第96話
「なんだありゃあ? って、あんなところにミランダが――っ!?」
秋雨がダンジョンの最深部に到着した時、ミランダが張り付けにされた直後であり、そこからイービルトレントが彼女の服を切り裂く瞬間を目の当たりにする。
「ほう、素晴らしい肉体。まさにあれこそ女体の神秘ですなぁー」
まるで一昔前に流行った「いい仕事してますね」が口癖の古美術鑑定家を彷彿とさせるようなことを口にしながら、髭も生えていないのに手で顎を撫でる仕草を秋雨が取る。
第三者の視点から見れば「なにやってんだ。早く彼女を助けろよ!!」とツッコミが飛んでくる場面だが、残念ながらこの場にはイービルトレントとミランダと秋雨しかいないため、彼にツッコミを入れる人間が不在であった。
「あ、あれは!? まさか異世界に来て本場の触手プレイが見られるとは!!」
何をもってして“本場”なのかはよくわからないものの、イービルトレントがやろうとしていることを瞬時に理解した秋雨はその行動に注視する。
徐々にミランダに迫る触手を見て、興奮を隠しきれない秋雨であったが、さすがに知り合いがモンスターの毒牙にかかる光景は見たくないという考えに至り、そのまま何もせず成り行きを見届けるという選択を思い留まった。
そのまま歩いて近づき、声が届く距離まで接近したところで秋雨は声を掛けた。
「やれやれ、助けに来てみれば、ずいぶんとお楽しみのようだな」
「ア、アキーサ!」
突然現れたミランダは驚きを隠せず、叫び声にも似た声を上げる。その一方で、イービルトレントは動きを止め秋雨を警戒している。
ここまでの一連の行動から、イービルトレントには知性があり、ミランダを罠にかけるほどの狡猾さを持っている。そんなイービルトレントが、声を掛けられるまで気配すら感じさせずどこからともなく現れた秋雨に警戒心を抱くのはモンスターとしては当然の行動だった。
「なんでお前がここにいるんだ!?」
「お前が落とされたから迎えに来た。それだけだ。だというのに、植物のオバケを口説いて触手プレイとは、そういう趣味があったとは意外だったな」
「ち、ちがうぞ!! まるであたしがこいつを手懐けてやらせてるみたいじゃないか!!!」
「まあ、性的嗜好は人それぞれだからな。他人である俺がとやかく言う権利はない」
「違うって言ってんだろうがぁぁぁぁぁあああああああああ」
ここにきてシリアスから一転して一気にコメディへと変貌する辺り、彼らしいといえば彼らしい。
しかしながら、今はそんなことをやっている場合ではなく、非常事態なのだ。突如として現れた闖入者である秋雨を排除するべく、イービルトレントが攻撃を仕掛けてくる。
「おっと、無粋なやつだ。少しは空気を読んでもらいたいものだな」
「オオオオオオオオオオ」
秋雨を威嚇するような声を上げながら、さらにイービルトレントは警戒を強める。先ほどまで彼と漫才を繰り広げていたミランダも、はっとした表情になり大声で叫ぶ。
「あたしのことは助けなくていい! それよりも、ここから逃げるんだ!!」
「それを決めるのはお前ではない。お前を助けるかどうかの選択肢を決めるのはこの俺だ」
「お前じゃこいつには勝てない!!」
「ふむ、どれどれ」
ミランダが必死になって訴える中、秋雨は冷静にイービルトレントに対し鑑定を使って調べる。そして、得られた情報は以下の通りであった。
【イービルトレント(変異種)】
ステータス:
レベル69(ランクA)
体力 23777
魔力 31900
筋力 1344
持久力 2344
素早さ 890
賢さ 2388
精神力 1943
運 1755
スキル:触手Lv5、物理耐性Lv6、繁殖Lv4、再生Lv4、性豪Lv3
「あ、あれ? え?」
「どうした?」
「いや、え、ちょ、まっ」
「何だか知らんが、こいつはとにかく危険なんだ! 今すぐここから逃げろ!!」
「……」
秋雨は失念していた。自身が女神から様々な恩恵を得たチートな人物であることを……。
彼が邂逅したいつぞやの魔族は種族的にかなりの強さを持った存在であり、この世界に降り立ったばかりの秋雨以上の実力を有していた。それは間違いない。
しかしながら、そんな存在がそこかしこにいるはずもなく、この世界におけるイレギュラーを踏んでしまったといっても過言ではない。
つまりは、通常のモンスター程度であれば今の秋雨と互角に渡り合える存在は少なく、先日出会ったスチールスライムも防御と素早さに関しては彼に迫る勢いであったが、最終的には撃破されている。
(あ、これたぶんだけど、俺が凄すぎるやつだ。確か、俺TUEEEEEじゃなかったか?)
