第十章 気を付けていても、面倒事はどこからでもやってくる
第112話
「ああ、フォールレインくんじゃないですか」
「どもです」
「今日もダンジョンですか?」
「ええ、まあ」
王都のスタンピード事件から半月が経過し、秋雨も王都の暮らしに慣れ始めた。
王都の暮らしといっても、宿と冒険者ギルドとダンジョンを行き交い、たまに物資を購入するだけの日々なのだが、それでも秋雨にとっては何事も起こらない平穏な日々が続いている。
「まさか、君がこの短期間でCランクになるとはねぇ」
「いろいろと頑張りましたから」
そうなのだ。この半月という期間の間、フォールレインこと秋雨のランクはCランクにまで昇格していた。
昇格する期間としては異例の部類だが、規格外な貢献をしたとかではなく、一般的な冒険者がこなせる依頼や入手可能な素材を基準よりも多く納品しただけであり、圧倒的な実力を見せつけたというよりも冒険者ギルドに多大な功績があったという意味合いでランクが昇格したといっていい。
基本的に冒険者ギルドや商業ギルドなどが設定しているランクというのは、一見すると実力の指標として扱われることが多い。だが、実際のところ重要視されているのはギルドに対する貢献度だ。
冒険者ギルドから出される依頼をどれくらいこなしたか、あるいは提示された依頼をどれくらい達成できたか、ランクによって依頼の難易度が分かれているが、重要なことはギルドにどれだけの利益をもたらしたかということが重要となってくる。
商業ギルドの場合、取引の内容と納める納付金によって貢献度が決まる。まさに、浮世の沙汰も金次第というわけである。
それに伴い、素性の良し悪しも大切になってくるため、実力はあってもギルドに損害を与えるようなギルド員はランクの昇格は行われず、むしろ要注意人物として監視の対象となってしまう。
つまり冒険者ギルドのランクを上げるためには、相応の実力を示すことよりも、ギルドにどれだけの利益をもたらしたかという貢献度が重視されるため、ただ単純に実力だけがすべてだとは明言できないのだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいませー」
そんなこんなでCランクまで上がった秋雨は、必要な手続きを済ませると、冒険者ギルドをあとにするため踵を返し出入り口へと向かう。
だが、トラブルとは急にやってくるもので、突然肩に手を置かれ、強制的に振り返させられてしまう。そして、そこにいたのは彼も知っている人物であった。
(げっ)
「見つけたぞアキーサ。いや、アキサメぇー!!」
(なんでこいつが王都にいやがる? まさか、ラビラタから追いかけてきやがったのか?)
秋雨の振り返った先にいた人物……それは、ラビラタで出会った爆乳冒険者のミランダであった。以前会ったときよりも少々やつれ気味な印象を抱いた彼であったが、今は平静を装って対処するべきだと判断した。
「あ、あのー。誰ですか?」
「とぼけても無駄だ! お前があの生意気少年だということはすでに知っているぞ!!」
「一体何を言っているのかわからないんですけど? そもそも、あなたと僕は初対面ですよね?」
ミランダの追及に、あくまでも初対面ということを装って秋雨はとぼける。顔の造りは変えてはいないが、今の彼の見た目は黒髪黒目ではないため、他人の空似で押し通すことが可能なのだ。
しかも、ミランダに対してふてぶてしい態度を取っていた秋雨であるが、今の彼は年相応の気弱な態度で彼女に対応している。とてもではないが、今の秋雨がミランダの知っているアキーサと同一人物であると言い張るには無理があった。
「……本当に、アキサメじゃあない、のか?」
「最初からそう言ってるじゃないですか(てか、なんでお前がその名前を知っている? まさか、ラビラタの冒険者ギルドがグリムファームの冒険者ギルドに問い合わせた情報を聞いたのか?)」
ここで止めとばかりに、普段見せないような困った顔を作ってやれば、先ほどまで怒り肩で詰め寄ってきたミランダが落ち着きを取り戻していく。
そして、彼女が口にした秋雨の名前の出所をなんとなく予測する。
秋雨は彼女が自身の本名をどこで聞いたのかという可能性について考えた。最も可能性が高いのは、ラビラタの冒険者ギルドが秋雨の情報を集めようと黒髪黒目で成人したばかりの少年という情報で他のギルドに問い合わせたのだろうと推測した。
