第103話



「おし、こんなもんだろ」



 そう言いながら、秋雨は手をぱんぱんと払う。そこにあったのは、風船のように大きく膨らんだ麻の袋であった。



 あれから、六階層と七階層の薬草や茸類に今まで倒したモンスターの素材と魔石を入れられるだけ袋に詰め込んだのだ。



 まるでサンタクロースが運んでいる袋のようになってしまったが、アイテムボックスの存在を隠すためには講じておかねばならない手段であるため、こういったことは手を抜いてはいけない。



 魔法鞄も珍しいアイテムではあるものの、それなりに普及はしており、たまに驚かれることはあるが、決して唯一無二のものではない。冒険者であれば一つ所持しておくだけでも便利なアイテムであるため、かなりの値段になるが、比較的ダンジョンのお宝として出現が度々確認されている。



 秋雨が魔法鞄を持っていることがバレたとしても、それほど騒ぎになることはないが、それでも目立つことに変わりはないので、できれば魔法鞄の存在もあまり大っぴらにすることは避けたかった。



 そこで、大きな袋を購入しそこに入れられるだけのダンジョンで入手した素材たちをぶち込み、ギルドで買い取ってもらうという手段を取ることにしたのである。



 あまり大量にギルドに卸すと、目立ってしまうかもしれないが、以前の秋雨との差別化を図るためにはそこそこの量を納品する選択肢も悪くないと彼は考えたのだ。



「さて、一旦地上に戻るか」



 七階層を踏破し、八階層に下りる階段の手前に設置されている転移魔法陣を使用し、一旦地上へと帰還する。



 転移魔法陣を起動すると、視界が真っ白になり一瞬だけ何も見えない状態になる。だが、すぐに視界が正常に戻ると、ダンジョン入り口付近に設置されている転移魔法陣に移動していた。



 秋雨は、そのまま肩に担いだ麻袋を持ちながら、買取カウンターの方へと歩き出す。



「うおっ、なんだ!?」


「妙にデカいな」


「すごく、大きいです」



 カウンターに並んでいた冒険者たちから奇異な目を向けられながらも、秋雨はただ無心で自分の番が来るのを待つ。そして、ようやく自分の番が回ってくると、カウンターにそのパンパンに詰まった袋をどかりと置いた。



「い、いらっしゃいませ。買い取りでしょうか?」


「はい、お願いします」



 彼が持ってきた袋を引きつった顔を浮かべながらも、職員はそう聞き返す。入っている量が量だけに手が空いていた職員も借り出されることとなり、すぐさま素材の査定に入る。



 量が多いといっても、秋雨が入れた素材や魔石はどれも低階層に出現するモンスターの素材ばかりであり、特に物珍しいものはなかった。



「この素材が入っているということは、七階層まで行ったのでしょうか?」


「そうですけど」


「ああ、こっちにも同じ素材がありますね。うん、じゃあ問題ないですね。ギルドカードの提示をお願いできますか? この素材を入手できるのであれば、Fランクに昇格させても問題ありませんので」


「そんなすぐにランクアップの判断をしても大丈夫なんですか?」


「問題ありません。昇格の基準は言えませんが、一般職員でもランクの昇格の権限を持っていますので。今後も頑張ってください」


「……ありがとう、ございます。頑張ります……」



 秋雨としては、もう少し最低ランクでの活動に勤しみたかったのだが、七階層に到達したことでランク昇格の基準を満たしてしまったようで、そのままランク昇格を言い渡されることになってしまった。



 それから、すぐに査定は終わり、職員の口から査定結果が伝えられる。



「では、内訳は省きますが、各種素材と魔石の買い取りの合計金額が大銀貨七枚と銀貨八枚になります。よろしいですか?」


「お願いします」



 買取金額が提示されると、それを聞いていた周囲の冒険者も驚きの表情を浮かべている。駆け出し冒険者が一日に稼ぐ量としては破格の金額であり、どれだけ頑張っても大銀貨一枚に届くかどうかなのだ。だというのに、大銀貨七枚という大金に面食らうのも頷ける話であった。



 そして、残念ながらそういった景気のいい話を聞きつけてやってくる人間はどこにでもいるわけで……。



「おうおう小僧。随分と景気がいいじゃねぇか。先輩冒険者として俺が冒険のいろはを教えてやっから、授業料としてその金を寄こせ」


「お断りします。そういうのは、間に合っていますので(ちっ、やっぱり出たか。やはり悪目立ちすると碌なことにならん)」



 もう少し慎重に行動するべきであったと後悔する秋雨であるが、後悔というものは先に立たないという言葉もあるからして、今更悔やんでも遅いのだ。



 声を掛けてきたチンピラ冒険者に内心で舌打ちをしながらも、彼の提案を丁重に断る。しかしながら、それで大人しく引いてくれるほど、相手が頭のいい人間かと言われれば、そうじゃないわけで……。



「なんだと! このEランク冒険者であるバケラッタ様が手ほどきをしてやろうってんだ。お前は大人しく、その金を寄こせばいいんだよ!!」


(結局狙いは金か。面倒だな。……ヤるか?)



