6-9. 【火魔法】レベル4のエリー(第六章完)

「聞きましたわよ! この、薄汚いエルフめ!」


 何だか貴族の令嬢みたいな口調の子が来たな、とエリーは思った。

 その感想は間違いではない。

 何せ、実際ここは貴族の邸宅だし、やって来たのは貴族の令嬢なのだ。


「外れスキルのお姉さまが、その亜人を使って!

 パースリー子爵家を、乗っ取る気なのですってね!」


 お茶会からの帰り際。

 突然乗り込んで来たのが、領主とローズマリーの妹、アウローラという少女なのだそうだ。

 法的に(あるいは精霊の判定的に)成人してはいるものの、まだ半分子どものような年頃である。


 非常に面倒だが、友人の妹とあっては無視をするのも忍びない。


「誤解ですよ」


 とだけ、エリーは無表情に答えた。


「ぐぬぬ……よくもこの私に向かって生意気な口を!

 そこまで言うなら、どちらが正しいか、決闘で証明しますわよ!」


 会話のキャッチボールは明後日の方向へ何度もバウンドし、豪速球で弾き返された。

 これは平均的なパースリー家の血筋による会話であり、アウローラが特別に短気なのではない。

 フルリニーア王国の狂犬、諸刃もろは懐刀ふところがたな。その血を最も色濃く受け継いだ末裔こそが、領主の末妹――アウローラ・ステラ・パースリーその人なのであった。


「エリちー! 生意気な妹にお灸を据えてやって!」

「エリー嬢。ローラは見た目より高レベルだよ、気を付けて」


 そして誰も止めない。

 まず魔法で殴ってから、相手の話を聞く。

 理性派のローズマリーですらそうだった。

 家訓以前の本能だ。


 殴って死ぬ相手の話は聞く必要がない。

 殴り返されて死ぬことは考慮しない。

 パースリー家とはそういうものだ。


「わかりました」


 そして、エリーはエリーで短気であった。

 簒奪者の新女王が「何かむかつく」程度の理由で、故郷の森を焼き、女王を討滅する。

 長命種らしからぬ気の短さを持つ、奇特なエルフである。


 相手の髪の毛はふわふわで、纏うドレスもヒラヒラしているし。

 良く燃えそうだな、とエリーは思った。


「ちょっと! エリーさん! 忘れてませんか!

 今のエリーさんは、レベルがリセットされたんですよ!」

「うん、今でレベル4だね。まあ何とでもなるよ」


 ジローの制止も聞かず、ルールの確認に移る。


「場所は? あと武器や触媒の持ち込みは?

 確か、妹さんは【鉄魔法】でしたっけ。

 そっちが武器とか使うなら、こっちも同程度の物は借りていいですよね?」

「場所は屋敷の裏の訓練場ですわ!

 私は鉄槍と砂鉄を1袋! 貴女も好きな武器を選びなさい、当家から貸し出しますわ!」

「なら、鉄を使ってない弓と矢。あとボロ布と油をお願いします」

「火矢ですわね! すぐに用意させますわよ!」


 そして互いに話が早い。

 手の内を隠す気もなく、とにかく最速で決闘を始めようという気概すら感じる。


「どうしよう、ヒタチマル……」

「キュー……」


 ジローとヒタチマル、戦闘民族ではない2人はただ、不安げに成り行きを見つめるのみであった。




 ***




 パースリー家の魔法決闘にルールは3つ。


 1つ、魔法系スキルを使用すること。

 魔法系スキルを持たない者は、決闘に参加する資格もない。


 1つ、戦闘開始位置は互いの歩幅で10歩ずつ離れた位置から。

 自分の魔法の特性に合わせ、大股小股で調整することは自由。


 1つ、相手が「死ぬ」と認める攻撃をすれば勝ち。

 基本的には寸止めだが、当たった場合は急いで治療する。


 武器や補助具、魔道具の使用にも制限はない。

 レベル差も体格差もあって当然。強い方が強い。


「それでは、ローラ対エリー嬢の魔法決闘を開始する。

 双方構え……初めッ!!」


 子爵の合図と共に、訓練場の中央で互いに背を向けた両者が、10歩の距離を歩き出した。



「こちらはレベル4です。先手は譲ってもらえますか?」

「構いませんわよ!」

「それはどうも」


 アウローラは【鉄魔法】レベル22。

 普段から屑鉄を買い集め、魔力に変換することで体内魔力の上限以上に魔法を使い続け、年齢の割にかなりの高レベルに至っている。仕事等で日常的にスキルを酷使する者が10年、20年とかけて到達するレベルだ。


 対するエリーは【火魔法】レベル4。

 カンストレベルで解放される「概念操作」は元より、魔力から炎を生み出す「生成」すら使えない。レベル50で解放される「生成」が使えないのはアウローラと同条件だが、レベルが低く、扱える火の大きさにも制限がある。


