第7章 神秘の腕輪

 旅芸人の一座が仲間に加わり私達は馬車に乗り西へと向けて旅を続けていた。


「ちょっとこの辺りで休憩しよう」


キイチさんが言うと森の中で馬車を止める。近くには小川が流れていて蝶々が優雅に舞っている。


「この森を超えれば西の地に入るの。だからここで英気を養った方が良いって団長は考えたんだわ」


「お気遣い有り難う御座います」


アゲハさんの言葉にアオイちゃんがお礼を言うと馬車から降りた。私達も順番に草むらへと足をつける。


「姫さんやレナさんはずっと硬い床に座っているのも大変でしょう。こういう草むらでのんびり休むのも必要だと思ってね。それに噂では帝王の指示で四天王達が動き出したって聞いてる」


「いつ戦いになってもいいよう警戒しておかないとな。アオイもあまりおれ達の側を離れるなよ」


キイチさんがここに来る途中の村で聞いた噂を思い出し真面目な顔で話す。それを聞いたキリトさんが険しい表情でアオイちゃんへと言う。


「それにレナもなるべく馬車の近くにいるように」


「はい」


彼が今度は私の方へと視線を送るとそう言った。私はそれに返事をしたがやはり馬車の中で1人で待っていることになるのかと思うと溜息を零しそうになる。


「この辺りは本当に自然が豊かね。ねえ、ちょっとこの森の中を散歩してもいいかしら」


「それなら僕達もお供します」


アオイちゃんが辺りを見回し言った言葉にイカリ君が真面目な顔をして答えた。


私達は馬車からあまり離れないという約束で近くを自由に散歩し始める。


「空気が冷たいね。西の地って南や東と比べて肌寒いのかしら?」


「西の地は南の地と比べると温度が低いんです。ですから少し肌寒く感じるのかもしれませんね」


アオイちゃんの言葉にハヤトさんが説明した。


「向こうの世界と地形は変わらないのよね? それなのに地域によってこんなに気温がちがうなんて何だか不思議」


「えっと、確か隠れ里があったあたりが私達の世界で言う関西の方でしたよね。そこから南が西日本の方で東が関東の方。西が東北地方になって北が東海地方でしたっけ?」


彼女の言葉に私は日本地図を頭の中で思い浮かべながら話す。


「ややこしい感じだけどまあそんな感じだったと思う。まぁ俺は勉強苦手だったからあんまり覚えてないけどな」


「レナは記憶力が良いですね。その通りです。まあ同じ地形と言っても向とこちらでは大分違いますから大まかに東西南北と言っても違ってくるのですがね」


ユキ君が頭をかいてぼやくとハヤトさんが笑顔でそう言った。


「やっぱり同じ地形でもパラレルワールドだから変わってくるのね。何だか頭が混乱しそうだわ」


「北海道と沖縄とかはこっちではまだ未開の地、もしくは異国あつかいだからな」


アオイちゃんが混乱したと言って困った顔をする横でユキ君が話す。


「ほっかいどぉ? おきなわ? ユキ殿それはなんですか」


「いちいち説明すんの面倒だから気にするな」


「はぁ……」


初めて聞く単語にイカリ君が首を傾げる。その様子に彼が面倒だと言いたげに答えた。


それに彼は不思議そうにしたまま聞いてはいけない事だと理解して頷く。


「姫様」


「アオイ」


「あ、トウヤさん。キリトさんもそんなに慌ててどうしたの」


そこにトウヤさんとキリトさんが慌てて駆けてくる。2人の様子に不思議そうな顔でアオイちゃんが尋ねた。


「念のためこの周辺に帝国兵がいないか調べていたのです。そうしたら森の入口で帝国兵を引き連れた四天王のうちの1人ジャスティスを見かけましてね。どうやら我々がこの近くにきていることを知って命を狙っている様子です」


「こいつが怪しい動きをしないかと思い側で見張っていたら、帝国軍の兵士達を見つけた。奴等はすでにこの近くまで来ている。旅芸人の一座の馬車は守らねばならない。ここを知られるわけにはいかない」


「つまりこっちから接近して戦うって事だね」


真剣な顔で語られた2人の言葉にこの場の空気が一気に緊迫する。アオイちゃんも険しい表情になるとそう言った。


「そういうことです。幸い姫様方がこの近くまで来ていることは相手には知られてはいません。となれば万全の準備を整えこちらからおもむくのが一番かと思われます」


「レナは危ないから馬車の中で待っていてね」


「うん……アオイちゃん。皆さん気を付けて」


トウヤさんの言葉に小さく頷くとアオイちゃんが私の方に振り返り言う。こんなとき何もできない自分がとても歯がゆく思い、一緒について行けないことを恨む。だけど何もできないのだからおとなしくここで待っているのがアオイちゃん達に迷惑をかけない最善の策なのだからと自分に言い聞かせ馬車の中へと戻る。


