第52話【レオン視点】

 どうもみなさんこんにちはレオンです。

 将来、才色兼備の美人に寄生するため、王都にやってきました。早速ピンチです。誰か助けてください。

「跡継ぎをたぶらかした男が来るいうさかい、時間を空けておいたのに期待外れやわぁ。話になりまへん。お引き取り願います」

 さて、ここでレオモンド商会代表、クルル・レオモンドとその娘、カティ・レオモンド、そして最後に俺の関係について簡単に補足しておこうと思う。

 まずはなんと言ってもカティと俺の関係。

 これは説明が早い。

 王都魔術大学校時代の同級生である。

 俺と違って彼女は魔術の才能に長けていた。

 カティには二つの道があった。レオモンド商会の跡継ぎ、すなわち商人と魔術師だ。

 魔術大学校は名のとおり、神秘を探究する学府である。

 魔術は誰でも発動できるわけじゃなく、まず先天性でふるいにかけられる。

 次に魔力容量、魔術特性、適性属性など、さらに網目が小さいそれにかけられることとなり、この業界でトップに君臨できる者はまさしく選ばれた存在となる。

 俺? 万年Eランクです。

 もうね、全然ダメ。魔力が体内に宿っていたから感謝こそすれど、ビックリするぐらい才能がなかった。

 にも拘らず、周囲は天才ばかりでバンバン魔術を放ってくるわけ。

「待って! 負けたから! 俺の負け!」ってんのに「あはは。レオンは本当に演技が上手いよね」とか笑ってんの。

 頭イカれてんじゃねえの? 嫌がっている男に火の弾をぶつけようと躍起になるとかマジでサイコパスじゃねえか。

 というわけで俺の場合は、ヤツらから逃げるための魔術がちっとばかし上手くなっただけ。

 だからこそ誘拐されたのは不覚だった。不意打ちは卑怯でしょうよ。

 とまあ、俺の情けない過去はおいといて、当時、カティ本人から聞いた話を総合すると、彼女には魔術の才能があった。

 商売分野を魔術方面にまで広げるつもりだったかどうかは分からないが、女性にも拘らず王都随一の商会に発展させてきたクルルさんのことだ。

 当然腐らせるには惜しい、と考えたことだろう。この時点で魔術大学校への入学は決まった。

 ただし、歯車が噛み合わなくなり始めたのは彼女を魔道具専科に放り入れたこと、そして他ならぬカティ自身がそれを当然だと思い込んでいたことである。

 根っからの商売気質ということだろう。

 魔道具の製造開発はまた異なった才能が必要な分野である。ただ魔術の才能があるから誰でも扱えるというわけじゃない。

 まして【天啓】を持つ俺からすればカティの進むべき道がそっちじゃないことも視えていた。

 結果が出ない、というよりあまり成績が宜しくないカティは次第に熱を失い始めていた。少なくとも魔道具の製造開発に興味関心を持っているようには見えない。嫌々――とまでいかないにしても固定観念などでやらなければならないと思っているものほど伸びないものはない。

 そこで、だ。以前、俺は盗聴に優れていることを述べたと思う。そう。衣ずれ、脱衣や嬌声を楽しむために血の滲むような努力で習得した魔術だ。

 この結果から考えてもいかに己のやる気が欲望や興味関心に色濃く結ぶついているかわかるってもんだ。パンツを脱ぐ音を聞きたいために両目から血を流したんだぜ、俺。逆に尊敬するよ。

 ごほん。閑話休題。

 盗聴にはほんの少しばかり腕に覚えがある俺はカティがレオモンド商会の令嬢であることを拾った。こうなると俺の性格を知っている諸君なら次の思考が読めたと思う。

 狙うは逆玉の輿である。

 レオモンド商会! あのレオモンド商会である! 仮にも王都の学生庁舎で暮らしていた。その名を知らない者はいない大商会である。しかも代表は女性。男尊女卑の風潮が未だ蔓延っている。つまり腕は間違いない。

