4-5. ソファになるエリー
パースリー市で受けた依頼のため、はるばる山奥のガーランド町まで空を飛んできた、エルフのエリー。
まずは町の行政関係者に手紙を届ける用事があるので、それほどのんびりしている時間はないのだが。
「山奥なのに、なかなか立派な壁があるんだねぇ」
町壁というのか、エリーの胸より少し下程までの高さと、人が歩けるほどの幅を持った石壁が、町の周囲と鉱山への道を取り囲んでいる。
平地の大都市ならこの何倍もの高さの市壁を持つことも多いが、山奥の鉱山町で、魔物への守りとしては十分だろう。
外門近くの壁には、1基とはいえバリスタまで設置されている。
離れていても漂うほろ苦いコーヒーの香りが、その防衛力を誇示しているようだ。
エルフの里では【木魔法】で強化した木の壁が里を囲っているが、材料は周囲の森に幾らでもあるし、何なら魔法で生やすのも容易い。対して、この立地に石材でこれを造るとなると……エリーには超概算の見積もりすらできないが、相当な重労働に違いない。
この石壁は高さこそないものの、強靭な筋肉と堅い
事前情報でこんな大規模な壁の話は聞いた覚えがないが、「木の扱いはエルフ、石の扱いはドワーフ、人の扱いはヒューム」とかいうヒュームの偏見と傲慢に満ちた
エリーだって木を燃やすのは得意だ。人を燃やすのも、何なら石を燃やすのも得意だが。
「何か、町全体に妙な違和感がある気もするけど」
特に問題はないだろう、とエリーは、開いたままの外門を通って町に入った。
最初に感じた違和感は、生活音の無さだろうか。
エルフは耳の良い種族だが、町を歩くエリーの耳に、物音や人の声は聞こえない。
火を使えないエルフの里でもあるまいし、煙突から炊煙の1つも上がって良い時間だが、それらしい物も見えなかった。
まあ、大半が空き家なのだろう。
そう考えれば、何も不自然なことはない。
一切の疑問が解消されたので、エリーは真っ直ぐ町長の屋敷に向かった。
初めて来た町でも迷うことなく辿り着いた屋敷で、門前の呼び鈴を鳴らす。
「カラーン! カランコローン!」
野太い呼び鈴の音が響いて
「あ、お客様ズラ! いらっしゃいませズラー!」
ドタドタと駆け寄ってきたメイドの案内で、エリーは屋敷の中に招かれた。
「ここで適当に待ってるズラ。今、町長を呼んでくるズラ」
「ありがとうございます」
メイドはエリーを応接間に通し、指でソファを示すと、町長を呼ぶため小走りで出て行った。
「ふー。ギリギリ日帰りで行けるかなぁ」
数時間の空路とは言え、エリーにしてはそれなりの長旅だ。軽く倒れ込むようにソファに腰掛ける。
「ぐえ」
エリーが座ったソファは一瞬沈み込み、すぐに元の高さまで座面を戻した。
高級品ゆえの弾力だろうか、とエリーは手で押してソファの柔らかさを確かめる。思ったより固かった。
町長が来るまでには、まだ少し時間がかかりそうなので、エリーは何となく、応接間の内装を見回してみる。
自然の風合い、歪みを残した机やローテーブルは、田舎育ちのエリーにとっても好感が持てる。
高そうな壺、何だか判らない抽象画。
立派に髭を茂らせた観葉植物。
筋骨隆々の両手両膝をついて1段ずつ重なり合う本棚の前で、娯楽書の
先程のメイドが、町長らしき人を連れて戻ってきた。
「お待たせしました。おや、エルフの方とは珍しい」
そう言ってエリーを上から下まで眺めているのは、ヒュームの子どものように見える。
が、どう見ても町長なので、町長なのだろう。町長だ。
「ぐえ」
町長は乱暴にエリーの対面のソファに腰掛けると、メイドにお茶の用意を命じ、エリーに向き合う。
「まず、家族構成について聞かせてください」
「はい、父と母が実家にいます」
「実家と言うことは、同居はしていないのですね」
「はい。両親はエルフ領に住んでますので」
手紙のやり取りは定期的にしているが、聞かれてないので答えるべきではないだろう。
同居人と言えばジローがいるが、家族でもないので、こちらも答えるべきではないだろう。とエリーは思った。
そこへメイドが湯気の出るヤカンと重ねた湯飲みを2つ持って戻り、乱雑にお茶を注ぐ。麦茶だ。
「お茶持ってきたズラ……あっ、テーブルに零れたズラ」
「熱っ」
「まぁほっとけば乾くズラ。あ、鍋敷き忘れたズラ……そのまま置けばいいズラ」
「あっ熱っ」
メイドが雑に入れたお茶で、町長とエリーは口を湿らせる。
「ここにはお1人でいらっしゃったのですか?」
「はい」
「どこから?」
「領都です」
「なるほど。後は、そうですね……スキルは何ですか?」
「【火魔法】です」
難燃性のテーブルは微妙に震えてはいるものの、今すぐ熱で壊れるようなこともないだろう。
今は気にするべきではない、とエリーは続く町長の質問に滑らかに答えてゆく。
「なるほど。色々と答えていただき、ありがとうございました」
「いえ、当然のことですので」
「エルフの
適正によって配置換えがあるかも知れませんが、その際はまた口頭で指示しますので」
「わかりました。よろしくお願いします」
町長が指を鳴らすと、エリーと町長はそれぞれ座っていたソファから立ち上がる。
町長の座っていたソファも立ち上がってローテーブルの脇に立ち、入れ替わるようにソファのいた位置にエリーが四つん這いになった。
「ソファ役だった貴方は……あー。
役が足りないので、一旦、ペットのゴリラ役をお願いします」
「ウッホホ」
こうしてエリーは、応接室のソファになった。
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