第130話



「さて、まずは情報収集だ」



 マギアクルスにやってきてすぐに今後の活動拠点となる宿を確保した秋雨は、すぐさま街へと繰り出した。その目的は、情報収集である。



 当面は、肉体的なレベルアップとは別にスキル……特に魔法関連のレベルアップを図っていきたいと考えており、そのためにはやはり詳細な知識が必要であるという結論に至ったのだ。



 強力な魔法自体はサファロデからもらった【創造魔法】をフルに活用すれば問題ないのだが、どうしても攻撃の規模が大味になってしまい、攻撃の範囲が村一つや都市一つといった超広範囲のものとなってしまう。



 汎用性の高い魔法を構築するためには、魔法というものがどういったシステムのもとで成り立っているのか理解しなければならない。そのためには、専門家に聞くか詳細な情報が載っている専門書を調べる必要がある。



「魔法について知りたい? なら、魔法学園に入ればいい」


「魔法? ダルタニアンに決まっている」


「ここいらで魔法を学びたかったら、ダルタニアン魔法学園が一番さね」



 といった具合に、秋雨が街の人々の聞いて回った結果、魔法について知りたければ魔法学園へ行けばいいという回答を得られた。



 さらに都合のいいことに、近々中途編入生のための編入試験があるとのことらしく、まさに秋雨にとっては願ってもない状況だった。



「やはり、魔法学園に入るしかないのか……」



 しかし、それを聞いても秋雨の表情は浮かない様子だった。一体何が気に入らないのかといえば、それはたった一つだ。



「学園編なんて読者が望んでいない!!」



 ここにきて前世の無駄なラノベ知識を引っ張り出してくる秋雨。別段これは物語でも何でもない現実なのだ。実際に秋雨という人間がリアルで体験していることであり、決して誰かが彼を主人公に物語を描いているわけではない。……多分。



 それ以前に、秋雨の行動を誰かが常に見張っているわけでもなければ、ましてや彼の異世界にやってきてからの軌跡が、どこぞのWeb小説投稿サイトでアップロードされて、読者たちに読まれているなどあり得ないのである。……多分。



 仮にそんなことが可能な存在がいるとすれば、それは秋雨が転生した世界を管理している女神サファロデか、彼女と同格以上の神が気まぐれに彼を観察し、その様子を小説としてしたためたうえ、Web小説投稿サイトにアップロードするというなんとも手の込んだ嫌がらせと捉われかねない行為を行っているということになる。



 それはともかくとして、魔法の知識を得たい秋雨であったが、その目的のためにわざわざ魔法学園に入学することはしたくないという我が儘を言い出し始めた。



 もちろん、これにはちゃんとした事情がある。それは、仮に編入制度によって編入できる生徒の数に限りがあった場合、その枠を一つ奪ってしまうことになるからだ。



 というのは建前で、ただ単純にせっかく異世界に来たのにやってることが日本にいた頃と変わりがないということにやるせなさを感じるという秋雨の個人的な主観からくるものであった。それこそ、ただの我が儘なのだ。



「無駄かもしれんが、一回学園に行って聞いてみるか」



 一縷の望みをかけ、入学しなくても魔法の知識を手に入れられないか聞いてみることにした。だが、案の定返ってきた答えは……。



「魔法の知識をお求めでしたら、当学園にご入学いただかなければなりません。講師である先生方に質問できるのも、魔法の専門書を扱っている図書室を利用できるのも、当学園に通う生徒のみとなっております」


「ですよねー」



 それはそうである。どこの世界に“あなたたちが持っている知識は知りたいが、あなたたちの組織に所属するのは嫌だ”という道理がまかり通るというのだろうか。



 もっと手近なところでいえば、とあるラーメン屋のスープの秘密を知りたいが、そのラーメン屋に弟子入りせずスープの秘密を教えてほしいと言っているようなものである。



 そんなことを言われて「はいそうですか」と素直にスープの秘密を教える馬鹿はいないだろう。そういった専門的かつ限定的な知識を知りたいのであれば、その知識を持っている相手に対して通さなければならない最低限の義理というものがある。



