第10章 少年アレク再び

 北の地へと向けて旅を続ける私達。ついに帝国の近くの村までやってきた。


「ここから先は帝王の支配する土地。姫さん気を引き締めていかないといけないよ」


「はい」


村の中へと入るとキイチさんが馬車を停めてそう話す。アオイちゃんが真面目な顔で頷くと私達の間にも緊張が走る。


ここから先は本当に気をつけないと命を落とす可能性があるのね。アオイちゃんや皆さんを守れるか不安になるけどでもついて行くって決めたのは私だ。だから自分にできることを頑張ろう。


「馬車はこの村に預けていった方が良いわね。目立ってしまうもの」


「そうですね。いくら旅芸人の馬車と言えどもこの中を調べられ兵士や武器を見られたら帝王を倒す前に捕まってしまいますからね」


私がそっと決意を固めているとアゲハさんがそう言ってきた。それにハヤトさんも同意して頷く。


「おれ達が帝国の領域に侵入したことを知られるわけにはいかないからな」


「はい。皆、準備ができたら村を出て帝国を目指すわよ」


「歩きか……アオイもレナも疲れないように適度に声をかけろよ。休憩しながらいかないとこの先辛くなるだろうからな」


「うん。ユキ君有り難う」


キリトさんが腕組みした状態で話した言葉にアオイちゃんがそう言って指示を出す。


それを聞いたユキ君が私と彼女のことを気遣い声をかける。私はそれに笑顔を意識しながら礼の言葉を述べた。


「そう言えばいつの間にかレナとユキって仲良くなったのね」


「なんだよ。俺が他の人と仲良くなっちゃいけないのか」


「別にそういうわけじゃ……ただ私はユキが私達以外の人と仲良くなってくれて嬉しくて」


「はい、はい。仲良しこよし云々はもう結構。それよりどうやって帝王が住んでいる宮殿に忍び込むのかよく考えておけよな。今までみたいに上手くいく相手とは思えねえからよ」


アオイちゃんがいつの間にか仲良くなった私達の事に不思議そうに呟く。それを聞いたユキ君が不機嫌そうに言うと、彼女が慌てて言葉を紡ぐ。それを聞き流しながら彼がそう注意した。


「ユキ殿の言う通り、帝王ルシフェルは今までの領主とは違い隙が無い。姫様がこの近くにいると知ればすぐに四天王を送り込んでくるかもしれません」


「そうなる前におれ達で宮殿へと乗り込めば問題はありませんでしょう。おれが宮殿の場所も知っていますし一番安全な道も把握しております。ですから道案内はこのおれにお任せください」


「そうね。トウヤさんお願いするわ」


話しを聞いていたイカリ君も同意すると考え深げに話す。それを聞いたトウヤさんがここは任せてくれと言いたげに語った。その言葉にアオイちゃんがお願いして、私達はトウヤさんの案内の下宮殿までの道のりを向かうこととなる。


村を出て帝国へと向けて田園風景の中を歩いていると背後から誰かが駆けてくる足音が聞こえてきた。


「アオイ!」


「アレク? どうしてここに?」


大きな声でアオイちゃんを呼び止めたのはアレク君。彼がここにいることを不思議に思い彼女が尋ねた。


「はぁ……はぁ……追いつけて良かった。これから街に行くんだよね。ぼくも一緒に行くよ」


「それは構わないけど、アレクも街に用事があるの?」


私達に追いついたアレク君が荒れた息を整えながら話す。それにアオイちゃんが首を傾げた。


「うん。帝王に会いに行くんだよね。ぼくもちょうど用事があるから一緒に行くよ」


「ってアレクは言うけどどうする?」


笑顔で話す彼の言葉に彼女は私達に小声で尋ねる。私達は顔を近寄せて内緒話を始めた。


「向かうところが同じなら一緒に行ったほうのが安全かもしれない」


「そうだね。アレクは帝国側に住んでいる住人だろう。なら一緒に行動した方のが姫さんにとっても都合が良いかもしれないぜ」


「ですが、僕達が帝王と戦うことになった場合アレク殿を巻き込んでしまうのでは」


キリトさんが言うとキイチさんも頷き話す。イカリ君がもしものことを考えて待ったをかける。


「その時は私が連れ出して逃げるから大丈夫よ」


「旅芸人の一座と一緒に逃げればアレク君も安全って事ですね」


それを聞いたアゲハさんが任せておいてと言わんばかりにウィンクして話す。もうゲームの記憶が全て抜け落ちてしまっていたためアレク君がどうなったのか思い出せないけど、私もそれなら安全かもしれないと思い頷いた。


