第11話 ルール

あの子がいなくなってから1ヶ月が経とうとしていた。

 小百合は女の子が残してくれた小さな街とこびとたちで毎日楽しく遊んでいた。

 時々女の子のことを思い出し泣くこともあったが、時間が徐々に心の傷を癒してくれていた。


 ある日の日曜日、小百合は部屋のフローリングにこびとたちを集めていた。

 つい最近購入したばかりの白いワンピースをこびとたちに見てもらっているのだ。その場を何度も行き来したりポーズを決めたりと、まるでファッションショーに出ているモデルのように振る舞う小百合。


「えへへ♪みんなどう?似合ってるかな~?」


 少し照れながら足元のこびとたちに感想を求める。こびとたちとの交流にも慣れて今では友達のように接していた。


 こびとたちの前でしゃがみ込む小百合。

 みんなの声を聞き取ろうと耳を近付けていく。

 こびとたちの声が小さ過ぎてハッキリとは聞こえないが、みんなが大声で叫んでいるのがわかった。どうやら誉めてくれているみたいだ。


「いや~照れるな~♪でへへ~♪」

 そっぽを向いて頭を掻く小百合。照れ隠しのつもりのようだがバレバレである。


「このワンピースはね、わたしの大好きな人が着ていたものと似せて作ってもらったんだよ。つまり一点ものってこと!高かったんだから~。」


 オーダーメイドであることを自慢気に話す小百合。

 普段滅多にものを欲しがらない小百合が、珍しく母親に頼み込んで特別に専門店で仕立ててもらったこのワンピース。シングルマザーで生活費が苦しいにも拘わらず、母親が小百合の為に奮発して買ってくれた特注品なのだ。

 嬉しくて当然である。


「じゃあ、今日はこれを着てみんなと遊んであげるね♪」


 誇らしげに胸を張る小百合。

 今日もこびとたちと楽しく戯れる日々が始まった。



 ※



 ズシィィィィィン!!!


 ズシィィィィィン!!!


「うわあぁぁあッ!」


 ズシィィィィィン!!!


 ズシィィィィィン!!!


「いやだぁぁあッ!」


 ドッスゥゥゥゥゥン!!!


「ギャッ!」


「ヒギィッ!」


「プギュゥッ!」


 床に集められたこびとたちの頭上で動き回る巨大な少女。

 彼女が一歩歩くだけで激しい大地震が起こり、その巨体を支える2本の超巨大な生足がこびとたちの真上に容赦なく踏み下ろされる。

 小百合は知らず知らずのうちに何十というこびとたちを踏み潰し、足裏にその成れの果てを付着させていった。

 床に集めたこびとたちは小百合にとって2ミリにも満たないゴマ粒のようなもの。立っている状態では肉眼では視認できないのだ。

 その為小百合はこびとたちに群れるよう指示し肉眼で視認可能な集合体を形成させていた。

 しかし小百合が引き起こす大地震の震動により散り散りになってしまったこびとたちの姿が1000倍サイズの小百合に見える筈もなく、無惨にも彼女に気付かれることなく踏み潰されていったのだ。


 ファッションショーのモデルになりきった小百合の足元で地獄のような思いをしているこびとたち。

 彼らはここに縮小転移されてまだ3日目だった。


 1ヶ月前に小百合と出会ったこびとたちは誰ひとり生き残っていなかった。


 彼女に殺意があった訳ではない。

 むしろ好意的な方だった。友達のように接し面倒も見てくれていた。

 だが彼女の想いとは裏腹にこびとたちにとって毎日が地獄だった。毎日死傷者が出ていたのだ。

 彼女にとっては悪気のない振る舞いや遊びが、こびとたちにとっては死活問題だった。


 今この部屋に縮小転移されている街はこれで5つ目。たった1ヶ月程の期間で4つの街と数多くのこびとたちが犠牲になっていた。


 1つ目の街は小百合が力加減を誤って掌の中ですぐに崩壊してしまっていた。

 こびとたちは崩壊に巻き込まれ全滅していた。


 二つ目の街は四方10センチの住宅街だった。今度は握り潰してしまわないよう配慮していた小百合だったが、数日後のある朝に寝ぼけ眼で起きた小百合の裸足の下敷きになりまたもや全滅してしまった。小百合は足裏に貼り付いた街から必死に生存者を探したが、街全体が小百合の足裏にすっぽりと収まっており被害を免れた者はひとりもいなかった。


 3つ目の街は大きな湖を中心にして囲むように建ち並んだ温泉街。

 その綺麗な風景を気に入った小百合はある日の夜街をお風呂場まで持って行き湯船に浮かべて一緒に温泉気分を味わおうとしたが、自分の浸かるお湯にブクブクと沈んでいってしまった。

