第8話【第三者視点】
時は進んで王室会議室。
「……ス……リス……エリス!」
「ふぇっ⁉︎」
「ふぇっ、じゃありませんわ……まったく。わたくしがどうして多忙を極める神セブンを招集したと思っているんですの? 集中してくださいまし」
王女レティファが聖女エリスに注意する。
孤児院を巣立つ深夜、大賢者レオンに抱きしめられた記憶を噛み締めるように思い出していたエリスの頬は紅潮し、息も温かい。
それは誰がどう見ても恋煩いであった。
「性女だし、レオンのことでも考えてたんじゃない?」
とは剣聖レベッカ。王国最強の騎士団【円卓の騎士】を最年少で入団、騎士団を束ねる『アーサ王』を瞬く間に拝命し、正真正銘王国一の剣士である。
「いっ、いい、いかがわしいことなんて考えてません! 言いがかりはやめてくださいレベッカさん!」
「……わたし、いかがわしいなんて一言も言ってないんだけど。そんな言葉が出てくるなんて、まさか本当にそういうこと妄想してたの?」
「違います!」
レベッカの追及に顔を真っ赤にさせて否定するエリス。図星であった。
ちなみにレオンがエリスに抱きついた夜、男女の仲に発展する――ということはなく。
童貞は乳房の感触に意識を失っていた。
彼の表情は幸せそうなものだったという。
結局、エリスはレオンを介抱し、寝室で休んでもらうことにした。
死んだように深い眠りにつくレオン。
そんな彼を激務からくる疲労と勘違いしたエリスたちは気を遣って別れの日に起こさずに孤児院を巣立っていた。
目が覚めたレオンは紅色に染まった空を眺めながら、挨拶を交わすことなく王都に旅立っていた現実に大泣きしたのは――また別の話である。
「レベッカ。レオン様を呼び捨てにするのはやめてくださいませ」
「んー? それは王女様のお願いでも聞けないかな。レオンを呼び捨てにできるのは私だけの特権だし」
勝気な笑みを浮かべるレベッカ。
呼び捨て。私だけ。特権。
レベッカは決して煽っているわけではなかった。
しかし、父であり、師であり、兄であり、そして一人の男性として惚れている彼女たちが特別視に過剰反応を示すのに時間はかからなかった。
「お父さんをお父さんと呼べるのはクウだけなの。レベッカだけじゃないの」
創造の錬金術師クウ。ドワーフの彼女は低身長ながらも半身に迫るほどの大きな狐耳をピクピクさせていた。
ドワーフといえばむさ苦しい男の精霊が真っ先に思い浮かぶがクウの狐耳と尻尾は先祖返りによるものであった。
「クウだけがお父さんに『もふもふ』をしてあげられるの。お父さんのために建てた屋敷も喜んで使ってくれているの。特権なの」
火と土属性の扱いに長けているクウは孤児院を巣立つ前、レオン専用の屋敷を錬金術で建設している。
他人の才能で衣食住を賄ってもらうことが大好物のレオンはありがたく屋敷を頂戴し、大事に使っていた。
大商人のシオンはそんなクウの頭を優しく撫でながら招集された真意へと迫ることにした。
「それで? まさか私たちを呼び出したのは誰がレオンちゃんに愛されているか、白黒つけるためなんて言わないわよね?」
黒曜石のような艶を放ち、絹のような黒髪を手で払うシオン。
髪を払う。
そんな単純な仕草にも関わらず差し出されていた紅茶をひっくり返してしまった彼女は、
「ああっ! 紅茶が――あっちゅっ!」
急いで対処しようとしたシオンはこぼしてしまった紅茶を拭き取ろうとして、熱いそれに触れてしまう。
ポンコツ系美人お姉さん。様式美のような存在がそこにいた。
「落ち着いてくださいませシオン」
「落ち着いているわ――あっちゅ!」
「……はぁ。みなさんに集まっていただいたのは他でもありません。レオン様のことですわ。またしても褒賞を辞退されたのはご存知ですわよね?」
まるで熱々の鉄板焼きを素手で掴むチャレンジを続けるシオンを横目にレティファが本題に入る。
「これで勲章と合わせて百二十七個め。本来であればすでに国王となっていてもなんら不思議ではない実績。それをあの方は『すごいのは自慢の教え子たちで私はなにもしていないから』と……私たちを立てるばかり。誇っていただけることは嬉しいのですが、もう少し王たる器を持っていることを自覚して欲しいと思いませんこと?」
現実を言えばレオンは決して無欲の聖人などではない。
むしろ隙あらば美少女・美人に成長した教え子たちにセクハラしようとし、彼女たちが才能と引き換えに得た大金で生活しようなどと画策するクズ――ロクデなし寄生野郎である。