「ねえ、アオイ。何に話してるの?」


「うんん、何でもないの。アレク一緒に行きたいんだよね。皆にも許可をとったから大丈夫よ」


「良かった。それじゃあ一緒に行こう」


内緒話をする私達の声が聞こえていない彼が不思議そうに尋ねる。それにアオイちゃんが慌てて答えると一緒に行けることを伝えた。


アレク君がほっとした顔をするとそう言って笑う。こうしてアレク君を連れて私達は宮殿へと向けて歩みを再開した。


「この辺りで休憩にしましょう」


帝国へと向かう途中の森の中でハヤトさんがそう声をかける。


「アレク足はいたくない?」


「ぼくは大丈夫だよ。それよりアオイこそ無理してない」


「平気よ。ねえ、レナ。レナは足大丈夫?」


アオイちゃんの言葉にアレク君が笑顔で答えると続けて尋ねた。彼女がそれに答えると今度は私の方へと顔を向けて聞いてくる。


「私も大丈夫だよ」


「……」


それに答えているとアレク君が私の顔をむっとした顔で睨んできたように感じた。


「私はちょっと向こうの木陰で座ってるからアオイちゃんはアレク君とゆっくりお話ししてて」


「へ、レナ?」


私は気を使って2人の側を離れて近くの木陰に腰を下ろす。そんな私へとアオイちゃんが驚いて声をかけるが聞こえないふりをして空へと視線を向けた。


さてと2人はどんな話をして過ごすのかな?


「ねえ、アオイ。レナってアオイとどういう関係なの」


「どうって友達よ」


そう思っていると意外な言葉が聞こえてきて私は驚いてそちらを見やり聞き耳を立てる。


「昔からの?」


「うんん。榊の森の中で倒れていたところを助けてからの付き合いだからつい最近かな」


「そうなんだ。それじゃあレナは倭人の人?」


「えっと私と同じだから多分倭人かな。でもどうしてそんなこと聞くの」


次々と質問するアレク君の言葉に彼女もどうしてそんなに気になるのかと尋ねた。


「そうだな……えっと、仲良さげで羨ましいから。ぼくももっとアオイと仲良くなりたいからね」


「アレクとだってもう友達じゃないの。そんな心配しなくてもいいのに」


せっかく2人っきりにしたのにもっと雰囲気のいい会話をして過ごすのかと思っていたが、どうしてアレク君は私の事ばかりアオイちゃんに聞いているのだろう。


「ははっ、冗談だよ。ぼくちょっとレナの事にも興味わいてきちゃったな。ちょっとお話ししてきていい」


「うん。レナとも仲良くなってくれると私も嬉しいな」


と私が思っていると2人の会話は終わったようでアレク君がこっちへとやって来ると言い出して慌てて視線を空へと戻した。


「アオイがそういうなら。ぼくここにいるみんなとだって友達になってあげるよ」


「もう、アレクってば変なこと言うのね」


彼が皆と仲良くなってくれると嬉しい発言をしているのだが、その声のトーンが少し暗いことに不思議に思った。アオイちゃんもおかしなことを言っているなって思ったようだ。


「それじゃあ、また後で一杯話そう」


「うん」


アレク君が何を考えているのか分からないが話のやり取りが終わったようで彼がこちらへとやってくる足音が聞こえる。


「ねえ、さっきから人の話に聞き耳立てるなんて君はよっぽどぼくのことに興味があるみたいだね」


「へ?」


私の前へと立つとにこりと笑い言われた言葉に聞き耳を立てていたことに気付かれていたことに驚く。


「アオイは君の事倭人っていっていたけど、実はぼくずいぶんと前に君に会ったことがあるんだよね。その時はまだ君は小さかったから覚えてないかもしれないけど。でもよくあの迷いの森から抜け出せたよね」


「あの、何の話をされているのでしょうか」


アレク君が言いたいことは分かってるだろうと言いたげに話してくるのだけれど、何の話をしているのか全く分からなくて私は困ってしまう。


「……本当に知らないって顔してるね。どうやら君はぼくが会った「彼女」とは別人のようだ」


「アレク君?」


悲しそうな顔で少しがっかりした様子の彼へと私は不思議な気持ちのまま声をかける。


「ごめん。変なこと聞いちゃって。でも君のその話し方や顔立ちからして倭人でもないよね。あそこで立ってるユキって人もこの国の人とは違う気がするし。もしかして君達は別の世界から来た異界人なの?」


「アレク君は私の事どこまで知ってるんですか?」


しかし次に言われた言葉に私は驚いて尋ねる。まさか私がこの世界の人じゃないって気付いているのかな?


