特異点でサヨナラ
一初ゆずこ
1.三月二十四日 正午
【三月二十四日 正午】
目の前に、死体が突然に現れた。
早咲きの桜の花びらが、真っ黒な雨合羽に落ちていく。うつ伏せに倒れているとかろうじて判る人体に積もり、くすんだピンク色の煉瓦タイルに零れ、朱に染まる。
うらぶれた車道沿いの建物は、美容院跡地なのだろう。鏡とシャンプー台が見える窓のそばで、咲き乱れる桜が舗道にまで拡げた枝葉の下に、その死体は不法投棄されたゴミ同然に転がっていた。
一目で死体だと断定したのは、その人物がぴくりとも動かなかったからだ。ビニールシートのように被さった雨合羽から覗いた手は白く、指先には包丁が落ちている。頭部も雨合羽で隠れていたが、体格から若い男だと想像できた。
しかも、自分と同じ――制服の黒いズボンを履いた、男子生徒。
「なんで……」
無人のダム建設予定地に侵入したのは、差出人不明の呼び出しに加えて、
舗道に倒れ伏す人間が、血染めの花びらに埋められていく。頭上で見え隠れする青葉は人間の舌のようにだらんと下がり、寧をグロテスクに手招きする。こんな非日常的な光景は、寧が何よりも忌み嫌うものに他ならなかった。
無音の対峙は、呆気なく終わり――雨合羽が、もぞりと動いた。
死体の口元が、露わになる。
青紫色の唇が、三日月の形に歪んだ。
「ひっ――」
寧はもう一歩後ずさり、つい無意識で何事かを口走った。ただの悲鳴なのか、意味のある言葉なのか、自分でもよく分からない。
ただ、その台詞を合図にすると、未来で決めていたかのように――黒い雨合羽の人間は、夢の終わりのように、舗道から跡形もなく消えてしまった。
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