刀丸と沙耶

「で、お前ら何しに来たわけ?」


 紫狼丸の前にどっかと座り込むと、刀丸は頬杖をついてたずねた。


「それに 沙耶もいないし……。俺はこんな格好だし」


 ぱんぱんと己の身体を叩き、刀丸は首をかしげる。


「どうなってんだ?」


『俺はお前を迎えに来た』


 紫狼丸の腕から弓彦の声が響く。


「迎えに? なんで?」


『ちょっと厄介な物を切り出したくてな、お前の刃が必要だ』


「ふーん。まぁ、いいけど」


「……やけにあっさりしてやがんなぁ」


 渋られるとばかり思ったいた紫狼丸は、二つ返事で応えた刀丸を拍子抜けした顔でみつめた。


「? 別に断る理由ねぇじゃん。

 どうせ俺、退屈してるし。

 弓彦が斬りたいっていうなら、斬れば?

 で、俺じゃなきゃ駄目だってことは、俺を使える奴がいるってことか?」


「……どういう意味だ?」


 きょとんとする紫狼丸に、同じようにきょとんとした顔を刀丸は向ける。


「当然だろ?

 俺の力じゃなきゃ斬れない物を斬るなら、俺を使いこなせる奴がいなきゃ意味ねぇじゃん」


「お前の力って、自分で操れるもんじゃないのか?」


「あのなぁ、どうやって自分で自分の刃を相手に最大限に叩き込むんだよ?」


 呆れた顔をして言う刀丸に紫狼丸は首をかしげる。


「だって、お前の左手は何でも切り裂くんだろ?」


「馬鹿だなあ、お前」


「んだと!」


『馬鹿に馬鹿と言われるほど、腹立たしいものはないだろうな』


 くぐもった弓彦の声がする。どうやら笑っているらしい。


「俺の左手は確かにこの世にある何でも切り裂くぜ。

 でも俺の力が必要ってことは、"この世にないもの"を斬りたいんだろ?」


『その通り。少しは頭が働くようになったか、刀丸』


「だったら、ちゃんと誰かが俺を使って斬らなきゃ斬れねぇよ」


「ちょっと待った!」


 左手をあげると紫狼丸は待った、とかけた。


「お前を使うってことは、お前の本性は……」


「俺は刀だ!」


 親指を自分に向けると、旨をはって刀丸は応えた。


『鞘が無いと何もできない馬鹿刀だ』


 間髪をいれない弓彦の言葉に、刀丸はガクっと肩を落とした。


「それを言うなよ~」


「おいってことは、その"沙耶"って女も……」


「沙耶は俺の妹。俺の鞘だ!」


 何が誇らしいのか再び胸を張る刀丸。


「綺麗な黒塗りの鞘なんだぞ~。

 光が当たると玉虫色に輝くんだ。

 細かい幾何学模様の彫刻がほどこしてあってな、そりゃあ優美なんだぞ~」


『見てのとおりの兄馬鹿だ』


 うっとりとした目で言う刀丸に聞こえないように、小さな声で弓彦がつぶやいた。


『沙耶の悪口だけは言うなよ、紫狼丸。

 他は何言っても構わんが、それだけはやめとけ』


「なんか……やばいのか?」


 妹自慢を続ける刀丸を横目に紫狼丸がささやくと、ため息に似た音が漏れた。


『……やばい。本当にやばい。

 それに今は沙耶がいないからな。歯止めがきかなくなると、凶暴さはさっきの比じゃ無いぞ』


「……気をつける」


 折れた右腕をさすって、紫狼丸は全身の毛が逆立てた。


「それにしても、お前といいあいつといい……。

 もしかしてあの年季のいった器物が妖怪になるっていう……つくも神なのか?」


 どんどん大げさになっていく刀丸の熱弁をよそに紫狼丸が言うと、『否』と弓彦は応えた。


『俺たちはもともと弓であり、刀であり、鞘。

 そして生まれついたときから意思と心をもっている。

 器物に宿り、変化したつくも神とは違う。

