


「キュイー……ぷすー……キュイー……ぷすー……」


 眉尻を下げたエリーの足元で、ドワーフのヒタチマルが丸くなり、呑気に寝息を立てている。


 催眠術で自分がハクビシンだと思い込んでいるヒタチマルは、国法に保障された人権を持ちながら、今はエリー達のペットのような扱いにある。

 衣食住を保障され、悩みもなく食べて寝て過ごす日々。これはこれでスローライフと言えるが……自分もこうなりたいか、と問われれば肯定は難しい。

 人は「今持っている物」を失うことを、何より恐れるものであった。


 それはそれとして。

 エリーは指摘する。


「ジロー。最近感覚が麻痺してるのかもしれないけど。

 普通の駆け出し配達者は、レベル5くらいで普通に働いてるんだよ」


 配達者とは、国際法で認可された配達者ギルドに所属する個人事業主の通称であり、主に依頼を受けて「何かを何処かに届ける」ことを業とする者を指す。

 法的根拠として依頼内容は「届ける」「配達する」という表記になっているが、配達対象は物や人、情報に限らず、「近隣の魔物を討伐し、討伐証明をギルドに届ける」だの「街の警備に参加し、地域に安全を届ける」だのといった、こじつけ気味の依頼も広く請負っている。その性質上、魔物や盗賊、破落戸ごろつきとの戦闘を伴う業務も多いが、必ずしもそれだけではない。

 最低限の戦闘技能は必要だが、本当に最低限でも仕事はできる。


 が、それはそれとして。

 ジローもまた指摘する。


「逆に聞きますけど、エリーさん。

 エリーさんがレベル10だったとして、エルフの里からここまでを、無事に生き延びられたと思いますか?」

「ぐ……っ」


 そう言われると、ぐうの音も出ないのだ。


 エリーには昔から、どうも間が悪い所があった。

 このところ、何だかやたらと高レベルの野盗やテロリストに襲われがちな彼女である。そして、相手は犯罪行為を躊躇ちゅうちょしない、暴力慣れしたアウトロー。普通の駆け出し冒険者が、真面まともに戦えば勝ち目はない。

 そう考えると、レベル6ぽっちで表を出歩くのも、何だか不安になってくるではないか。


 エリーの抱えていたバケツが、持ち主の動揺に合わせ大きく揺れた。


「キュッ!?」


 バケツから水飛沫が跳ね、ヒタチマルが慌てて跳ね起きる。

 何事かと左右を見回し、


「キュフー……」


 とそのまま二度寝した。

 何とも呑気なもので、気が抜ける。

 やっぱり、これはこれで魅力的な生活だな、とエリーは思った。



 森を焼く訳にも、街を焼く訳にもいかないので、現在のエリーは地道に【火魔法】スキルの修行、レベル上げをしている。

 抱えたバケツもその一環だ。

 【火魔法】の場合、効率がいいのは保温魔法。冷めにくい容器に入れたお湯を保温すると、少ない魔力でも使判定となり、省魔力で長時間鍛えることができる。


 スキルは基本的に使えば使うほどレベルが上がるものだが、レベルが高いほど上がりにくくなる。5日でレベル6まで上がるのは、中央値から見れば早い方ではある。といっても、レベル1桁の間は目に見えて努力の成果が出るので、この辺りまではそれほど珍しくもない。


 それでも一般には、普段の生活でスキルを使う機会のない者が一生で到達するレベルが10~20程度とされているのだ。

 スキルを仕事にしている者でも数十年でレベル30~50、熟練の名人や達人がようやくレベル70程度とされている。

 普通のペースではレベル999など、長命種にとってさえ非現実的な数字なのだ。

 最近は、そんなレベル999を妙によく見掛ける気もするが。


「私だって、早くレベル上げたいのは山々だけどさぁ」


 エリーは湯の入ったバケツを軽く小突いて言った。


 急いでレベルを上げる必要はないと思っていたが、それでも、人は一度得た物を失うことを嫌う。

 カンストレベルから初期レベルまで落ちたエリーは、やはりレベルを取り戻したいとは思っている。

 ただ、良案がないだけだ。


「そこで、秘策があります」

「秘策?」

「リエット侯爵領へ行きましょう。今回は僕も同行しますので」


 困り顔のエリーに、ジローは自信ありげに答えた。

 リエット侯爵領は、人類領域の北側を占めるヒューム領、ヒューム領の果てにあるフルリニーア王国、その果てにある貴族領だ。人類領域の最北端。そこから北に位置する森は、魔物の領域である。


「魔物の森なら焼いても良いでしょ、って話?」

「あ、森は焼かないで大丈夫です」

「そうなの?」


 殊更に自然保護を訴える訳でもないが、自然を愛する森エルフとしては、森を焼かずに済むならその方が良い。


「でも、無収入で旅行に行くのって、結構つらいんだよ」

「でしたら、ちょっと待っててください。お仕事で行けるようにします」

「そんなこと出来るんだ……」


 エリー自身としては、そこまで急いでレベル999にしないといけない用事もないのだが。

 折角小さな子ども――にしてはしっかりしてるな、という気もするが、エルフに短命種の年齢は極めて大雑把にしか判らない――が考えてくれたことだ。

 無下にすることもあるまい、とエリーは思った。


「じゃあ、何だかわからないけど、お願いしようかな」

「はい! 安全安心で平和的な、レベル上げの旅をお約束しますよ!」


 そう言ってジローは仕事に出掛ける。

 エリーは足元で寝こけるヒタチマルを眺めながら、湯が冷めきるまでぼんやりと過ごしていた。




***




 翌日。


黄金級配達者のエリーさんですね。指名依頼が来てますよ」

「へ」

「キュー?」


 昨日まで仕事に行くなと言っていたジローが、今日はギルドに行ってこいという。何事かと思えば、そういう話になっていたらしい。


「依頼内容は?」

「人物の配達、つまり護衛ですね。依頼者はローズマリー・アシュレイ・パースリー様、護衛対象はご本人と、ベンジャミン商会のジロー様。宛先はリエット侯爵領リエット市です」

「おー……」


 エリーは同行していたヒタチマルと顔を見合わせる。

 どうやら、他人のお金で旅行ができるらしい。


「とりあえず受けます。詳細は当事者に聞けば良いですか?」

「はい、そのように承っております」


 エリーはジローのやり口に若干不安を覚えたが、他所様よそさま――領主の妹まで絡んでいる話だ。断るのも不義理だし、何より、そう悪いことにはなるまい、と。

 依頼書も読まずに、受注のサインを済ませた。

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