第19話



 冒険者ギルドに併設されている食堂兼酒場に一人の冒険者が微睡んでいた。

 現在の時刻は街全体が静まり返り、草木も眠る午前三時半を回った真夜中だった。



「……」



 目を閉じ、まるで瞑想をしているかのように椅子に座り佇む彼女だったが、ギルドの入り口に気配を感じ取った彼女は薄めを開けて気配の正体を見やる。



(なんだい、あの坊やは? 眠りこけてる連中の中にいる誰かを家族が連れ戻しに来た……わけではなさそうだね)



 そう内心で考えながら、彼女は突如としてギルドに現れた少年を目で追った。

 すると今度は、盗賊が民家に侵入する時のような足取りで進むという奇行をし始めたので、彼女はますます混乱した。



(な、なんだい!? あの盗賊やレンジャーが気配を消して動く時によくやる動きは!? ……ああ、そうか、ここにいる連中を起こさないようにするために、ああやって音を立てずに動いてるのかい)



 少年の奇行の理由を知った彼女は、内心で感嘆する。

 自分もかつてこの冒険者ギルドに新規の登録をしようと真っ昼間からギルドへやってきたが、その時も“お優しい先輩方”の洗礼を浴びせられた経験があったからだ。



(それを避けるために、アタイらが酔いつぶれて眠りこけている隙に冒険者登録をやっちまおうって腹積もりだね。フフフ、中々考えてる坊やだね)



 そんなことを彼女が考えていると、受付カウンターの奥からベティーが顔を出し少年の奇行に思わず目を見張っていたが、すぐに取り繕うと受付カウンターの椅子に座った。

 それを見ていた彼女は、ベティーに対して共感する気持ちが湧いてくるのと同時に彼女のギルド職員としてのプロ根性に感心した。



(ベティーもなかなか肝が据わってきたようだね、あの坊やの行動を見て物怖じしないとは……)



 もし仮に自分がベティーの立場であれば、迷うことなく奥に引っ込んでしまっただろうと結論付けた。

 それだけ今少年が取っている行動は奇怪であったからだ。



 ようやく受付に到着した少年に対して、ベティーが手続き業務を始めると、彼女の予想通り新規の冒険者登録を行うという事が分かった。

 それを聞いて彼女は思わず、ニヤリと口の端を歪めた。



(やっぱり、アタイらに妙なちょっかいを掛けられないようにするための策だったか、あの坊や見かけによらず相当用心深いようだね)



 彼女がそう考えている間にも登録手続きはつつがなく進んでいき、ベティーがそれを確認する工程にまで移っていた。

 その過程で少年の名がアキサメであるという事、年齢が15歳であるという情報がベティーの口からもたらされた。



 さらに少年が使う武器の欄に剣を記入しているにもかかわらず、帯剣していないことをベティーが指摘すると、少年は冒険者になったら使う予定だと返答していた。



(ふーん、行動自体は慎重でもやはりそこは素人って訳かい……まあ、冒険者になろうとやってきた奴なんて大概素人ばっかりなんだけどね)



 彼女は自分が少年に対して、何か期待していたことに気付き苦笑いを浮かべる。

 その後、特技についての確認をベティーがしていたところ耳を疑う情報が舞い込んできた。



(な、なんだって!? あの坊やがダブルソーサラーだってのかい!? ……これは、掛かった魚はデカいってやつかね)



 少年が複数属性詠唱者であるという事を知った彼女は、自分の勘が正しかったことに喜び打ち震えた。

 冒険者の中にも魔法使いは一定数いるのだが、そのほとんどがシングルソーサラーだ。



 高ランクの魔法使いの冒険者ともなれば、シングルでもかなり高威力の魔法を行使することができるようになるが、それも極々一部に過ぎない。

 しかもそういった魔法使いはどこのパーティーでも必要としている人材なのだが、総じて決まったパーティーに属している事がほとんどなのだ。



 だからこそ、自分のパーティーに魔法使いを引き入れるためには、今回のように新規でやってきたまだどこのパーティーにも所属していない魔法使いをいち早く確保することが、魔法使いを引き入れる近道だと言われている。



(アタイはラッキーだったね、こんな簡単に魔法使いが見つかるなんて。しかもシングルソーサラーどころかダブルソーサラーと来てる。こりゃあ、あの坊やの争奪戦が始まるねぇ……何とかその前にアタイのパーティーに引き込みたいところだけど)



 最初にギルドにやってきた弱々しい少年のイメージから一転して、何とかして自陣に引き込めないかと頭を巡らせ始める彼女。

 それだけダブルソーサラーという存在は、冒険者にとって稀少な存在なのだ。



 それからベティーが冒険者のルールを説明したり、少年が何かクエストについて質問をしていたが、彼女にとって最早そんな事はどうでもよく、いかにして少年を自分のパーティーに引き込むかに頭を巡らせていた。



(見たところ、色仕掛けで落ちそうな感じではなさそうだね、アタイもかなりのもんだと思うけど、相手に興味が無けりゃ逆に反感を買いかねないからね)



 そう言いながら、彼女は自らの身体に視線を落とす。

 丸みを帯びていながらも引き締まっているところは引き締まっており、出ているところは出ているという男に好まれる身体つきであるという自負はあった。



 だが最初から色仕掛けを掛ける相手にその気がなければ、それは無意味なものとなってしまう。

 そして、なによりも彼女にとって不運だったのは、少年の存在がまだ未知であるという事だ。



 名前と年齢は今回手に入れられたが、どういった思考の持ち主なのか、性格はいいのか、どういう嗜好を好むのか、そういった個人的な情報が欠落してしまっていたのだ。

 だからこそ、彼女が今後少年を自身のパーティーに引き込むためにするべき行動は、彼の情報を入手するところから始めなければならなかった。



(そもそも、冒険者の洗礼を避けるためにこんな時間にギルドに来ている時点で、他の冒険者との接触を避けてるということになる。裏を返せば、今後ソロで活動していく可能性が高いってことだね)



 彼女はそこまで理解していたため、今直接少年に接触するという愚行は避けるべきだと考えていた。

 冒険者の中には、どこのパーティーにも所属せずソロでやっている手練れも存在する。

 少年がもし冒険者活動の方針をその方向で考えているのなら、今接触するのは得策ではないと判断したからだ。



(それにしたって、まごまごしてたら他の連中に坊やを取られちまう、今接触するのも良くないが、かと言って泳がせすぎるのも良くない。まったく、歯痒いね)



 彼女が色々と考えているうちに、ベティーの自己紹介と簡単な世間話が終わったようで、少年がギルドを後にしようと入り口に向かっていた。

 声を掛けたい気持ちをぐっと押さえ込む様に視線を少年に向けると、なんとこちらに顔を向けてきたのだ。



(やべ、気付かれたか?)



 咄嗟に目を瞑って狸寝入りをした彼女。

 それが功を奏したのか、「気のせいか?」という呟きを残して、少年はギルドを後にした。



(危ないねぇ、気付かれるところだった……それにしてもアタイの視線に気づくとは、あの坊や只者じゃなさそうだね。確かアキサメって言ってたっけ? その名前、覚えとくよ)



 そう言いながら、彼を自分のパーティーに引き込む算段を頭の中で考えながらほくそ笑む彼女だった。

 だが少年が彼女の視線に気が付かなかったのと同じように、彼女もまた気付いていない事があった。

 少年の様子を窺っていたのが、自分一人ではなかったということに……。

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