「君が榊の森の中で倒れていたって事だけは今さっきアオイから聞いたけど、それ以外のことは何1つ知りはしないよ。カマをかければボロを出すだろうとは思っていたけどね。……やっぱり君はこの世界の人じゃないんだね」


「あ……」


にやり顔で言われた言葉に私は自分自身の発言にしまったと思い冷や汗を流す。


「ぼくも書物でしか異界人については知らないんだけどね。異界人ってもっと違う姿形をしているのかと思っていたけど、見た目も中身も普通の人間なんだね」


「どんな本を読んでいたのかは知りませんが、私は日本って国に住んでいる普通の人間でした。ある日突然この世界に来てしまってそこでアオイちゃん達に出会って、私が元の世界に帰れるまでの間一緒に行動することになったんです」


一体どんな本を読んだのか? まさか毛むくじゃらで耳がとがった人とは異なる姿の異界人が出てくるものなのかもしれない……って考えても分からないんだから今はこのことは隅に追いやっておこう。兎に角興味を持ってしまった彼に事情を説明する。


「そうなんだ。だけどさ、君本当に元の世界へと帰りたいの」


「えっ」


アレク君の言葉に私は驚く。私が元の世界に帰りたくないなんてそんなはずは……そんなはずはないよね。


「だってさ、元の世界に帰りたいんならもっと必死に元の世界に帰れる道を探していると思うんだよね。だけどぼくが見た限り君はどちらかというとこの世界にいたいみたいに感じるんだ」


「それは、アオイちゃん達に助けられた恩を返したいと思って、それに皆の事が心配で……だからもう少しだけここにいたいって思ってるんです」


彼が言った言葉に私はどんな風に見られていたのかと思いながらアオイちゃん達に生きていてもらいたくて、帝王と戦う旅を無事に終わらせるまでは側で見守りたいって思っているのだとそのことを言葉にして伝えた。


「本当はさ、元の世界に帰っても意味がないって思ってるんじゃないの?」


「アレク君それは……どういう意味ですか」


それだけのはずなのに、なぜアレク君は違うと言い張るのだろうか。


「元の世界でどんな暮らしをしていたかなんか知らないけどさ、アオイ達と一緒にいて楽しそうなんだもん。だからアオイ達と別れてまで向の世界に帰りたいって思っていないんじゃないかなって思ってさ」


「……」


彼の言葉に私はだんだんとそうかもしれないと思い始めてきた。元の世界に帰れる手掛かりを探せなくてごめんと言われた時、もっとアオイちゃん達の側にいたいと思ったのは事実だし、だからわがままを言ってこの旅が終わるまで一緒に連れていって欲しいと願ったのも私だ。それってアレク君が言うように私は元の世界に帰りたいと思っていないって事なのかもしれない?


「意地悪な事ばっか言ってごめん。だけどさ、なんだかレナの事放っておけなくてね。昔の罪滅ぼしみたいなものかな」


「へ?」


彼が黙ってしまった私に気を使って困った顔で笑うとそう言った。罪滅ぼしって何だろう。


「「彼女」は君じゃないって分かってるけどさ、でもなんだかレナってぼぅっとしてて弱そうで心配なんだよね。守ってあげないとすぐに消えちゃいそうでさ……あの時みたいに、ね」


「アレク君が言う彼女ってそんなに私にそっくりなのですか」


さっきから出てくる「彼女」ってそんなに私にそっくりなのだろうか。似ているからこそ放っておけないって言うアレク君の言葉に私は気になって仕方がなかった。


「うん。だからちょっとだけ期待したんだ。死んだはずの「彼女」が本当は生きていたんじゃないかって。だけどそんなはずはなかったんだ。だってぼくがこの目であの子の死を確認したんだから……」


「……」


彼の顔が悲しみで暗くなっていく。私はなんて言葉をかけてあげればよいのか分からず黙り込んでしまった。


「ごめん。今の話は忘れて。それと、妙なお節介は不必要。アオイと恋仲になるのに他人の力なんて借りないからさ。分かった?」


「はい……」


困った顔で笑うアレク君の言葉に生返事を返すと彼が言っていた言葉を考える。


「あ、休憩が終わるみたい。レナ、ぼくは先に行ってるね」


彼が言うと皆の元へと戻って行く。私もそちらへと向かいながらも胸の奥では私にそっくりな「彼女」とはいったいどんな人物だったのだろうかと考えていた。

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