第92話
「てな感じだ」
「本当に、それだけですか?」
「それだけだ」
秋雨と別れたミランダは、その足で冒険者ギルドに向かい彼との間に起こった出来事をシェリルに報告した。しかし、ミランダの報告に対し、彼女は納得のいっていない表情を浮かべた。
それもそのはずで、ミランダの報告は実力的にはEランク冒険者として十分な資質を持っているが、それ以上の実力を隠しているとは思えないほどお粗末な行動が目立つという内容であったからだ。
そう、ミランダはシェリルに嘘の報告を行ったのだ。
理由としてはいくつかあるが、その中で最も彼女を動かしたことといえば、秋雨からもらったメタリカ鉱石だろう。
売却すれば金貨数百という莫大な金を生み出す鉱石を、自分の体を弄んだというこの世界の住人にとっては罪にならないような曖昧なことのお詫びとして寄こしてきたのだ。
それだけの金があれば、娼館で高級娼婦を何人も買うことができるし、それこそ贅沢な暮らしを何年もすることができるほどの大金である。だというのに、彼はその高価な代物に対し、迷惑をかけたというただそれだけの理由で差し出してきたのだ。
もともと正義感の強いミランダは、受けた恩義に対しては真摯に向き合う性格をしている。そのため、秋雨が自身の実力を隠したがっている理由はわからないまでも、彼の意志を尊重する姿勢を見せるのはごく自然な流れであった。
(誰が言えるか。パーティーを組む対価におっぱいを触らせることを提案したら、断られた挙句におっぱいも揉まれたなんて……。しかも、迷惑料としてメタリカ鉱石をもらったが、それじゃあ対価として釣り合わないと言ったら、満足するまで好き放題に弄ばれて、それならばと下の方で払おうとしたらダンジョンではさすがにそれはと諭されたんだぞ。それも、あたしよりも年下の少年に……)
ミランダの本音が垣間見えた瞬間であった。
彼女とて粗忽な冒険者家業をやっている手前、一般的な同世代の女性と比べて女性らしさが欠如しているという自覚はある。だが、それでも花も恥じらう乙女であることに変わりはなく、どうしても自分の方から体を許したという恥ずかしい事実を言えないでいた。
ミランダはソロの冒険者だが、その実力はCランクとそれなりだ。当然、彼女を取り込もうとパーティーに加入してほしいという要望は何度もあった。
だが、その目的は彼女の実力云々ではなく、そのほとんどが彼女の体が目当てという邪な理由であったため、彼女がパーティーに加入することはなかったのである。
そんなことがあったため、ミランダは多少なりとも自分に魅力があるからそういったお誘いがあると思っていた。だが、今回秋雨に断られたことで、彼女の中にある女としてのプライドが地味に傷ついたのである。
そんな彼女にとってはすでに黒歴史になっている出来事を、自分の口からぺらぺらと吹聴するはずもなく、この件については墓の中まで持っていくことが彼女の中で決定していた。
だが、冒険者ギルドの職員として少なくない人数の冒険者と関わってきたシェリルにとっては、自分の勘が外れることはないという自信があった。そのため、ミランダの報告を聞いてもすぐには納得できなかったのである。
「……」
「……」
訝し気な表情でミランダを見つめるシェリルに対し、ミランダは肩を竦めながらなんでもないことのような態度を取る。しばらく、膠着状態が続いたがミランダの口からそれ以上の情報は出てこないと判断したのか、肩の力を抜いてシェリルは彼女の報告を受け入れることにした。
「わかりました。引き続き何かあれば報告をお願いします」
「了解した。ところで、これを買い取って欲しいんだけど?」
「ダンジョンで入手した素材ですね。確認します」
「それと、これも頼む」
「こ、ここここここ、これはぁー!?」
肩にかけながら持っていたぱんぱんに膨れた麻袋をミランダはカウンターに置く。それを見たシェリルは、すぐにダンジョン内でドロップした素材であると当たりをつけ、さっそく確認作業に移ろうとした。だが、さらに追加でとんでもない爆弾が追加されることとなる。
それは、鉛色にも銀色にも見えるような一見するとただの鉄の塊のようにも見える物体であり、詳しく知らない人間にとっては価値のないものに思える。
