6-5. 糾弾されるエリー

 パースリー市からリエット市までの間には、大小合わせて20以上の町村がある。

 ローズマリーは子爵家の高速馬車に乗って最も近い村に移動し、エリーが通る期間を待ち伏せていた。

 待っている間にエリーが素通りすれば、過去に戻って、今度は次の町や村まで進んで待つ。

 距離を伸ばしつつの総当たり。この村に辿り着くまで、挑戦回数は14回。中には時間に間に合わず、移動中に上空をエリーに抜かれた回もあった。


 馬が疲弊し、ローズマリーは肉体的にはともかく精神的に疲弊して。どうにか辿り着いた村の、村長宅で部屋を借りて休んでいる間に、寝落ちして。

 村が糸蒟蒻いとこんにゃくに蹂躙されている間、ローズマリーは暗い部屋で神に祈りを捧げる格好で、ボーッと頭を休めていた。


 そして、何だか外が騒がしいな、と外に出て来た所で、エリーの魔法の炎を目にしたのだ。



 エリーとしては、突然出て来た知らない人に名指しで怒られた形になる。

 だから警戒も忘れ、何か悪いことをしただろうか、と真剣に考え始めた。

 最初に思い付くのはテロリストを焼き殺したことだが、これは流石に正当防衛だと思いたい。村人は大体あれの被害者だろうし、蒟蒻を焼いて助けたことも説明すればわかるだろう。蒟蒻が炎に焼かれて消えた場面は見ていたはずなので。


 やはりあの蒟蒻が、村おこしのイベントだった……ということも、無いと思いたい。

 この村の特産品はサツマイモであり、コンニャクイモではない。

 門番が知らない極秘プロジェクトという可能性もゼロではないが、どう考えてもあれは命を狙った攻撃だった。

 あれを村興しと言い張るなら、村ぐるみのテロ組織と判断せざるを得ない。領政府への通報案件だ。


 やはり、考えられるのは。


「コンニャクイモ勢力による、サツマイモ勢力への武力侵攻……?」


 問題は、今、エリーを糾弾している相手が、単に状況を理解できていないだけの村人なのか、コンニャクイモ勢力の一員なのか。

 その服装は丈夫そうな旅装束だが、何となく作りもしっかりしていて、高級そうな雰囲気がある。

 恐らく、この村の者ではない。単なる旅人か、あるいは。


「そこで大人しくしていなさい!

 凶悪テロリスト、『燎原のエルフ』のエリー!」


 そのヒューム、ローズマリーは大声で威嚇しながら、エリーの方へ駆け寄ってきた。


 また『燎原のエルフ』。『外れスキル狩り』よりはまだ格好良いが、まるでエリーの通る跡が焼け野原になっているような言い様だ。

 大いに遺憾である。そもそも、エリーが通る時点でその土地が外れスキル持ちによってボロボロになってるのであって、街が更地になるのも、森が灰になるのも、別にエリーが原因というわけではない。ような気がする。自信はないが。


 ともかく、相手はエリーを凶悪テロリストとして糾弾しているらしい。

 エリーには、テロリストがこちらをテロリスト呼ばわりするとも思えなかった。実際そんな事はよくある話なのだが、たまたまエリーの関わったテロリストは、相手をテロリスト呼ばわりしない程度の分別があったのだ。


「すみません、何か誤解があるようなので、説明してもいいですか?」


 遂に村の外まで出て来た糾弾者に、エリーは努めて穏やかに話し掛ける。


「問答無用!」


 が、激昂した相手には聞き入れられなかった。


「テロリストと交渉する気はないわ!

