分かれ道
高く澄んだ空には一片の雲もなく、行き交う風は心地よく肌をなでる。
つい先ごろまで、鼻を突くように漂っていた木々の匂いもなりを潜め、今はしのび繰る秋の気配が、どことなく湿った空気に匂う。
山を降り、谷を越えてたどり着いた街へと向かう道は、確かに人の手によって作られた痕跡があり、今までの荒地が嘘のように、三人の足を人里へと導いてくれる。
弓彦は、ただ前を向いて歩く。
紫狼丸はその後ろを草笛を吹きながら歩く。
真安は二人の間に歩き、陽気に話し続ける。
こんなちぐはぐな旅が始まって三日。初めの頃こそは同情心からか、真安の調子にあわせていた紫狼丸だが、今ではとっくにその努力を放棄している。
そんな可愛い男ではなかったのである。この真安という男は。
天気の話から猥談まで、なんの関連性もなく、思いついたことをべらべらと話す。
かと思うとふいに話が真面目な方向へいったりする。しかし次の瞬間にはまた馬鹿話をはじめていたりする。
話に付き合い、からかわれまくった結果、紫狼丸は確信したのだった。
(けっきょく、俺は遊ばれてただけかっ?!)
弓彦は弓彦で全く話に加わろうとはせず、黙って先頭を歩きつづける。
どうやら刀丸の居所に心当たりがあるようだが、一言の説明もしてはくれなかった。真安もそのことを問いたださない。
お互いになにか分かっている様子の二人が、紫狼丸にはまた気に食わなかった。
ぶくっとふくれて草笛をふきだした紫狼丸を見て、弓彦は肩をすくめ、真安は腹を抱えて笑い出した。
それ以来、弓彦は黙して歩き、真安は勝手な話を続ける。おかしな道中が続いていたのだった。
「お……、分かれ道。別れ道」
何が嬉しいのか、手をかざして前方を見た真安が声を弾ませた。
今までただ単調に真っ直ぐ続いていた道が、二股に分かれている。
片方はそのまま平坦な道に続き、もう片方は山へと向かっていた。
「弓彦先生はどっちに進むのかな?」
分かれ道で立ち止まった弓彦の背に、からかいの調子を含んだ真安の声がかかる。
「山だ」
「ほう、山へ行かれるとな」
首だけをめぐらせて答える弓彦に、真安は大げさに腕を組み、眉をしかめた。
「それは残念。俺の行き先は街のほうなんだよなぁ」
「おいおい……」
「好きにすればいい」
口から草を吐き出し、真安の肩を掴んだ紫狼丸とは対照的に、弓彦は落ち着いて答えた。
「弓彦ぉ。お前なぁ、もう少し人付き合いってもんを考えろよ」
「おやおや、弓彦。今ほっとしなかったかな?」
にやにやと顔を近づける真安を、無言でにらみつける弓彦。
その刺すような視線に、軽く両手をあげて『降参』の姿勢をとると、真安は街へと続く道へ一歩踏みだした。
「おっかねぇ、おっかねぇ。なーんか、まだ俺に知られたくないことがあるみたいいだか、まぁ、その辺はおいおいな。
なに、ちっと街行ってからそっちに寄るからよ、どの辺に行くか教えろや」
「心配ない。こちらからそちらへ行く」
「おや、おやさしいお言葉」
「そちらから、お前の言う『お山』へ行く道があるのではないか」
「ご明察」
軽く片目を閉じてみせる真安に、おえ、と横を向いて紫狼丸が口を開いた。
「それじゃあ、久しぶりに街でのんびりさせてもらおうかな~。
そっちの『刀丸』探し、うまい手筈でいくといいな。信じてまってるぜ」
右手に持った錫を軽く上にあげて見せると、真安は街への道を歩き始めた。
「いいのかよ」
「かまわない」
頭の後ろで腕を組み口を尖らせる紫狼丸の前を抜け、弓彦は山への道を歩き出す。
「そもそも、刀丸を手に入れるのに真安は必要ではない。
俺が行けば済むことだ。無理に付き合わせる必要もない」
「そうかい……。しっかし何なだろうね、お前達は。
仲間の絆ってのはもうちっと強ぇもんだと俺は思ってたんだかなぁ。
大体、仲間一人死んだばかりだぜ。お前もあいつも平然とした顔しやがってよぉ。
あの冷血漢の羽蛇王でさえ、姉貴がひでぇめにあわされたって大激怒したってのによぉ。
人間ってな、群れて生活してる割りには仲間意識ねぇのな」
「……そう思うか?」
さくさくと下草を踏みながら歩く弓彦の前を後ろ向きで歩き、紫狼丸はねめつけるように下から弓彦を見上げながら言った。
「そうとしか見えねぇなぁ」
「だからお前は単純だというんだ」
「どういう意味だよ」
気の短い狼青年は手にもった槍の柄を、弓彦の顎下に差し入れた。
「どうといこともない」
平然を槍の柄を押しやると、弓彦はふっと笑みを口の端に浮かべた。
「俺はともかく、真安坊にはこの上ない衝撃だっただろうよ。
あの男、普段の調子からは想像もつかないが、元来寡黙な性質でな、何の目的もなく長話をするのは珍しい。
大方、口で言うほどには回復してなかろうよ」
「だから俺達と別の道を選んだ……?」
「それが一つの理由。もう一つは……」
立ち止まり、真安の言った先を見る弓彦。
そこにはすでに真安の姿は無い。
「……暗雲?」
弓彦の視線の先に目をやると、紫狼丸は鼻をひくつかせた。
「嫌な感じだ。あの下には必ず災いが」
「臭ぇな。匂うぜ、あいつの……矢彦とかいう奴の匂いに似ているぜ」
「矢彦の影響を受けた何かが、あそこにはある」
「おいおい、それじゃあ」
「真安坊の奴、あちらは任せろという意味らしい」
「あいつ一人で大丈夫なのかねぇ?」
眉を寄せ、ぺろりと乾いた唇を舌で湿らす紫狼丸に、弓彦は鼻を一つ鳴らして応えた。
「そのデカイ態度に見合ったことは、してもらうさ」
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