席も離れているし、話す話題もない。何より彼は友達が多いから、いつも誰かと一緒にいる。
だから、わたしがこうして彼と一緒にいられるのは、委員の日だけ。当番の時だけだ。
それでも、いつもはかおりちゃんがいる。今日みたいに二人きりになることは、まずない。
だからか……わたしは心のどこかで、かおりちゃんの欠席が今日であることを喜んでいた。
かおりちゃんが、熱で苦しんでいるかもしれないっていうのに、こんなことを思うなんて。わたしって、嫌な子だな……。
「佐藤は、優しいな」
「え?」
「だって、山本の心配してるんだろ?」
「っ……」
違う――わたしは、素直にそう言えなかった。
だって本当のことを言ったら、嫌なやつだって思われる。
吉田くんに嫌われる。かおりちゃんにも嫌われる。
本当のわたしは、優しい子なんかじゃない。
臆病で嘘吐きな、悪い子だ――
「あ、五時間目始まる。急ぐぞ」
「う、うん……」
二人で階段を駆け上がる。
教室に入ったのは、チャイムが鳴り終わる頃だった。
◆◆◆
「かおりちゃん……その足……」
翌日、かおりちゃんは学校に来た。
昨日の欠席の原因が風邪でないことは、一目でわかった。
左足首に巻かれた包帯――そんな友達の姿を見たわたしは、昨日の自分へ対しての嫌悪感を、更に募らせることになった。
「家の階段で、足を踏み外しちゃってさ……」
あはは……と苦笑するかおりちゃん。言葉を失っているわたしを見た彼女の声音が、途端に明るくなる。
「骨折とかはしてないんだ。ちょっと、捻っちゃっただけ。歩けるから、心配しないで」
心配しないで……か。かおりちゃんは、優しい。
わたしが今考えていたことが心配じゃないって知ったら、どう思うのだろう?
「かおりちゃん、あんまり動かさない方が良いよね。何かわたしにできることがあったら、いつでも言ってね」
「苺樺……うん、ありがとう。優しい苺樺、大好き!」
ずきりと胸に刺さるものがある。屈託なく笑う、まっすぐなかおりちゃんが眩しくて、わたしは作り笑いを浮かべている自分が、嫌になった。
わたしは、優しくない。自分を守ろうとしているだけ。優しい自分を演じて、いい子であろうとしているだけだ。
だってそうじゃないと、何の取り柄もないわたしと一緒にいてくれるひとなんて、いない。わたしは、学校で孤独になってしまう。
そんなの嫌だ。嫌われたくない。
だけど、そんなわたしを、わたしは好きになれないでいた。
「うっわ、山本。どうしたよ、それ」
「木村くん……」
ふいに現れたのは、クラスメイトの木村くんだった。
彼は誰とでも分け隔てなく接する、明るい人だ。
「木村うるさい。しっしっ」
かおりちゃんが木村くんに、あっちへ行けとジェスチャーをする。
対する木村くんは、それを無視してかおりちゃんへと近付いた。
「何これ。骨折? 蹴ったら泣く?」
「そんなことしたら、あんたの骨を折ってやるんだから」
「こええ……冗談だっつーのに。こいつ、マジでやりそー」
やっと離れた木村くんに、ふんと腕を組み、斜に構えるかおりちゃん。
この二人は通っていた保育園が同じで、お母さん同士が友達という、幼なじみだ。
しかも、この六年間クラスが一緒の腐れ縁だと、かおりちゃんは言っていた。
わたしは五年生からの付き合いだけど、二人のやりとりはずっと変わらない。
互いのことをよく知っているひとがいるって、わたしには羨ましいな。
だって、飾らなくてもこうやって仲良くいられるんだもん。
「わかったら、さっさとあっち行く」
再び、ジェスチャーを繰り返すかおりちゃん。
木村くんは唇を尖らせつつも、離れていった。
「ったく、あいつは……相手するのも疲れるわ」
「きっと、かおりちゃんのことが心配で、声を掛けてくれたんだよ」
「木村が? ないない。あ、そういえばあいつ、昨日の委員当番、ちゃんとやってた?」
「え……えっと……」
わたしが目を逸らして言葉に窮していると、かおりちゃんは盛大に溜息を吐いた。
「だよね……あいつが真面目にやるとは思ってなかった。さっき、ちゃんと言っとくんだった」
やれやれと首を振る友達に、わたしは苦笑を浮かべる。
「ごめんね、苺樺。吉田は手伝ってくれた? まさか、一人でこなしたとか、言わないよね?」
「うん。吉田くんが一緒にやってくれたから、大丈夫だったよ」
「そっか。でも、少しの間は迷惑かけちゃうと思う。ごめんね」
言いながら、自身の足首へと視線を向けるかおりちゃん。
怪我で痛いのは、かおりちゃんの方なのに……本当にかおりちゃんは、優しいな。
「毎日のことじゃないし、気にしないで。花壇の植え替えも終わっているから、今のところは大変なこともないし、大丈夫だよ」
「苺樺……うん、ありがとう。その代わり、木村の見張りは任せて」
ニッと笑いながら、ぐっと拳を作るかおりちゃん。
何だかおかしくて、わたしは笑った。
「ふふ、わかった。――あ」
「何、どうしたの?」
「えっと……その足じゃ、運動会……」
わたしは、それ以上を告げられなかった。わたしと違って、今週末の行事を楽しみにしていたかおりちゃん。
走るのが速くて、選手に選ばれていたのに……。
「最後の運動会に出られないのは残念だけど、めいっぱい応援するから」
「かおりちゃん……」
「でも、代わりに誰かに出てもらわないとだね。リレーと、徒競走と、二人三脚」
「他の競技との順番もあるから、出られるひとも限られるんじゃないかな?」
「そういえば、決める時に先生がそんなことを言ってたね……後で先生に聞いてみるよ」
この時のわたしは、呑気に構えていた。まさか、わたしが矢面に立つことになるなんて、想像すらしていなかった。
「え? 二人三脚に?」
その驚きは、昼休みに起こった。
教室でかおりちゃんといる時に、先生から声を掛けられたのだ。
そうして、彼女の代理で二人三脚への出場を提案された。
「佐藤さんは、玉入れと綱引きの二つだけだし、どちらも午前で終わる。午後からの二人三脚には、慌てなくても準備できるし。どうかな?」
「……」
「苺樺、無理しなくて良いんだよ? 嫌だったら――」
「う、ううん。大丈夫だよ、かおりちゃん。ありがとう」
「苺樺……」
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