第28話 夏休みの約束
「ねえ、なずな、ほんとに理科部で図書室のこと調べていたの、知らなかったの?」
帰り道、わたしの代わりに、すずしろのゲージを持ってくれているリサちゃんが聞いた。わたしのうでのなかにはすずしろがいる。
「うん……」
わたしはあいまいに答えるしかない。裏理科部のことは言えない。
「でも、ああやって、実験をして説明されると納得しちゃうね」とリサちゃん。
「うん。冷気だまりとか、科学的な理屈がわかるとみんなすごく安心した顔していた。やっぱり、目に見えない不思議とか自分の常識の理解を超えるものって受け入れられないのかな? 物の怪とかユウレイとか怖いのかな? 怖いから噂話にしてどんどん広げていくのかな?」
こんなにもかわいいのに……。
わたしが知る物の怪たちは、異形だけど、お菓子が好きで子どもっぽくってかわいい。そりゃ、我を忘れて襲ってくることはあるけど、本質は違う。なのに、物の怪というだけで、怖がれてしまうのはなんだかさびしい。
わたしは腕の中にいるすずしろの頭を撫でた。すずしろが、目を閉じて気持ちよさそうにしている。
「まあね。物の怪って聞いただけで怖いのかもね。だから、物の怪のせいじゃないって言われると、安心するのかも。
そういえば、今日の放送は、物の怪の存在を完全否定したような説明だったね。安倍くんの呪術やすずしろのことを知っているから、リサには、物の怪がやったことを隠すためにわざと科学的な理由をこじつけたように感じたけど」
リサちゃん、鋭い!
わたしはなんと言えばいいかわからず、困った顔をしたんだと思う。リサちゃんが気を利かせて話題を変えてくれた。
「そうだ。今日朝礼で一躍ヒーローになった、2年の芦屋くんって?」
「芦屋センパイは、2年生だけど、副部長をしているすごい人なの。でも、とても気さくで面倒見がよくって、俺についてこいってタイプのセンパイ。ちょっと眉が太いけど、イケメン」
リサちゃんは立ち止まってしばらく考えていたけれど、思い出したようにポンと手を叩いた。
「あ! あの人ね。でも、……リサ、ちょっと苦手かも」
「そう? すっごく優しいし、頭もいいって言う話よ。わたしはいいセンパイだと思うな」
「うーん。そうなんだけどね……」
イケメン好きのリサちゃんにしては歯切れ悪く答える。そして、足元を見ながら歩き出した。わたしも、リサちゃんの隣を歩く。
「あのセンパイ、……完璧すぎるのよね。だからかな」
「そういうものなの?」
「なんかね、隙がない感じがするじゃない? それにね、朝礼の時、わざわざ、校内放送で名前呼ばれたりしたじゃん? すっごく、自己アピールする人なのかなって……」
「そう? たまたまじゃない?」
「リサは、逆に何かあるんじゃないかなーって思っちゃったよ」
ブブーと車のクラクションがなる。わたしたちの隣を軽自動車が通り過ぎる。ぼわっと砂埃が立つ。ケホケホとリサちゃんは咳をすると、空のゲージを持ち上げて伸びをする。
「やっぱり、リサは柳井センパイ推しかな。柳井センパイって、すごく体力がないんだよ。この前の夜も理科室から図書室まで走ったら、途中で息切れして何度も立ち止まっちゃうの。それなのに、あいつらを助けなきゃって必死になって前に進もうとしていて、途中からセンパイを背負って走りたかったわぁ」
リサちゃんなら、センパイを背負って走りかねない。
体力は人一倍あるものなぁ。今年のシャトルランで、男子よりもずっといい成績を残していたし……。
「なずなも柳井センパイのすばらしさをもっと理解してほしいとつくづく思うよ」
相変わらず、リサちゃんは柳井センパイ推しなんだ。ぶれないリサちゃんってすごい。
「それにさ、柳井センパイって、すごくお茶目で優しいんだよ。傷ついているムジナのテンの手当てをして、『いたいのいたいのとんでけ』っておまじないをかけてさ……。そうだ。テン、元気になった?」
「うん。この前、来たときは元気そうだったよ?」
「え? なずなんちに来たの? いいなぁ」
リサちゃんが立ち止まり、わたしの顔をのぞく。その目はわくわくを隠し切れてない。リサちゃんって、物の怪が怖くない人なんだ。図書室の時だって、逃げ出さないで立ち向かったことを思い出す。リサちゃんが友達でよかったとつくづく思う。
「うん。ぬらりひょんのぬ~べ~と鳴釜のりんりんも一緒にね」
「へぇ……。鳴釜って、あのお釜をなくしたっていう物の怪?」
「そう。この前、リサちゃんが見つけてくれたお釜は、探していたお釜だったよ」
わたしは、この前のりんりんにしてもらった鳴釜占いのことを話す。
「わぁ、いいなぁ。鳴釜占い、リサもやりたい! やりたい!!」
「じゃあ、夏休みはおばあちゃんの工房においでよ」
「うん! 約束ね!」とリサちゃんが嬉しそうに笑った。
見上げると、空には雲一つない青空。わたしも大きく息を吸ってりさちゃんに笑いかけた。
「夏休み、いっぱい遊ぼうね!」
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