アオイちゃん達は直ぐに軍を率いて森の奥地へと入っていった。キイチさんとアゲハさんも団員達を連れて彼女を援護する為に行ってしまい本当に馬車には私1人だけになった。


「まあ、1人と言っても数人の護衛をつけてくれてるんだけどね」


私がいる馬車の周りには戦闘向きではないが護衛くらいはできる一座の人と兵士達が数人配置されている。もし帝国軍の兵士がやってきたとしても馬車の中にいる私を守れるようにとの配慮だ。


「何もできないのがこんなにつらいなんて……やっぱり無理を言っても武術を教わっておくべきだったかな」


膝を抱え暗い思いに涙がこぼれそうになる。そうしてどれくらい馬車の中にいただろうか。辺りはすっかり暗くなったが一向にアオイちゃん達は帰ってはこない。たしか四天王の1人ジャスティスさんとの戦いが長引いて夜までかかるのよね。それで追い詰めることに成功するも逃げられてしまって……。


「!?」


その時私は頭に響く音に驚き顔をあげる。月明かりがわずかに差し込むだけの馬車からそっと外を覗くと私を護衛するために残された人達の姿がなかった。


「そうだ。アオイちゃん達の戻りが遅いから残っていた人達で探しに行くんだった」


私もついて行けばよかったと後悔したところで遅い。兵士さん達も私に声をかけてくれていたかもしれないが、考え事に夢中になっていて気付かなかったのだろう。私だけ残して全員が行ったということはここは安全だと判断したからだろうし。


それよりも先ほどから頭に響くこの音は一体何なのだろう? そう思いそっと馬車から降りるそこに浮かび上がった1匹の狼に驚く。


「……」


狼は何も言わず澄んだ金色の瞳を私へと向けていて、私は恐怖なんか感じなかった。むしろ親しみを覚えそっと狼の鼻の頭を撫でる。すると狼が私の左手に頬擦りをした。


「え?」


しばらく頬擦りをしていた狼が突如輝きだすと私の腕に金色の腕輪がいつの間にかはまっており、その中に吸い込まれるかのように狼が黄金色に輝きながら入る。


「これは? ……あっ」


不思議に思うのと同時に木々や大地や空にまでざわめきを感じそちらを見やるとあっちこっちに神様や精霊の姿が。


「ふぁ……」


その神秘的な光景に私は声にならない言葉を口から出し暫く見惚れていた。やがて神々や精霊達が先ほどの狼と同じ様に輝きだすと吸い込まれるように腕輪の中へと入る。


「よくわからないけれど。この腕輪に神様や精霊さんの力が宿ったって事なのかな?」


腕輪を見詰めて呟いた時誰かの苦しむ声が聞こえた気がした。


「何……!?」


それが誰の声かは分からなかったけど何だかいてもたってもいられなくて声が聞こえた方へと向けて駆け出す。


しばらく走っているとずいぶんと森の奥深くまで来てしまったようで、馬車の姿はもう見えないところまで来ていた。


「っ」


その時泉のほとりの大木に背中を預けうずくまっている男の人を見つける。私はその人の顔を見て驚いた。


(四天王のうちの1人……ジャスティスさん。どうしてこんなところに)


ゲームとは少し違う展開に困惑しながらも私はそっと彼の側へと近寄る。


「誰だ」


「あ、あの。そんな所でうずくまって大丈夫ですか? 具合でも悪いのですか」


私に気が付いた彼が警戒した鋭い眼差しを向けて尋ねる。でもその声がとても苦しそうで私はそっと近寄りながら言葉をかける。


「!?」


「怪我をされているのですか……じっとしていてください」


なぜか私の顔を見て驚くジャスティスさん。しかし今はそれを気にしているよりも彼の怪我の具合を見ることが先決だ。


なぜか頭の中に響く「腕輪をかざせ」という言葉にしたがい私は左手をそっと怪我をしている部分に近寄せる。すると腕輪が輝き私の手の平から白い光が放たれた。


「「!?」」


それに驚いていると彼も同じなのか目を見開きじっと私の手の平から放たれる光を見詰めている。


「……」


「これで大丈夫だと思います。動けますか?」


なぜかわからないけどこれで怪我は大丈夫だと確信めいた思いがよぎりそう言って微笑む。


するとジャスティスさんは無言で立ち上がり私に背を向けて歩き出す。


「……お前は人か女神か?」


「人間です」


そのまま立ち去っていくのかと思ったのだが振り向きもせずそう聞かれたので答える。


「人ならばすぐにここから立ち去れ。瞬く間に火の海となるだろう」


「っ」


彼がそれだけ言うと立ち去っていく。その言葉に私はゲームの内容を思い出し不安な気持ちに心が締め付けられた。


(そうだ。この後帝国側の兵士達が姫もろとも革命軍を殺そうと森に火を放つんだ。このままここにいたら皆が危ない!)


