6-7. 簡単に認められるエリー

「よしんば悪に染まっていたとして、敵対する者を慈悲もなく殺害するのは正しくないと思うのよ」

「まぁ、そうですねぇ。私も最近、何でも暴力で解決するのはどうかなって思ってて、なるべく暴力とは関わらないようにしてたんです」

「あら、そうなの? それを聞くと、尚更勘違いして悪かったと思うわ……」


 葬儀場から領主邸に招かれたエリーは、ローズマリーの私室でお茶を飲みながら、のんびり意見交換に興じている。

 ジローは明日も仕事があるので、ヒタチマルを連れて宿に戻った。


「でも【火魔法】で穏便に解決するって、確かに難しそうね。拘束とかもできないし」

「一応無くはないんですけどね。あとは火を使った催眠術とか、魔力コストはかかりますけど、凍った心を融かして態度を和らげる魔法とか。まぁ洗脳なんですけど」

「うーん、それはそれで……」


 人類の相互理解において、対話は極めて重要である。

 基礎知識と語義の擦り合わせ、それを前提としての意識共有。

 理性的で悪意のない人々が、最低限の前提を伴った対話を行えば、争いは容易に収まるのだ。


 双方ともに命に関する価値感覚が若干軽いこともあり、既に両者間のわだかまりは無い。

 それどころか、最早単なる友人同士のように互いに親しみを覚えていた。


「今の警邏の問題っていうと、あれですよね。連絡手段がない」

「どういうことよ?」

「巡回中の警邏兵とか派出所が襲撃された時、応援を求める方法とか決まってます? 警邏兵が絶対無敵ー、死んで減らない前提で体制組んでませんか、あれ」

「うっ、言われてみれば……この間もあったのよね。民間からの通報で気付くまで、ずっと派出所が空っぽだったのよ」


 エリーには政治がわからないが、間が悪くも度々危険人物に襲われる身として、現状の治安維持機構の問題点については実感としてわかる。


「これ内緒なんですけどね」

「えっ、なになに?」

「第2領兵訓練所で大量殺人事件があったじゃないですか」

「ええ……残念な事件だったわ。犯人はまだ捕まっていないの」

「あれ、たまたま気付いて犯人も仕留めたんですけど。あ、その時に壁破壊したのも私達です、すみません」

「壁の話より、自己判断で私刑を行ったことの方が問題だけど……でも、助かったわ。部下の魂の安寧、治安の回復に感謝します」

「いえ。でもあれも、私達が見つけなかったら、たぶん事件の発覚自体が遅れてたと思うんですよね」

「……それは本当にそうね。領兵間での緊急時の連絡手段、早急に考えないといけないわね」


 会話の内容はいささか物騒と言うか、堅めの内容ではあるが。


「あっ、そうだわ。領内の経済状況について、庶民の目線から答えて欲しいのよ」

「私そういうの判んないけど……ジロー、さっき喪主やってくれた子が商家で働いてるから私より詳しいよ」

「そうなの? まだ小さいのに偉いわね。それなら、次の機会にはあの子も一緒に来てよ」

「うん、是非ぜひ」


 夕食を共にして部屋に戻れば、ローテーブルの紅茶と茶菓子は、いつの間にかワインと摘まみに置き換わっている。

 2人とも特にそれを気にするでもなく、会話は実務的な物から雑談へとシフトしていく。


「うへぇ……スキルが外れだから追放って。うちの里でも100年くらい前にあったけどさ、今時そんな前時代的な村もあるんだ」

「いや、この街の話だから。一応この子爵領の領都よ?」

「えぇと……世代交代による短期間での革命的進歩の繰り返しが、短命種の強みだったんじゃ……?」

「あはは、問題があったら気軽に首を挿げ替えられるのが、短命種の強みよ」


 実年齢ほどには精神が成熟していないので、一見そうは見えないが。ローズマリーの主観年齢には修道院で過ごした60年分が加算されているし、エルフの成人年齢も60歳だ。互いに何となく、近い物を感じていたのだろう。


「着替えも用意したし、今日は泊まってってよ」

「あ、ならジロー達に連絡だけしてもらっていい?」

「もちろん! 伝言頼むついでに、一緒にお風呂入る?

 あ、エルフって熱いお湯とか大丈夫?」

「入るよ! やったー、お貴族様のお風呂だ!」

「ふふふ、サウナもあるのよ」

「何それ? 川魚?」


 ローズマリーは。

 60年を共に過ごした友人のような相手を、見送った記憶がある。

 自分は何十年も変わらぬ姿で、大した成長もなく、いつまでも若いつもりで過ごしていたのに。ある時ふと、周囲の者の老いに気付くのだ。

 エルフの友人というのは、これから何百年と共に過ごせる貴重な相手だと、心の何処かで思っていた。


「ふぃー。あーサウナすごいぃ……。

 でも私、思ったより熱耐性落ちてるなぁ……」

「折角のレベルが1に戻ったのは残念ねぇ。レベル上げも大変だったでしょ?」

「あーうん……大変? ではなかったかも?

 それより、ローズはその年でどうやってレベル上げたの?

 不自然に記憶が途切れている期間ってある? いつの間にかレベル999になってたとか」

「何それ。そんなのないわよ。普通に1000年間頑張ったわ」

「ええっ? ヒュームの外見年齢がわかんない」


 エリーとローズマリーはその後、同じベッドに潜って互いの身の上を中心に気楽な雑談を続け。

 どちらからともなく、揃って眠りに就いた。

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