 魔王エリー! 近頃このパースリー子爵領を騒がせる凶悪な殺人鬼め!」

「えぇ……」

「上向きだった経済的発展の停滞、減りつつあった犯罪件数の増加。どれも貴女がパースリー市に移住してからのことよ!」


 ローズマリーは断言した。

 実際は、その少し前から予兆はあった。単に、グラフの傾斜が入れ替わった時期が、エリーの転居に近かっただけの話である。


 パースリー子爵領内で発生した諸問題に関して、エリーには(一部を除いて)責任はない。

 発展が停滞したのは、単にどの政策も片手落ちだったため。

 犯罪件数が増えたのは、新たな治安維持策を警戒していた犯罪組織が、それほどの危険はないと見て戻ってきたため。

 その他の問題も似たようなものだ。


 客観的に見れば単なる言いがかり。

 外れスキルとして家からも見放され、教師を呼ぶという発想を持てず、学問は書籍からの独学で修めただけの、ローズマリーの限界が来ただけだ。

 ローズマリーは自身に賢者と呼ばれる程の知識や知略がないことは自覚していたが、往々にして、人の欠点というのは己が自覚するより大きい物である。


 それでも、ローズマリーには根拠があった。


、貴女はパースリー市を焼き払う。私はそれを見て来たのよ!」


 自信満々に言うローズマリーに。


「な、なんですと……!?」


 エリーは、リエット市の惨状を思い出した。


 リエット侯爵家の元令嬢、【掌返し】のシャルロットによる無差別大量殺人及び建造物破壊事件。

 それに巻き込まれたエリーが、【火魔法】を以て対抗し、結果として、戦場である街は広範囲で破壊された。魔法で周辺を保護はしたし、破壊痕はほぼほぼシャルロットの仕業だとエリーは思っているが、それでも自分の魔法による被害も皆無ではない。

 あの状況で反撃しないのは生物としても、義人としても在り得ない。真面な判断能力と、相応の力があれば、誰だってそうする。

 エリーはそう思った。思ったが。


 この言い訳めいた内省が、何を表しているのかと言うと。

 1年後にエリーが自分の拠点であるパースリー市を焼き払う。

 状況によるが、そんなことは絶対に無いとも言い切れない、ということだ。


 エリーが心中で煩悶していると、ローズマリーはその雰囲気を悟ったのか、続けて言い募る。


「未来のパースリー市で、私は魔王による破壊の跡を見てきたわ。家屋は焼け落ち、柱の燃え滓が燻っていて。焼け焦げた死体に、白骨に。炎と、煙と、人の焼ける臭いが立ち込めて。焼け跡で生き残りを探し回った私の目の前で、息を引き取った子どももいた!」


 それを聞いてエリーは、流石に違和感を覚え。

 内省を中断した。


 未来を見て来た。まあ、そういうスキルもあるだろう。そこは疑問に思わない。

 魔王呼ばわりをされた。それもいい。【魔王】と言えば自分以外に心当たりはあるが、1年後に自分が『魔王』と呼ばれていないとも限らない。

 しかしだ。


「それ絶対私じゃないと思うんですけど」


 エリーは首を傾げてそう言った。


「何を、証拠に……ッ!」

「仮に私が自主的に街を焼いたとして。炎はともかく、柱や死体が燃え残っているのが、まず在り得ません」


 残ってもせいぜい灰まで、何なら灰も残さないと。

 エリーを知る者なら、まあそうかも、と納得する言葉。

 それはエリーにとっては単に冤罪を指摘するための釈明だったが。


「この……ッ! 何処まで弱者を馬鹿にしてッ!!」


 客観的に聞けば明らかに今言うべき言葉ではなかったので、当然ローズマリーは怒ったし、エリーもその反応を見て、言い方がまずかったことに遅れて気が付いた。



 しかし、弁解するための時間は存在しなかった。




 ***




 魔法系にせよ技能系にせよ、「スキル」の効果は――厳密には、その効果が使用者の想定通りに働くか、は。識者に「ジャッジ」と呼ばれる精霊が、全ての瞬間、全ての場所で、全ての生命を見守り、スキル使用の状況と使用者の思考を読み取り、その可否を判定している。


 ジャッジが許可を出すと「ワーカー」がスキル行使者の魔力を糧に、スキル効果を発動する。

 そのスキルの効果としては実現可能であっても、魔力が足りなければ不発になるか、威力が減るかしてしまう。


 決められたレベルに達するごとにジャッジの評価は甘くなり、スキルの制限が解除されてゆく。

 レベルが上がるごとに魔力の味が整い、ワーカーは少ない魔力で同じ効果を実現する。


 なお、エルフからスキル授与の精霊、ヒュームから神などと呼ばれるのは「ディーラー」という精霊であり、これが種族ごとの成人を迎えた人類の各個体に合わせて適切な、あるいは特に理由もなくランダムに、スキルを配布してゆく。


