第14話



 ――ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ピピピ……。



 白銀の風車亭という宿屋のとある一室でその場に似つかわしくない音が響き渡る。

 と言っても、その音が聞こえるのは今ベッドで眠っている少年だけなのだが。



「う、うーん、……朝か?」



 ……いいえ、ケフィ……ゲフン、失礼、話が脱線しかけたので元に戻そう。

 現在の時刻は午前三時ちょうどを回ったところで、世間一般的に言えば【真夜中】である。



 あれから昼食を平らげた秋雨は、創造魔法を駆使し、【時空魔法】を開発していた。

 さらにその時空魔法によって使う事ができる【アイテムボックス】という魔法も習得することに成功したのだ。



 アイテムボックスは異世界転生物の物語によく登場する持ち運びに便利な収納機能であり、場合によっては魔道具などのアイテムとして扱われたりすることもあるのだが、総じて言える事はアイテムボックスというものが激レアな滅多にお目に掛かれない希少な物だという事だ。



 そして、この世界もどうやら例に漏れず、アイテムボックスという存在は認知されているものの、すでに失ってしまった技術であることが鑑定先生の情報によってもたらされた。

 さらに補足情報として、近年アイテムボックスの機能を再現しようと錬金術による魔道具の開発に成功しており、従来のアイテムボックスよりも劣るが、類似品の開発に成功したらしい。



 つまり秋雨は、便利な能力を得るのと同時に、その能力を他人に知られれば悪意ある人間から利用されるという厄介な能力を得てしまったのだ。

 得てしまったと言ったが、それは秋雨自身が望んだことなので自業自得としか言いようがないのだが、当の秋雨は極めて楽観的な考えでこう口にした。



「まあ、バレなきゃ大丈夫でしょ?」



 言っている事は単純なことだが、同時に的を射てもいる。

 そう、“バレなければ何をしてもいい”それは同時に異世界転生者が異世界で活動する時の基本ルールのようなものでもあった。



 自分が有能な人間だと周りに知られなければ、面倒事に巻き込まれる心配もなく、自分のやりたいことに専念できるのだから。

 逆にその能力を利用しようとする人間に見つかってしまえば、面倒事を押し付けられ、ただただいいように利用されるだけだ。



 だからこそ、秋雨は改めて強く思った。

 この世界では自分の実力は絶対にバレてはいけないのだと。



 話を戻すが、秋雨が目を覚ますときに彼だけに聞こえていた音の正体は、彼が時空魔法で新たに作った【アラーム】という魔法だ。



 試しにケイトが夕食を持ってくる時間帯に合わせて使用してみたところ、問題なかったので、夕食を食べお湯のタライを貰い身体を拭いた後、仮眠として冒険者ギルドに行く予定の時間まで、眠っていたのだ。

 ちなみにケイトが夕食を持ってくる時間まで炎属性の魔法の研究をしていたところ、バレーボールほどの大きさの火の玉を出すことに成功していた。



 この世界の魔法は決まった呪文をただ唱えるだけで、魔法を発動するのではなく、術者である本人のイメージ力によって魔力を消費して魔法的事象を引き起こすというのが、この世界の魔法だ。



 例を挙げるのであれば、火の玉を敵に向かって打ち出す魔法というものがあったとして、それを見た地球に住む人間は大概の場合その魔法を【ファイヤーボール】と思うだろう。

 もちろん呪文を唱える術者によっては想像どおり【ファイヤーボール】と唱える者もいるだろうし、【フレイムボール】と唱える者もいる。



 つまり魔法を行使する術者次第で、同じ火の玉を敵に打ち出す魔法でも固定の呪文を唱えなくても、同じかあるいは似た効果を生み出すことは可能という事だ。

 なぜこのような事になっているのかと言うと、それは魔法を行使するうえで重要になってくる要素が、術者のイメージ力に起因するからだ。



 ある魔法使いは火の玉を【ファイヤーの玉】とイメージしているだろうし、他の魔法使いは同じ火の玉でも【フレイムの玉】としてイメージすることがあるという事だ。

 だからこそ、同じ効果を生み出す魔法でも、術者が違えば唱える呪文の名前も異なってくるというのが、この世界の魔法の概念であった。



 またまた脱線してしまったが、話を戻すと、先の秋雨が使っていた【アラーム】という魔法はその名の通り、特定の時間になったらその時間になった事を教えてくれるという、言わば目覚まし時計のような機能を持つ魔法だ。



 だが、この魔法は元々地球に住んでいた秋雨であるからこそ思いついた魔法であり、この世界の住人が同じように思いつくかと言えばその限りではない。

 それにそもそもの話だが、時空魔法を使える魔法使いが滅多にいないため、仮に秋雨と同じことを思いついたとしても、実際に実行することができないというのが、この世界の常識だ。



「とりあえず、冒険者ギルドに向かうか」



 そう呟いた秋雨は、部屋のドアから廊下に出ると、しっかりとドアに鍵を掛け受付へと向かった。



「うん、何か声が聞こえるな……」



 そう呟くと声のする方に耳を傾ける

 すると聞こえてきたのは、女の艶のある声だった。



「ジョージ、わたし幸せすぎてどうにかなっちゃいそう」


「何を言ってるんだアンジェラ、まだまだこれからさ!」



 それは秋雨が昼間に聞いていたバカップ……もといカップルの声だった。

 それが昼間のカップルだと気付いた秋雨は、心の中で悪態をつく。



(あいつら、昼間もやってたのに夜もイチャイチャしてんのかよ! どんだけなんだよ?)



 これから冒険者登録をしに行こうという所用があるにもかかわらず、こんなところで妙な気分になるわけにはいかないと考えた秋雨は、まだまだ余力十分という二人の盛り声から逃げるようにその場を後にした。



 この時もやはり「纏まった金ができたら、絶対に【娼館】で綺麗なねーちゃんとイチャイチャするんだ」と、強く心に誓う秋雨であった。

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