第71話:黒田、方向性を見失う
「屋上で食べる弁当というのも悪くないな」
体育館倉庫監禁事件があった翌日の昼間、いつもアルヴィとポーラの三人で過ごしていた昼休みに、ジグリッド王子・ルビア・グレンが参戦することになった。
学園の中にも危険があると判断して、護衛が強化されている。主にグレンの警戒が厳しくなっただけなのだが、私は少し困惑していた。
今朝は寮までグレンが迎えに来てくれたし、妙にピッタリとマークをしてくるのよね。昨日の一件があったとはいえ、イタズラなんだから気にしなくてもいいのに。
はぁ~。どうして私はいま、推しに囲まれて昼ごはんを食べようとしているのだろうか。推し成分が多すぎて、心を休めるタイミングがない。
当然、メイドのポーラは委縮していた。
「クロエお嬢様、私は退席してもよろしいでしょうか」
「ダメよ。本当はポーラと一緒にごはんを楽しむ時間なんだもの」
「王族の方と私が一緒に食事するのは、色々まずいのでは?」
「気にしないで。後から来たのは、向こう側だから」
強引にポーラを引き留めるのは、ダラダラとなまけて食事をする自信しかない黒田のフォローをしてもらうためである。
だって、私の隣には癒しの弟系アルヴィがいるのだから。
「これだけ人が集まると、遠足みたいですね」
アルヴィがそう言うなら、もはや遠足だと思う。そんな気分になる私はチョロインなので、ポーラというストッパーが絶対に必要だった。
「そういえば、騎士団遠征で班分けするよね。今のうちに決めておいてもいいんじゃないかな」
意気揚々とルビアが提案してくるのは、恋愛イベントに火がついている影響だろう。
学園で行う騎士団遠征は、四人一組で班を決め、指定された荷物を協力して持ち運ぶルールがある。遠足とはいえ、あくまで騎士の仕事を疑似体験するイベントなのだ。
もちろん、私はアルヴィと班を組めると嬉しいのだけれど、そうも言ってられない。
「みんなで組めばいいんじゃないかしら。私、治療師として同行することになったから、班には入らないと思うわ」
べ、別にアルヴィと壺プリンを比較して決めたわけではないわ。ルベルト先生のためを思って、治療師として同行するだけよ。
壺プリンが私を待っている、なんて一ミリも思ってない。……ほ、本当だよ?
「そのことなんだけどね、たぶん、私が治療師として同行することになると思うよ」
「へっ?」
唐突に壺プリン略奪案件が発生し、あまりの衝撃に間抜け面になった私は、口をポッカーンと開けてルビアの方を見た。
「だって、お姉ちゃんは狙われやすいみたいだし、さすがに危なくない? 剣術大会の一件で、ファンクラブまで立ち上がったもんね」
一瞬、私の思考が止まる。嫌われ者になる予定のクロエに対して、一番あり得ない言葉を耳にしたから。
「ちょ、ちょっと、ルビア。こっちに来なさい」
春の推し祭りの会場からルビアをササッと連れ出し、みんなと離れて小声で話す。
「詳しく教えてもらってもいい?」
「やっぱり気づいていないよね……」
「私を鈍感キャラにするのはやめてもらってもいいかしら」
「だって、鈍感じゃん」
天然のルビアには言われたくないわよ。変なところで双子らしい感じを出したくないもの。
主に、黒田のせいだけれど。
「お姉ちゃんは治療院でも人気があるし、剣術大会でも活躍したでしょ? 男子の告白もスパッと断るあたりが、理想の女性像になり始めてるんだよ。隣国の王子も一刀両断したもんね」
「待って待って待って。早くも情報量過多だから」
治療院で人気があるなんて思ったことないし、この学園に隣国の王子が留学に来ているという衝撃的な事実も知らない。ましてや、外交問題に発展しかねないのに、隣国の王子を冷たくあしらっていたなんて、重大な事件よ。
それで逆に人気が出てしまうあたり、もはや意味がわからないわ。
「私、怒られない?」
「大丈夫じゃないかな。騎士団の人もファンクラブに入ってたよ」
学園だけの出来事じゃないの!? クロエの嫌われる未来はどこにいき、私はどこへ向かおうとしているのかしら。
ルビアの逆ハールートを目指していただけなのに……ハッ、そうよ。今は略奪愛属性を持つルビアの方が大事だわ。
「治療師見習いから再スタートしたのに、騎士団遠征の時だけ治療師として活動するのはどうなの?」
「騎士団遠征といっても、ほとんど遠足みたいなものだもん。軽いケガくらいなら治せるよ。これでも毎朝ライルードさんの治療してるからね」
「それはそうなんだけれど……」
「大丈夫。壺プリン、二つもらえるらしいから」
ど、どうしてその話を……! 最大の難関とも呼ばれる障害をいとも簡単に越えてくるなんて、これだから天然は怖いのよ!
壺プリンとアルヴィとの遠足が楽しめる、そんな夢みたいなことを私がやるべきではない。ルビアのために、逆ハールートの道を切り開かなければ――。
「お姉ちゃんがみんなと班を組んで、騎士団遠征に行くの。文句はないよね……?」
「……はい」
妙に圧が強いルビアに、押されてしまうのだった。
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