“ヤる”という言葉に、どこか殺気めいた感情が浮かんでいた秋雨であったが、新たな登場人物によってその感情が霧散する。



「それ以上はやめておけバケラッタ」


「くっ、おめぇは【旋風】か」



 次に現れたのは、軽装に身を包んだ爽やかイケメンであった。短い金髪にサファイヤの瞳はまるでどこぞの貴公子を思わせ、冒険者稼業で鍛えられた肉体は、しっかりと引き締まっている。



 身のこなしから、パワーで圧倒するというよりもスピードで相手を翻弄するタイプであることがうかがえ、バケラッタの口にした【旋風】という二つ名からも彼がパワーとスピードどちらに重きを置いているのかが理解できる。



「おめぇには関係ねぇ話だ。すっこんでろ!」


「では、この俺がお前に代わって彼に冒険者のいろはというのを教えよう。俺のランクはCだ。俺の方がお前なんかよりよっぽど教える相手として相応しいだろ?」


「ちぃ」



 自分よりも格上の冒険者にそう言われてしまっては、それ以上の反論する言葉を持たないバケラッタとしては黙るしかない。



 そして、両者の睨み合いが続く中、根負けしたバケラッタがカウンターに蹴りを入れながら、負け惜しみの言葉を口にする。



「今回はあんたの顔を立てて引いてやるが、覚えとけ。いつまでも、自分の思い通りになるなんて思わないこったな」


「その言葉、そっくりそのままお前に返すとしよう。お前がやっていることをギルドが知らないとでも思ってるのか? そろそろ最終通告されるだろうから、覚悟しておいた方がいい」


「けっ、言ってろ」



 そう締めくくると、バケラッタは怒り肩でその場を後にする。また面倒なことになったなと秋雨は内心でため息を吐きながらも、一応助けてくれたであろう男に感謝の言葉を述べる。



「助けていただきありがとうございます」


「気にするな。お前が本気になっていたら、あいつもただでは済まなかっただろうからな」


「なんのことです?」


「……まあいい。人間には、他人に言えないことの一つや二つくらいあるもんだ。詳しくは聞かんよ」


「……(俺の実力に気づいた? あの姫といい、隠しきれない何かがあるのか?)」



 爽やかイケメンに礼を言う秋雨であったが、彼がバケラッタを止めたのは秋雨を助けることが目的ではなく、バケラッタが悲惨な目に遭うのを防ぐためだと口にした。



 それ即ち、秋雨の実力がバケラッタよりも上であるということを理解したためであるが、秋雨は一体どこで気付かれたのかわかっていなかった。



 彼にはいろいろと聞きたいことがあるが、下手に聞いてこちらの正体を露見させるわけにはいかないため、秋雨は口を紡ぐ。しばらく、沈黙が流れたが、それに耐えかねたかのように男が自己紹介をする。



「俺はゲイルだ。さっきの男にも言ったが、Cランク冒険者をやっている」


「フォールレインです。さっきFランクになったばかりの駆け出しです」


「そのことだけどよ。おい、ギルド職員! これだけの量を一度に持ってこられるやつがFランクだと? てめぇの目は節穴か? ああ!?」


「ひ、ひぃー」



 自己紹介が終わると、爽やかイケメン……ゲイルは先ほど秋雨をランクアップさせた職員に詰め寄る。彼曰く、たった一人で大量の素材を持ち帰ることができる実力を持っているにもかかわらず、ランクアップがたった一つというのはいかがなものかということらしい。



「Cランクである俺の目から見ても、こいつの実力はE……いや、Dランクにも届きうる。そんなやつをFランクにしておくなど、ギルドは一体なにを考えてやがるんだ!!」


「も、ももも申し訳ございません!! すぐに手続きいたしますぅー!!」


「ほら、フォールレインもさっさとギルドカードを出せ」


「えぇ……」



 それからなんだかんだでその場の空気に流されてしまい、再び返却されたギルドカードの冒険者ランクの表示がEランクに変更された。実質的な二段階ランクアップである。



 秋雨としては、もっとじっくりゆっくりと目立たない感じで活動していきたかったが、いきなり出鼻を挫かれ、気付けばかなり悪目立ちをした状態でEランクになってしまった。



(くそう、この男。余計な真似をしてくれたな)


(まぁ、こいつの実力はEやDにおさまるようなもんじゃねぇけどな)


「まあ、ゲイルったら。また、男の子をたらしこんでるの?」


「そ、そんなんじゃねぇよ!」


「それよりも、次の依頼の打ち合わせをするからこっちに来てちょうだい」


「いでで、耳を引っ張るなって! そういうわけで、またなフォールレイン」


「……リア、充?」



 互いが互いに頭の中で考えを巡らす中、ゲイルのお仲間が彼を迎えにやってきたため、彼とはそこで別れることになった。一見すると仲のいい兄妹のようにも見えたが、長年連れ添った夫婦のような雰囲気を持ったどっちかわからない状態だったため、有罪か無罪かはっきりしなかった。



 そんなわけで、素材の買い取り金もしっかりと受け取った秋雨は、一度宿へと戻ることにした。

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