「≪イグニッション≫」


 大袈裟な響きの呪文を唱え、エリーは油を染み込ませた布を巻いた火矢に点火した。

 周囲の熱を集めて可燃物に着火するだけの単純な魔法だ。


 ただし。

 エリーの使うこの魔法には、エルフの森を焼き尽くした実績・・がある。


「行きますよ」

「どんと来なさいまし!」

「……≪ウィスプ≫」


 小さな詠唱と共にエリーが放った火矢は、山なりにアウローラへ向けて飛んでゆく。

 アウローラは槍を構え、前方に駆けながら魔法を行使した。


「≪バリケード≫!」


 周囲の鉄製品を使って壁を作る魔法。

 砂鉄を操作して少し離れた位置に浮かせた鉄壁は、エリーの放った火矢を軽く弾き、


「ふっ、次はこちらの…」


 ふわり、と火だけが盾を周り込み、アウローラのドレスに引火した。


「きゃあああ!?」


 離れた位置から魔法を操れば、必要な魔力量は増える。とはいえ、この程度の距離。エルフの魔力量なら、どうにか無理やり動かせる範囲だ。

 予想外の事態に混乱し、転がって火を消そうとするアウローラを後目に、エリーは2本目の矢をつがえ。


「≪イグニッション≫、≪ウィスプ≫」


 矢を放とうとした所で、


「降参! 降参しますわー!!」

「そこまで! 勝者エリー嬢!

 誰か水をッ!! 火傷の治療もだッ!!」


 決闘は終わった。




 ***




 魔法の大家たいかといっても、所詮は喧嘩慣れもしていない貴族令嬢。

 実戦形式の戦闘で先手を譲った時点で、余程の実力差がなければ勝てるはずもない。


「無傷で拘束は無理だけど。たかだか人を殺すのに、そんな御大層な魔法なんか要らないでしょ。先手貰えて、不殺ころさず令さえなきゃこんなもんだよ」

「その節はすみませんでした」

「私も今は反省してるわ。4:6シブロクで私にも過失があったかも」


 勝利者コメントに何故か謝罪を返すジローとローズマリーをスルーして、アウローラは粛々と敗者の礼儀を示した。


「この度は調子に乗って申し訳ありませんでしたわ……。

 エリー様の言い分は全面的に正しい……。

 エリー様は何も悪くありませんわ……。

 悪いのは、小賢しい外れスキルのお姉さまだけですわ……」


 しかし、ローズマリーの事はまだ認められないようだった。


「でもロゼちーにも負けたんですよね?」

「負けた……んですの?

 決闘が始まったと思ったら、知らない間に首元にナイフを突き付けられてましたのよ?

 あれ負けですの? 逆に実質勝ちでは?」


 エリーの問いに、アウローラはやはり納得いかない様子で答えを返す。


「ローラ! 貴女、あの時はちゃんと降参したでしょ!」

「だって……お父さまが仰いましたわ。お姉さまは自滅しかできない外れスキルですのよ?」

「なっ!? それなら、もう一度決闘で白黒つける?」

「望むところですわ!」


 このままだと姉妹喧嘩が始まりそうだったので、エリーは仕方なく。


「いや、【時魔法】なんか絶対強いに決まってるでしょ。

 せめてレベル10に達してから判断しろというか……私も1回、ロゼちーに瞬殺されましたしね。レベル999の時に」


 今更に過ぎる内容を指摘することにした。


「えっ」


 後半の補足には、妹もドン引きしていたが。


「えっ」


 兄もドン引きしていた。


「エリちー! それは言わない約束でしょ!」

「してないでしょ、そんな約束」

「そうだっけ。ならいいわ」

「あの、マリー? やっぱりパースリー家はマリーが継がないかい?」

「お、お姉さま、今まで失礼な態度を取って、誠に申し訳ありませんでしたわ」

「もう! お兄様もローラも何よ、そんな怯えたフリなんかして! 馬鹿にしてるの!?」

「ひっ、してないです!」

「ひゃっ、ごめんなさい!」


 格付けが確定すれば仲直り。

 それもまたパースリー家の家風なのだろう。



「何か今回、ずっと心労がかかってた気がする」


 貴族の相手は面倒臭い。ジローは改めて心に刻んだ。


「キュー」


 ジローの精神安定のために髭も髪も撫でまわされ、毛束がふわふわになってしまったヒタチマルも、似たような感想を得たらしい。





―――――――――――

以上で第六章完結です。

いつもお読みいただきありがとうございます。

自分が読みたい物を書いている本作ですが、

読者の皆様にも楽しんでいただければ丸儲けです。


第七章は諸般の事情により

本話公開日までに書き終わらなかったので、

数日空けての投稿予定です。

引き続き、第七章で宜しくお願いいたします。

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