もともと、ミランダに関してはラビラタの冒険者ギルドが彼の実力を知るためのスパイとして送り込んだ疑惑のある人物である。そのため、冒険者ギルドから彼に関する情報を聞かされていても何ら不思議はない。
ミランダとパーティーを組むことを提案したのは冒険者ギルドであり、秋雨の提示した条件――十代後半から二十代前半の長身短髪で胸の大きな美人女性冒険者――を満たした人物が偶然ラビラタにいたという理由で彼女とパーティーを組むことになったという経緯があった。
当然、冒険者ギルドとしては冒険者一人一人の実力をできるだけ詳細に知っておきたいという思惑があり、秘密主義の傾向が強い冒険者の実力を知るためには、同じパーティーにスパイを送り込む必要がある。
そういった裏の背景から、ミランダが秋雨の本名を聞いた可能性が高く、その時点で彼女が冒険者ギルドの息のかかったスパイだということを証明していた。
(やはり、あのときラビラタを脱出して正解だったようだな。下手をすれば、あのあと冒険者ギルドに連行されて、ギルドマスターと対峙することになったかもしれない)
すでに終わったことであるが、もしあのままラビラタに滞在し続ければどうなったのかは秋雨の予想した通りの結果となっていただろう。
さらに最悪なことに、ミランダの証言によってラビラタの最深部のボスが討伐された情報が冒険者ギルドに伝わっており、事実確認のためラビラタの冒険者ギルドは秋雨を確保するため、すでに各ギルドに彼の情報を秘密裏に共有させていた。
もし、あのまま秋雨が髪と瞳の色を変えていなければ、事情聴取のため王都のギルドマスターに会う羽目になっていたことは想像に難くない。髪と瞳の色を変え変装するという選択は、まさに彼が生み出したファインプレーであった。
「す、すまない。どうやら、人違いだったようだ」
「いえ、気にしないでください。では、僕はこれで」
「待ったっ! 待ってほしい!!」
「なんです?」
そのまま話を切り上げてその場から逃げようとした秋雨であったが、そうは問屋が卸さんとばかりにミランダが止めに入る。そして、一体何かと思えば彼女がある提案を持ちかけてきた。
「勘違いしたお詫びに、一緒にダンジョンに潜らないか?」
「はい?」
「見たところ君はソロだろう。ならば、仲間がいた方がいいと思うんだが」
「……(くっ、まぁた、ややこしいことになりやがったぞこれ)」
ミランダとしては、勘違いしたお詫びのつもりで言ったのだが、秋雨にとっては迷惑千万な話だ。彼としては、冒険者活動をする上で仲間を募集するつもりはなく、ずっと一人でやっていくと決めている。
自分の特異性を他人に知られないためにも、秋雨にとってソロで動くということは必須事項であり、それこそ奴隷などの絶対に逆らわず自分の秘密を外部に漏らしたりしない存在でなければ行動を共にするということは避けるべきだと考えていた。
「いや、やめておきます。冒険者はいろいろと秘密にしたいこともあるでしょうし、申し訳ないのですが今日会ったばかりの相手に命を預けられるほどお互い信頼もありません」
「そ、それはそうだが」
「では、失礼します」
そう言って、ミランダに一礼すると今度こそ秋雨は冒険者ギルドをあとにする。これで逃げられたかと思ったが、残念ながらそうもいかなかった。
(怪しいな。同行を断る理由としてはまともなものだったが、あたしの胸を見たときのあの遠慮のない視線は、あいつのものだ)
無意識という言葉がある。それは、本人が自覚しないまま特定の行動を取ってしまうというものであり、これはどんなに気を配っていても表に出てしまうものだ。
そして、秋雨もまた無意識にミランダの豊満な胸に視線を向けており、それは本人すら気づいていないものであった。
しかし、そういった男性からの視線というものは、女性にとっては特に敏感であり、以前感じたことのある視線であれば、なおさら気づかないなどということはなかった。
どれほど見た目を変えようとも、中身が変わらなければ意味はなく、ミランダの中で先ほど会話していた少年が秋雨ではないかという疑惑が強まった。
まさか、自分の自覚していないところで、たった数度の胸を見るという行為で疑惑を持たれるなど夢にも思っておらず、彼に身バレの危機が迫っていた。
(必ず尻尾を掴んでやる。待っていろアキーサ……いや、アキサメ)
こうして、ラビラタから追ってきたミランダの出現によって、新たな騒動が始まろうとしていた。
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