 今回の場合は、魔法学園で魔法を学びたいのであれば、魔法学園の生徒として学ぶという最低限の条件をクリアしなければならないということだ。



 もっとも、秋雨ほどの実力を持っていれば、秘密裏に魔法学園に侵入し誰にもバレることなく魔法に関する知識を得ることは難しくはないだろう。だが、問題はそれがバレたときである。



 学園に不法侵入するのも問題であるが、その目的が学園に入学せずに魔法の知識を得るという一見すると矛盾しているような動機なのだ。もし、捕まったときにその動機を聞いた相手の反応は「それって学園に入学すればいいんじゃね?」と呆れた様子で言われることは想像に難くない。



 どちらにせよ、そんな危険を冒してまでやる価値があるのかと問われれば、答えは否であり、それならば正規のルートを使って魔法の知識を得た方がまだ建設的である。



「なんとかならないのか?」


「そう言われましても」


「ちょっとでいいんだ。せめて先っぽだけでも!」


「何の話をしているのですか!?」


「……学園に入学せずに、魔法の知識を知りたいという話だろう? 一体なんの話と勘違いしたのかな?」


「……」



 秋雨のきわどい発言に勘違いした職員が、声を荒げるものの、彼はそんなつもりで言った覚えはなく、職員を問い詰める。職員は女性であるため、自身がそういったピンク色なことを考えていたということを隠すため、彼の問い掛けに押し黙る。



 そして、職員のピンチに現れたのは、予想外の人物であった。



「なんじゃ、騒々しいのぅ」


「学園長」


「一体何の騒ぎじゃ?」


「実は……」



 突然の救世主の登場に、女性職員は事情を説明する。学園長と呼ばれた人物は五十代から六十代くらいの白髪白髭のいかにもな見た目をしており、秋雨も内心で賢者っぽい人だと感想をこぼす。



 事情を聴いた学園長が胸まである長い顎髭を撫でつけながら、秋雨に飄々と問い掛けた。



「少年よ、この学園は由緒正しき魔法学園じゃ。入学するには相応の知識が必要じゃが、基本的には誰でも入学することができる。そして、今も一人前の魔法使いになるべく、生徒たちは日々研鑽しておるのじゃ。そんな者たちの努力を否定するようなことは、儂は感心せんのぅ?」


「……」



 まさに、正論。むしろ、学園長が指摘したことで、秋雨のやろうとしていることが学園や正規の手順で入学した生徒の努力を完全否定するような言動であるということが強調された形となった。



(くっ、この爺さん。なかなかのやり手だ。たった一言で俺の行為を否定したばかりか、他の人間の正当性を主張することで、俺のやろうとしていることの不誠実さを強調してきやがった。ちぃ、こうなったら仕方がない。不本意だが、正規の手順で入学するしかないな)



 最終的に、秋雨は魔法学園に入学するための編入試験を受けることを余儀なくされる。常識的に考えて、入学せずに魔法を教えてもらうために学園の人間と接触したり、学園内にある施設を利用したりできるわけもない。



 初めから秋雨が魔法の知識を手に入れるためには、編入試験を受けるしか選択肢はなかったのだが、学園長の一言によって完全に悪者扱いされてしまう結果となった。



「仕方がない。編入試験を受ける手続きを頼む」


「わかりました。では、こちらの書類に必要事項を記入の上、試験当日に持参してください」


「試験日は?」


「三日後じゃ」


「……わかった」



 書類を受け取り、簡単な説明を聞いたあと、秋雨は踵を返してその場を後にした。彼がいなくなったところで、学園長が含みのある笑い声を上げる。



「ふぉふぉふぉふぉふぉ、今年の編入生は大したことはないと思うておったが、面白くなってきおったぞぃ」


「あの、学園長。それはどういう……」


「ふぉふぉふぉふぉふぉ」



 職員の問い掛けに答えることなく、学園長は笑いながらその場を後にした。残された職員は、わけがわからないとばかりにただ首を傾げるだけであった。

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