 人の姿をとっているのは……まぁ、色々と事情があってな』


 言葉を濁す弓彦に紫狼丸は方眉を上げた。


「また秘密か?」


『別に。話す必要もないかと思うがな』


「そうかい……」


 不機嫌そうに言う紫狼丸に、弓彦の気配が揺れる。苦笑いを浮かべたらしい。

 姿は見えないのに器用なことである。


「ああ……そういえば」


 聞いても無駄、と思ったのか紫狼丸は自分で話題を変えた。


「空太、どうすりゃいいんだ?」


 懐から華奢な指輪を取り出す。


『今の俺の姿では元には戻してやれんな……。

 紫狼丸、お前それをはめてみろ』


「こんなちっけぇ指輪、はまんねぇよ」


『いいからやってみろ』


 渋々紫狼丸は指輪を口にくわえると、左指を通しはじめる。

 小さな指輪だ。しかも片手。

 どうせはまるわけはない、とタカをくくっていた紫狼丸が指を近づけると、指輪は吸い込まれるように紫狼丸の中指にすっぽりとはまった。


「……はまっちまった」


『やっとはめたな』


「わっ!」


 耳そばで聞こえた声に、紫狼丸は驚きの声をあげた。


『うるせぇなぁ。騒ぐなよ兄ちゃん』


 よくよく聞けば、声の主は空太である。


「へぇ、こんなことができるのか」


『それでお前、空太の話を聞いてやれ』


「めんどくせぇな」


『溺れさせたわびくらいしとけ……おい、刀丸!』


 弓彦の声に、身振り手振りを加えて「いかに沙耶が素晴らしいか」を演説していた刀丸が振り向いた。


「なんだよ、まだ話のさわりだぞ」


『実はもう一つお前に用があってな』


 不機嫌そうな顔で振り向いた刀丸に、弓彦は言った。


『お前、沙耶が人間の子どもの面倒を見ていたのは知ってるか?』


「……知ってるけど」


 おや、と弓彦は心の中で眉をひそめた。

 いつも明朗な刀丸の言葉が曇っている。


『ここにそのうちの一人がいる』


 弓彦の声と同時に紫狼丸が指輪を掲げて見せる。


『空太という名前だ。妹はみつ。

 みつは沙耶とともに女郎屋に連れて行かれたと言っている』


「ああ……」


『その空太がお前に話があると言っている』


「話……ね」


 さっきまでの調子はどこへやら、しゅんと大人しい様子で刀丸は頬を掻いた。


「で、何が聞きたいって?」


「自分の両親のことを知らないか、と言ってるぜ」


 空太の言葉を聞き、紫狼丸が説明する。

 沙耶は決して空太達に両親の死因を話さなかったらしい。

 沙耶に感謝はすれども、そこはやはり自分の親のことが気にかかる。

 沙耶の兄なら何か知っているのではないか。一縷の望みを胸に空太はこの洞穴への動向を決意したということだった。


「親父とおふくろがどうして死んだのか知りたいって?」


 益々顔を暗くすると、陰鬱な声で刀丸は応えた。

 

『刀丸、知っているなら応えてやれ』


 低い弓彦の声が洞穴に響く。

 黙して刀丸を見る紫狼丸。

 空太も紫狼丸に語り掛けない。

 

 沈黙の時が流れる。

 

 下を向いていた刀丸が、不意に立ち上がった。

 黙ったまま紫狼丸に近づくと、その身体をいきなり抱き上げる。


「わっ!なんだよ!」


 いきなり抱えあげられた紫狼丸は叫んだが、刀丸はそのまま洞穴の奥へと足を進める。


『刀丸、どこへ行く?』


 ぴちゃぴちゃと洞穴内に流れる水を跳ねながら、刀丸は応えた。


「空太の両親が死んだ場所。

 そこで話した方が話がはえぇ」


 地を這うような声で刀丸はつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る