彼が新聞で弟子たちの手柄に大喜びするのは成功すればする分だけ寄付される金額が大きくなると考えているからだ。
もちろん自分の娘たちが第一線で活躍している事実を誇り、嬉しくなっていることも事実ではあるのだが。
「褒賞の辞退って……なにを今さら。レオンはそういう男じゃない」
まるで彼のことは私が誰よりも知っていると言わんばかりに胸を張るレベッカ。豊かな胸が強調されていた。どこか誇らしげだ。
その言動に思うところがありそうなレティファだったが、そこを掘り下げていてはいつまでたっても会議が始まらない。きっとそう考えたのだろう。
「……このままではレオン様は生涯を平民のまま終えることになりますのよ? みなさんは本当にそれでいいんですの? いいえ、たとえ神セブンが許しても私が許しませんわ」
「ですが、他ならぬレオンさんがそれを望んでいるんじゃないですか?」
と今や大ベストセラー作家のスピア。属性は後輩、小悪魔、天然。
その思わせぶりな猫撫で声や上目遣いはまさしく魔性。それを天然でやってのけてしまう。神セブンも恋のライバルとして最も警戒されている女の子である。
「たしかにレオン様に意見することなど愚かの一言。ですが――このままでは決して看過できない問題がありましてよ。それはみなさまとて同じことですわ」
「どういうことよ」
と確認するレベッカにレティファはためを作る。話術、人身掌握は王女である彼女の才覚である。
対象ごとに望む言葉を巧みに操り、権謀術数に長けた彼女は確実に聞き耳を持たす言葉を口にした。
「平民では妾を囲うことはできません」
「「「「「「⁉︎」」」」」」」
レティファの声はこの場にいる才女全員の胸の奥に刻まれる。
「つまりこのままではレオン様の子を孕むことができるのはこの場にいる――いえ、彼の弟子たちから一人だけとなりますわ。『剣聖』『王女』『大商人』『錬金術師』『大魔導士』『ベストセラー作家』……私たちが争えば血で血を洗う――王都が炎で包まれることでしょう。みなさんもたった一人の女を手に入れるために滅んだ国があることはご存知ですわよね? 対象が男性ではありますが、人間は過ちを繰り返す生き物ですわ。そうならないと誰が断言できまして?」
「「「「「「続けて」」」」」」
「レオン様の子を孕みたいですか?」
「「「「「「はい」」」」」」
人身掌握に長けているレティファの言葉はまさしく悪魔の囁き。一種の洗脳、言葉だけで天才たちをトランス状態にしてしまう。
「もちろんわたくしたちも女ですから独占欲はありますわ。しかし、レオン様の寵愛を自分だけが受けることなど赦されるものではありませんわ。それはこの場にいる全員の総意。私たちは同じ屋根の下で過ごし、家族となりましわよね? そんな大切な人たちを殺めてまでレオン様を独り占めすることは悲しいこと。他ならぬ彼も望んでいないことですわ」
生唾を飲み込む音が会議室に響き渡る。
「ですがご安心ください。もしもみなさんがわたくしに協力してくださるのでしたら、全員が幸せになる方法がございましてよ」
「勿体ぶらずに早く言うのレティファ。クウもお父さんの子を生みたいの」
「この国では爵位――公・候・伯・子・男と位が高くなるにつれて娶ることができる人数が多くなりますわ。もしレオン様に好意を寄せる弟子たち全員が恋を実らせるためには国王になっていただくしかありませんの。わたくしがやるべきことは――もうおわかりですわね?」
「「「「「「強制成り上がり」」」」」」
「たとえレオン様に失望されようとも、罵られようとも。これは女の戰ですわ。女に生まれた以上、私たちにだって譲れないものがありますわ。そうですわよねみなさん」
すでにこのとき神セブンはレオンそっくりの子どもたちに囲まれた妄想を完了している。
それは女として生まれ、考えれる幸せの中で最高であった。
かくして。
絶対に想い人の子を孕みたい神セブンたちによる強制成り上がり作戦が始動するとともに絶対に働きたくないマン、レオンによる爵位の断固拒否合戦の幕が切って落とされた瞬間である。
☆
一方その頃。
「うめええええええええええええっ! 美少女たちの寄付で食べる焼肉最高! ビバ平民! ビバロリヒモ光源氏計画! うひょおおおおおおおおおおおおっ、うんめぇぇぇぇ!」
レオンは神セブンから寄せられる寄付でお肉を堪能していた。
これから待ち受ける壮大な復讐(勘違い)が待ち受けているとも知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます