第17話



 入り口から見て正面にある受付カウンターを目指して、秋雨は歩を進める。

 当然だが、その足並みは実にゆったりとしたものだ。



 否、それはまるで一昔前の泥棒が民家に侵入するかのような、抜き足差し足という足取りと言ってもいい。

 なぜ彼がそのような歩き方をしているのか。それは言わずもがな、冒険者たちを起こさないためだ。



(足音を殺して進むコツは、足に力を入れるのではなく腹筋に力を入れて進むのだ)



 というような訳の分からない持論を頭の中で考えながらも、一歩一歩確実に進んで行く。

 10メートル先にあった受付カウンターも次第に距離が縮まる。

 7メートル、5メートル、3メートル……そして、カウンターまでの距離が2メートルを切った瞬間にイベントが発生する。



(おっ、ギルド職員だな。ちょうどいい)



 真夜中という事もあり受付にはギルドの職員などはおらず、静寂がその場を支配していた。

 だが、受付カウンターの奥にあるバックヤードらしき場所から一人の少女が姿を現す。



(な、なにあの人? 滅茶苦茶怪しい歩き方してるんだけど……?)



 秋雨の妙な歩き方を見て一瞬怪訝な表情を浮かべながらも、受付の方に向かってきているという事で秋雨がここに用があるのだという結論に至り、少女はカウンターに設置された椅子に腰を下ろした。



 それから数秒後、ようやく受付カウンターへとたどり着いた秋雨を少女は若干引きつった笑いで出迎えた。



「い、いらっしゃいませ……冒険者ギルドへようこそ。本日は一体どうされたんですか?」



 彼女が言い放った“どうされたんですか?”という言葉には二つの意味があった。

 一つはこのギルドにどのような用件で来たのかという疑問で、もう一つは先ほどの奇妙な秋雨の行動に対する質問として投げかけたという二つの意味だ。



 当然ながら少女の質問は後者よりも前者の意味を持っている言葉なので、秋雨は自分の目的を手短に伝えた。



「新規の冒険者登録をしたい、手続きを頼めるか?」


「畏まりました。ではこちらに必要事項をご記入ください」



 最初の印象こそ怪しかったが、目的自体はまともな内容に内心で安堵のため息を吐いた少女は、マニュアルに従って登録用の書類と羽ペンを秋雨に渡した。



(へぇー、意外に普通の書類だな。異世界だから羊皮紙とかかと思ったが、紙に関しては少しは技術が発展してるみたいだな)



 そんなことを考えながら記入すべき必要事項を記入していく。

 書類と言ってもそれほど難しい形式のものではなく、名前と年齢を書く項目の他に、主に使用している武器や使える特技といったシンプルな内容だ。



(えーっと、名前は名字の日比野は省いて名前だけにした方がいいな。あと年齢は15でいいとして、武器はどうするかな? ってかその前に俺ってこの世界の文字がどんなのか知らないんだが)



 いざ文字を書こうと秋雨は、ペンを片手にしたところまではよかったものの、この世界の文字が書けないことに気付いた。

 だが、そこは天下の鑑定先生が自動書記という力を働かせてくれたお陰で、難なく必要事項を記入することができた。



(危なかったぜ、ていうか鑑定先生万能過ぎんだろ?)



 そう考えながら、記入を終えた書類を少女に提出する。



 ちなみに使用武器はスタンダードに剣、特技の欄に魔法(炎、氷)と記入しておいた。

 本当は八つの基本属性全てを使用できたが、それだと大騒ぎになるのが目に見えていたため、比較的修得しやすい二属性である炎と氷だけに留めておいた。



「それでは確認しますね。お名前は【アキサメ】さん、年齢は15歳(へぇー、わたしと同い年なんだ)、使用武器は剣とのことです……が、帯剣されてませんね?」


「ああ、それは冒険者になったら使って見たい武器という意味で書いたものだからな、今は持ってない」


「でしたら、あまりいいものではありませんが、簡単な木剣でしたらギルドが無償で支給しております。いかがしますか?」


「なら頼む」


「畏まりました」



 何の武器も所持していない今の秋雨にとって、この申し出は有難かった。

 もちろん今の彼であれば、武器など無くても大抵のモンスターであれば無双できる自信はあったが、それでも得物があるのとないのとでは精神衛生上あったほうがいいに決まっている。



「最後に特技ですが……これは、凄いですね。アキサメさんは複数属性詠唱者マルチキャスターの魔法使いだったのですね」


「マルチキャスター?」


「ご存じないですか? 二つ以上の属性が使える魔法使いの総称です。ちなみに一つの属性が使える魔法使いをシングルソーサラー、二つがダブルソーサラー、三つだとトリプルソーサラーという呼び方もしますね」


「へぇー」



 特に興味がなかった秋雨は少女の言葉におざなりに答える。

 だが一つある疑問が浮かんだので、興味本位で聞いてみることにした。



「じゃあ八属性全て使える奴は何て呼ばれてるんだ?」


「そんな人見た事ないですけど、一応呼び方としてはオールラウンダーって呼ばれてますね」


「オールラウンダーねぇ……」



 特にこれといった感想も思い浮かばなかった秋雨は、その話についてはこれ以上言及することはしなかった。



「では、次に冒険者としての守るべきルールの説明に入らせてもらいますね」

 

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