などと、なんの取り留めのないことを考えつつ、相手の強さがそれほどではないことを知った秋雨は、今後の展開を考える。
落としどころとしては、ミランダに自身の実力を知られるのはあまり良くはない。かといって、実力をごまかして勝つにはイービルトレントが強すぎる。
言うなれば、手加減して倒せるような強さではないということであり、そういった意味ではなんとも厄介な相手であった。
「よぉーし、今助けるぞぉー(棒読み)」
「……」
あいかわらず実力を隠すときに下手な棒読みになってしまう秋雨を「またなんか始まった」という目でミランダが見つめる。
大げさに剣を抜き放つと、とてとてとイービルトレントに向かっていく。それを迎撃するように触手を伸ばして攻撃を仕掛けるイービルトレントであったが、ここで予想外の出来事が起こる。
「うげっ」
「オオオオッ!?」
イービルトレントに向かって走り込む秋雨が地面に生えた岩に躓き、その勢いのまま剣を手放してしまったのである。もちろんわざとであり、偶然を装った事故を演出しているのだが、すでに同じ光景を見たミランダにとっては「またそれか?」という心境である。
それはともかくとして、秋雨の手から離れた剣はそのまま吸い込まれるようにイービルトレントに向かっていき、醜い顔をした部分に突き刺さる。しかしながら、伊達にAランクのモンスターに分類されておらず、その程度の攻撃では致命傷とはならない。
(【ブラインド】)
「うわぁ、なんだ!? 目が見えないぞ!」
(今ですっ! 【紅炎の熱光線(プロミネンスビーム)】!!)
力技甚だしいが、一時的にミランダの視界を奪い、その隙に一点集中型の攻撃魔法をぶち込むことでなんとかごまかそうという算段のようだ。それを可能としているのが、女神サファロデからもらったチートスキルのお陰である。
秋雨が彼女からもらった【創造魔法】の力によって大抵の魔法が構築可能であり、必要とする魔力が足りればできない魔法はないといっても過言ではない。
しかし、記憶を改ざんするなどの魔法や後々の世界に大きく影響を及ぼす可能性があるような魔法は、サファロデからストップがかかるため、実質的にはなんでもできるというわけではない。文字通り、すべては神の御心のままにといったところである。
話を戻すが、秋雨の放った魔法によってイービルトレントの胴体に大きな風穴が開く。間違いなく致命傷であり、意外にもあっさりとした幕切れである。
「オ、オオオォ……」
力のない呻き声を上げながら、イービルトレントが力なく項垂れる。そして、それ以上イービルトレントが動くことはなかった。
「ん?」
「大丈夫か?」
「なんか目が見えないんだが」
「たぶん、イービルトレントが何かしたんだろう。そうだ。そうに違いない!!」
「なぜ、そこまで力強く断言するんだ?」
イービルトレントが光の粒子となって消失したため、ミランダが束縛から解放される。これで秋雨がどうやってイービルトレントを倒したのかはごまかすことはできるが、彼がイービルトレントを倒したということはさすがにごまかせない。
「まあ、しばらくすれば見えるようになるだろう。それよりも、随分と刺激的な格好をしているな」
「え、あっ! み、見るな!!」
秋雨に指摘されたことで、ミランダは自分が何も服を着ていない全裸の状態であったことを思い出す。見えてはいけない部分を隠そうとするも、もはやいまさらといった雰囲気は否めず、二人の間に微妙な空気が流れる。
「これを羽織っておけ」
さすがに見かねた秋雨がフード付きのマントをくれてやり、それを手探りでなんとか身に着ける。逆にちらりと見え隠れする太ももと、マントの上からでも明らかに大きいとわかる胸が強調され、返ってエロスな状態となっていなくもないが、とりあえず見えてはいけない部分を隠すことはできたようだ。
(もうそろそろいいか。【ブラインド】解除)
「あ、見えてきた」
「そうか、じゃあもう帰るぞ」
「おい、ドロップ品を忘れてるぞ」
ミランダの指摘で、イービルトレントを倒したことでドロップした素材を拾っていなかったことを思い出した秋雨は、指摘を受けてそれらを回収する。ちなみに、ドロップ品はAランクモンスターの魔石と魔樹の木材と呼ばれる特殊素材である。
「じゃあ、もう帰る――」
「待てぇーい! 大事な話がまだ終わってないだろ!!」
「ん?」
「ん、じゃねぇよ! なんでお前がイービルトレントを倒せるんだ!? おかしいだろう! 説明をしろ説明を!!」
「ああ、それはな……許せミランダ。また今度な」
「ぐはっ」
事情説明を求めるミランダを手招きで近くに呼び寄せる。そして、耳元で囁きミランダの腹に一撃を加える。不意を突かれた形となった彼女は意識を失い、その体が糸の切れた人形のように力を失う。
それを支えるように彼女を肩に担ぎながら、今度こそ秋雨は帰還するための転移魔法陣を使い、ダンジョンを後にした。ちらちらとマントから見え隠れするミランダのぷりっとしたお尻が、なんとも印象的であった。
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