しかし、シェリルは冒険者ギルドの職員であるからして、その物体がどんなものなのかは重々に理解しており、その希少性の高さからそれを見た瞬間彼女は自分の目を疑った。
そして、それが実物であることを認識すると普段冷静な彼女には珍しく狼狽えた様子を見せたのである。
「ま、まさか。これってメタリカ鉱石じゃないですか!! 一体どんな手を使って手に入れたんです!? 大商人か貴族に股を開いたんですか?」
「なんでそうなる!! ……まあ、それに近いことはしようとはしたけど(ボソッ)」
「え? よく聞こえなかったんですけど?」
「と、とにかくだ! ちゃんとダンジョンで出現したスチールスライムからドロップしたものだ。そんな邪な手を使っていない!!」
ミランダがメタリカ鉱石を持ち込んだことで、冒険者ギルド内が騒然となる。それだけメタリカ鉱石というものが名前自体は有名なのだが、実際に持ち込まれることは珍しい品なのである。
シェリルの騒ぎを聞きつけてやってきた他のギルド職員も目を見開いて驚き、騒ぎに気付いた他の冒険者たちも突然降って湧いた大ニュースに口々に噂話を始める。
「おい、メタリカ鉱石だってよ」
「マジかよ。持ち込んだやつは誰だ?」
「ああ、あいつだよ。【紅の双剣(デュアルガーネット)】だ」
「乳デカか。あいつソロだろ? スチールスライムを倒せたのか?」
「その呼び方、本人嫌がってなかったか?」
「それにしても、いい乳してやがる」
「一度でいいから揉んでみてぇな」
男の悲しい性なのか、いつの間にやらその話題はメタリカ鉱石からミランダの胸に移行してしまい、彼女が娼婦だったらいくら出すという品のない話題へと変わっていった。
それを聞いていた他の女冒険者は「これだから男って」や「胸か、やはり胸なのか!?」などの侮蔑や怨嗟のような声を上げていた。
その一方で、一部のカップル冒険者からは「君の方が断然魅力的だよ……」という男性冒険者に対し「まあ、嬉しいわ……」と答える女性冒険者を見て「ケッ、爆発しろ!!」という見苦しい恨み言を口にするお一人様冒険者がいたとかいなかったとか……。
「……まあ、いいでしょう。それよりも、すぐに確認します。それと、このあとミランダさんには、ギルドマスターに会っていただき詳しい事情を話していただきますので」
「……やっぱ、そうなるよな」
それから、ミランダが持ち込んだ素材の査定が一通り終わると、彼女は応接室に通される。その部屋は、他の第三者に聞かれたくない話をするためや、高額の買い取りがあるときに使う場所であり、その内装もシンプルなテーブルと安っぽいソファーが二つしか置かれていない。
「待たせてすまない」
ミランダがしばらく待っていると、シェリルと共に屈強な体格をした大柄な男が入ってくる。灰色の短髪に鋭い眼光は、現役を引退してなお衰えを知らず、その見た目からかつて【鷲の目(コンドルアイ)】と呼ばれていた元Sランク冒険者のガガレスである。
「ガガレスさん」
「さて、さっそくだが本題に入らせてもらうが、何があった?」
「実は……」
ミランダは、秋雨の実力を隠しつつ自分の失態をなかったことにして起こった出来事を話した。その真実を見通そうとする鋭い眼光に、ミランダの頬に汗が伝う。
(ふむ、彼女の報告内容には一見偽りがないように思える。だが、彼女もいっぱしの冒険者だ。自分や仲間が不利になるようなことは口にしないか)
そう頭の中で思案するガガレスをよそに、ミランダの報告が終わる。そして、彼が腕を組みながら改めて彼女に問い掛けた。
「大体の事情は把握した。だが、お前の報告にはいささか不可解な点がある」
「今話した内容は本当のことだけど?」
「お前は、以前スチールスライムに遭遇したという報告をしていたはずだ。だが、なぜ今回は完全逃走ではなく戦っている?」
(ちぃ、やはりごまかせないか)
ガガレスの鋭い指摘に、ミランダは内心で顔を顰める。やはり冒険者としての経験の差か、彼女の話に一部事実と異なる内容が含まれていることを彼はなんとなく感じていた。