 慌てて助けようとしたが自らの動きによって発生した浴槽内の激流によってズタズタにされてしまい、またもや全滅してしまった。


 四つ目は自然溢れるのどかな田舎町。人口は200人程度だ。

 これまでの失敗を教訓にした小百合は自分の迂闊な行動で街を壊さないよう、こびとと交流する時は一旦町の外に出てきてもらうようにした。これで今度こそ安心して一緒に遊べると思った小百合だったがそこはまだ小学五年生、読みが甘かった。

 フローリングと同化してしまうレベルで小さなこびとたちは小百合の肉眼では捉えきれず、無意識に動かした手や足によって知らぬ間に次々と潰されていった。

 小百合が気付いた時には町の住民は残り10人になっており彼らは小百合に反発して真夜中に町を去ろうとしたが、丁度トイレに起きた小百合に全員踏み潰されてしまった。


 そして現在、四方50センチと今までよりも遥かに大きめの街が小百合の部屋に招かれていた。ビルが多く建ち並ぶ中心街で3000人近いこびとたちが暮らしており、小百合も街と人口の規模に驚いていた。

 この街が部屋にきてから小百合はおおはしゃぎだった。沢山のこびとたちとの触れ合いを満喫していた。


 しかしこびとたちの想いは違った。

 突然小さくされた上に、加減や配慮といったものが全く足りない謎の巨大な少女に一方的に弄ばれている感が否めなかった。


 小百合はこびとたちにルールを課した。

 勝手に街から出ないこと。

 言うことはきちんと従うこと。

 ご飯はみんなで分け合うこと。

 トイレは決められた箇所で済ますこと。

 街から出る時は小百合に許可を貰うこと。

 街から出る時は必ず群れて行動すること。


 これらのルールはこびとの安全と管理を第一に考えて小百合が決めたものだった。

 しかし彼らの意見が反映されることは一度もなかった。

 こびとたちはそこに違和感を拭えなかった。あるで人権がないような違和感。

 だが、小百合とはあまりにも大きさが異なるこびとたちからその件に突っ込むのは物理的にも難しかったのだ。


 結局こびとたちは小百合の決めたルールを守りながら不安な日々を過ごし続け、今に至るのだ。


 歩くのをやめてこびとたちの前で屈み込む小百合。


 ゴゴゴゴゴ………!!


 大気が唸り声を上げる。しゃがむという動作だけでもこびとたちにとっては天変地異の出来事だった。

 天に向かって伸びている2本の巨塔が折り畳まれ、今まで霞んで見えにくかった小百合の顔が近付くにつれて空を埋め尽くしていく。

 その光景は少女のあどけない顔が神話に出てくる上位者の眼差しに感じてしまう程だった。


 小百合が耳を傾けるとこびとたちの声が聞こえる。

 小百合は服を誉めてもらったと誤解しているが、実際は悲鳴と訴えの声が飛び交っていた。

 小百合とこびとたちの間には明らかに温度差があった。


 その後小百合の爆音のような声に耐えたこびとたちは小百合の遊びに付き合うことになった。



 ※



「今日は何をしようかな~。」

 う~んと首を捻る小百合。いつもすぐに死んでしまうこびとたちが可哀想で、何か安全な遊びはないものかと思考を巡らしているのだ。


 基本的には人にも動物にも優しい小百合だが、虫だけは苦手だった。

 しかしサイズ的に虫に近いこびとに対してはそういった感情は持たなかった。

 むしろ可愛らしい、仲良くしたいといった感情があった。

 ただ、彼らのことを自分と同じ人間として接することはできなかった。


 自分自身とのサイズ差があまりにもかけ離れているからだろうか。

 自分の足の指にも満たないか弱い存在だからだろうか。

 意思疎通さえも難しい程、いないに等しい大きさだからだろうか。


 いくら考えても、小百合には分からなかった。

 一人一人が自分と同じ知的生命体なのに、何故か人としては扱えなかった。

 1ヶ月前まではこびとの死に一晩中泣き続けたこともあった。

 だが今では感覚がマヒしてきたのか、こびとが死んでもそこまで悲しむことはなくなってしまった。

 小百合の心の中でこびとに対する考え方が揺らぎ始めていた。


「人」として尊重するべきか。

「こびと」という別枠で扱うべきか。


 心優しい小百合の心は常にこのジレンマに襲われていた。

 一線を越えてしまわないよう気を付けていた。

 だからこそ、小百合はこびとたちに対して「ルール」を課した。

 虫同然に扱いたくなかったのだ。

 彼らを「自分と同じ生き物」として認識し続けたかった。


「よし!決~めた♪」


 手をポンと叩く小百合。

 それを見上げるこびとたち。


 この日を以て小百合の誓いが破綻してしまうことになるとは、この時はまだ誰にも分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る