 スキルの使用に熟達すれば、過去に判例のない使用方法でも「自分のスキルでこの程度の効果は実現できる」という判断が付く。

 そして、どの程度の魔力でどの程度の威力が、継続時間が、対象範囲が発揮されるかの計算も出来るようになる。


 ローズマリーは、体内に蓄積している時間を1日分だけ消費することにした。

 時間が魔力に変換され、過剰な魔力が全身から溢れ出す。


「≪スナップショット≫ッ!」


 その一言で。


 周囲の全てが、動きを止めた。


 エリーも、少し離れた場所で見ていた門番の男も、家の窓から覗いていた村人も、馬も、空を飛ぶ鳥も、風にそよぐ草や木の葉も、舞う砂埃の1粒さえも。


 【時魔法】の≪スナップショット≫は指定した空間ごと時間を止める魔法だが、魔力消費は距離に応じて大きく増える。時間の流れの境目に挟まって事故死する者がいない様に範囲を広めに取ったので、停止時間は主観時間で20分程度か。


 これはあくまで牽制。しかし貴重な先制。

 ローズマリーは大急ぎで村長宅へ駆け戻り、自分の馬に手を触れた。


「ヒヒーン!」


 停止していた馬の時間が動き出し、急いで馬車に繋ぎ直す。ここまで5分。


 馬車を引いて止まったままのエリーの近くに戻る。

 時間停止の中で馬や馬車が動けるのは、ローズマリーが選択的に停止を解除しているからだ。もっと言えば、移動に邪魔な空気や埃等も、半自動的かつ選択的に時間を動かしている。

 エリーの炎が選択的に蒟蒻を焼いたのと同様、停止した時間の中で、何を動かし、何を止めるのかは術者の選択次第だ。


「あと12分! 頑張って、馬車を上まで引き上げるのよ!」

「ヒヒーンヒンヒン!」


 の空気の道を、ローズマリーの誘導する馬が、馬車を牽引しながら登ってゆく。

 螺旋状のスロープだ。歩ける場所には砂を撒いて目印にしているものの、馬がここまで素直に指示に従うのは、日頃の訓練の賜物である。


「がんばれー! がんばれー! あと一息、とうちゃーく!」

「ヒンヒヒーン!!」

「あと7分! 馬車を外すから急いで降りて!」

「ヒン!」


 ハーネスを外して裸馬に跨り、急いで螺旋の道を下る。

 馬車は再び時間が止まった状態に戻っているので、バランスを崩して落ちるようなことはない。

 事故がないよう慎重に、しかし迅速に駆け降り、少し離れた所で、


「ありがとう! ここで少し待っててね!」


 馬の時間を止めた。


「あと3分ー!!」


 固定されたままの空気の道を駆けあがり、馬車の屋根に飛び乗る。


「あと10秒! ギリギリ間に合ったわ!」


 馬車と空気の道の時間停止を選択的に解除すると、風の無い空間を砂が落ち、ローズマリーを乗せた馬車が落下した。


 馬車は、停止したままのエリーの真上を落ちてゆく。


 残り5秒。3秒。1秒。


 ゼロ。


 直撃の瞬間、時間が動き出した。




 ***




「えっ」


 突然眼前の相手が消えたことに、エリーは戸惑い、即座に防御の魔法を使おうとした。


 その次の瞬間には、ぐしゃり、と。


 落下してきた馬車に首の骨を折られて、即死した。


「………………えっ」


 砕け散った馬車の残骸から無傷で這い出て来たローズマリーは。

 それを見て、絶句する。



 単なる牽制のつもりだったのだ。



 まさか、武闘派として悪名高い外れスキル狩りが、初見殺しの質量攻撃で死ぬなんて。

 ローズマリーは、思ってもみなかったのだ。

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