「それは、今回は単独じゃなくアキーサがいたからだ。あいつを逃がすため、不本意だがスチールスライムと一時対峙しなきゃならなかった。それだけの話さ」
「……」
もっともらしい理由を述べるミランダに、ガガレスは目を細めてその言葉の真偽を見極めようとする。だが、腐ってもCランク冒険者の彼女は、その視線を受けても動じることはなかった。
(これ以上の追及は意味をなさないか。だが、どうやらそのアキーサという人物は只者ではないようだ)
Cランク冒険者であるミランダが、ギルドマスターである自分を偽ってまで庇う相手であるとガガレスは判断した。結果的に彼女が本当のことを報告しなかったことで、アキーサという人物が特別な人間であるという印象を与えてしまったのだ。
Cランク冒険者という存在は、一流と言われるBランク冒険者の候補生であり、その実力もある程度認められければ昇格することは難しい。そんな一角の人物が、自分の不利になるような発言をしてまでも庇う相手が普通であるはずがないのだ。
実際は、ダンジョン内で不埒な行いをしたことを知られたくないという自己保身的な考えからくる報告だったのだが、まさかダンジョンでそのような行為に及んでいるわけがないという先入観から、ミランダの意図していないところでガガレスに誤解を与える結果を招いてしまったのである。
「大体わかった。では、メタリカ鉱石の買い取りについてだが、金貨二百枚でどうだ?」
「おいおい、天下のメタリカ鉱石様がその程度のはした金なわけないだろう? 貴族のところに持って行けば、金貨千枚でも喜んで出すシロモノだぞ」
「ならば、金貨三百枚でどうだ」
「八百」
「五百」
「七百」
「ろ、六百五十。これ以上は無理だ」
「ま、それで手を打とう」
結局元の提示額の三倍以上となったが、ミランダの言った通り金貨千枚でも買い手が見つかる品物であるため、赤字になることはない。それでも買い取る側としてはできるだけ少ない金額で買い取れることに越したことはないため、今回はミランダの交渉勝ちという結果になった。
「こちら、メタリカ鉱石と素材の買取金を含めた金額となっております。ご確認ください」
「……確かに」
メタリカ鉱石とその他諸々の買取金を受け取ったミランダは、金額が間違いないことを確認すると、その場をあとにしようとする。だが、ガガレスがそれを止めた。
「待て。最後に一つだけ聞かせろ」
「なんだい?」
「お前にとってそのアキーサという人物は特別な存在か?」
「ど、どういう意味だそりゃ!? べ、別にあたしとあいつはこ、恋人同士じゃないぞ!!」
「……そうか、今日はご苦労だった帰ってゆっくり休むといい」
そうガガレスが労うと、ミランダは今度こそギルドを後にした。しかし、最後の質問に狼狽える様子を見せた彼女を見た彼は、疑惑を確信へと至らせた。
(相手の思惑がどうあれ、少なくともミランダがギルドへの報告をごまかさなければならないほどのなにかがあったと見るべきだな)
そう結論付けたガガレスは、シェリルに指示を出す。
「シェリル、そのアキーサという冒険者の容姿は知っているな?」
「はい、成人したばかりの黒髪黒目の少年です」
「そうか。ならば、アキーサという名は偽名の可能性があるが、見た目の情報を優先して他のギルドに問い合わせろ」
「了解しました」
ミランダの反応からアキーサという少年がただの冒険者ではないと感じ取ったガガレスは、彼が他のギルドで何かやらかしているのではないかと予測した。そして、それを確かめるべく、他の街の冒険者ギルドに問い合わせることにしたのである。
秋雨のあずかり知らぬところで、またしてもギルドマスターに目をつけられてしまった彼だったが、ラビラタの冒険者ギルドがグリムファームの冒険者ギルドから秋雨の情報を手に入れるまでまだ時間がある。
それから、シェリルが周辺のギルドに問い合わせたところ、秋雨という名のアキーサと見た目が酷似した冒険者がグリムファームでいたという情報を入手することになる。
こうして、秋雨に再び身バレの危険が確実に迫っていたのであった。
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