 婿入りすれば一生安泰である。ちょうど俺には魔術の才能がないことを自覚し始めた頃の話である。

 下心ありありのありよりのありでカティに近づきました。反省はしています。ごめんなさい。後悔はしていません。ヒモになりたかったんだもの。

 というわけで気軽に話せるお兄さん風を吹かせながら、フランクな感じでカティと接触。

 確執――というほどではないが、商人として生きていく運命を背負っていること、それが本当に正しい選択なのか、このまま魔道具専科で学ぶべきなのか、商人として戻った際、自分はおそらく魔道具方面への進出を手がけることになるが、成功する未来が思い浮かばない、どうすればいいのかわからない、という相談を乗っているうちに……そのね。

 なんかいつの間にか本当に進みたい道を後押ししつつ、【天啓】を発動しちゃったわけで。

 そうなるとその……母娘の関係もギクシャクしちゃったというか。まあ、仲良しとは程遠くなってしまい。

 冒頭のクルルさん「跡継ぎをたぶらかした男」に繋がるというわけでして。

 娘の進路をどこの馬とも分からない男に勝手に変更されたあげく、娘を使って会いに来たと思ったら、顔合わせるや否やスライディング『土下座』

 しかも俺の開口一番は、「シオンを弟子にしてください」である。

 我ながらすごいことをしている自覚はある。しかし、悲しいかな、ヒモになると決めた男に怖いものはない。シオンの将来のため――んにゃ。俺のロリヒモ光源氏スパイラルのためなら、喜んで泥を浴びよう。厚顔無恥のレオンとは俺のことだ。

 とはいえ、ここで強気に出れるのが、俺の凄いところだ。なにせ【天啓】によりシオンの商売人としての成功はすでに約束されている。

 商売人は利益のためなら感情面を切り離して思考できる存在。気に食わない、認められない、なんか嫌――というような抽象的な感情に飲み込まれていては大成はありえない。

 どこの業界、どこの世界にも優秀な人材、部下は重宝される。それはもはや世界の規則ルールと表現してもいい。

 シオンがレオモンド商会にとって有益な存在であることさえ証明することができれば弟子入りも難しいことじゃない。

 もしかしたらシオンという宝を飲み込まれてしまうかもしれないがそこは彼女の意思を尊重したい。虎穴に入らずんば虎子を得んともいう。仮にレオモンド商会を引き継ぐことになればそれはそれですごいことである。院長と孤児という関係があれば融通も効くだろう。うん、悪くない。やはりこの商会にシオンを売り込むのはどう考えたってプラスにしか働かない。

 どうして俺には頭があるか。簡単だ。下げるためにある。俺の頭は下げるためだけに存在すると言っても過言じゃない。同情するなら金とエロと尊厳をくれよ。

「お断りどす」

「――正攻法は難しいと。では失礼して」

 と交渉のテーブルにつく俺。座っていいとも許可もないまま、クルルさんの正面に腰を落とす。テーブルを挟んで対峙したそれはこれから交渉が始めることを示唆している。

「……いい加減にしなはれ。とち狂った相手に時間を割けるほどうちも暇やあらへんのどす。お引き取り願えないんやったら出るところ出ますよって」

 怖え! めっさ怖え! あまりの目ジカラに玉が縮むぜ。しかしこっちも千載一遇だ。チャンスというのはそう何度も起こるものじゃない。ビビって萎縮している間に別の人間が豪運を掴み取る世界。

 ヒモになりたいという強い欲望が俺を王都随一の商会代表に交渉を持ちかけるという凶行に走らせているのだろう。

「もしここでシオンを追い返せばレオモンド商会の機会損失はざっと――これほどになります。まずは私の話だけでも聞いていただけないでしょうか」

 そう言って取り出すはクウが錬成した石鹸である。

「……へえ。うち相手に交渉どすか」

 と口の端が若干だが釣り上がったのを俺は見逃さない。石鹸など、神セブンという天才幼女たちを持つ俺にとってただの話のタネにすぎない。

 ふへはははははははは! 俺の最強幼女たちの凄さを思い知るが良いわ!!!!!!!

 俺自身には何の価値もないがな! くそが!

 俺は神セブンという幼女を武器に――いわゆる虎の威を借る狐状態で――足を組む。

 むろんこのときの俺は知らない。

 後にシオンの自叙伝に王都ナンバー2となるレオモンド商会代表に堂々と交渉を持ちかける大賢者の交渉術が語られることを。

 そしてそれが、伝説の交渉として後世に継がれていくことも。

 

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