私は嫌な予感に急き立てられるように慌てて走って馬車まで戻る。


「アオイちゃん」


「あ、レナ。良かった無事で……どこに行っていたの? 心配したのよ」


私が戻って来るともう皆は馬車まで戻っていてアオイちゃんの姿を捉え大きな声で呼ぶ。


彼女が安堵した顔で私を見やり何か言っていたが今はそれどころではない。


「直ぐにこの森から出ないと。帝国兵が火を放ったのを見たの。このままここにいたら皆死んじゃう」


「!?」


「急いで馬車に乗り込んで。皆直ぐに出発するぞ」


息を切らせながら私が言うとアオイちゃんは驚いて目を大きく見開く。キイチさんが険しい顔でそう言うと手綱を握りしめた。


私の言葉に皆は慌てて馬車に乗り込み直ぐに森の中を出る。しばらくすると私達がいた森は瞬く間に火の海へと変わり、あのままあそこにいたらきっと皆死んでいただろうと思いぞっとした。


「……もう、大事な人達が火に焼かれて死ぬなんて嫌なの。……だからアオイちゃん達を守って」


私は小刻みに体を震わせながら祈るように腕輪を右手で握りしめる。淡い光が私達を包み込んだようなそんな気がしたが気のせいだろうか?


「レナが気付いてなかったら今頃私達は火の海の中にいたのかもしれないわね……」


「レナ。教えて下さり有り難う御座います。大丈夫ですか?」


「は、はい」


アオイちゃんが言った言葉にハヤトさんがお礼を言うが私の顔を見たとたん心配そうな表情で聞いてきた。


それに返事をしたがその声はかすれて消える。


「確かレナ殿のご家族とご友人は火事で亡くなられたとお伺いしております。もしかして嫌な記憶を思い出したのでは……」


「大丈夫です。もうずっと昔のことですから、でもアオイちゃん達が無事に帰って来てくれていて良かった。勝手に馬車を抜け出したことは本当にごめんなさい。でも何かに呼ばれた気がして……」


イカリ君が言いづらそうに語った言葉に私は笑顔を意識して話す。


「その手に付けている腕輪はどうされたのですか?」


「これはよく分からないんですけど、馬車から出たら一匹の狼がいて、でその狼を撫でていたら光になって腕輪になったんです。その狼はきっと神様なんじゃないかな。その後でこの腕輪にいろんな神様や精霊さんの力が宿った気がするんです」


トウヤさんが敬語で尋ねてくる。なぜかわからないけど私にも敬語なんだよね。聞かれたので腕輪について説明する。そしてこの腕輪には人を癒す力があるとだからこれからは私もアオイちゃん達と一緒に戦場に行きたいと頼む。


「癒しの力……ね。それが本当なら確かに怪我をした時助かるけど」


「だが危険な場にレナを連れていくのはどうかと思うぞ」


考え深げな顔でアオイちゃんが言うと話を聞いていたキリトさんが反対だといいたげに口を開く。


「それを言うなら俺達も危険な場に引っ張り出されて正直迷惑してるんだけどな」


「しかし、姫様とユキ殿は戦えます」


その言葉に待てといわんばかりにユキ君がきつい顔で言うとイカリ君が不思議そうに首を傾げながら話した。


「戦えるって言うか戦う技術を得ないと生きてられないからしょうがなくだろ。正直に言うといまでも姫だから戦場で指揮をとらないといけないとか、軍の士気が下がるとかでアオイを危険な目に合わせている。その事を俺は認めたわけじゃない」


「まぁまぁ。ユキの言い分も分かりますが、戦うことを決めたのはアオイです。アオイの意志の強さは貴方も知っているでしょう。一度決めたら頑として譲りませんから」


不機嫌そうに彼が言うとなだめるようにハヤトさんが口を開く。


「それは……だけどレナは別だろう。戦い方も知らないし防御だってできない一般人なんだぞ。いくら神々の力を得たからって絶対に安全だとは言い切れない」


「それは私もユキの言葉に賛成だわ。レナを危険な目に合わせたくないもの」


それに言葉を詰まらせたユキ君だったが私の事は別だと言いはる。それにアオイちゃんも同感だと言った感じで話す。


「姫様のご意見はもっともですが、これをどう決めるかはレナさんの自由ではないでしょうか」


「私今までずっと皆が無事に帰ってくることを待つだけでした。その度に心が張り裂けそうになるくらい悲しくてつらくて。だからこの癒しの力で皆さんを守る事ができるなら私は危険だと分かっていても一緒に側にいたいです」


トウヤさんの言葉に私は今しか言えないと思い強い意思を込めて語った。それを聞いたアオイちゃん達はいまだに心配そうな顔をしていたがそこまで言うならと折れてくれる。


ただし絶対にアオイちゃん達の側から離れてはいけないという条件付きで戦場に赴くことを許可してもらったのだけれど。でもこれで少しは皆の役にたてるようになるのかな。

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