第57話 薬師と神獣と鬼人(2)

「それで、アンド……ニコルには会えたかの?」

うっかりニコルの本名を口に出しかけたローグだが、何事もなかったかのようにニコニコとリリスに問いかけた。


「うんッ! 無事に作って貰えたよ!」

「そうか、そうか。それでは、明日から魔法薬作りを再開するとするかの」

「はいッ! 師匠、よろしくお願いします!」

やる気満々のリリスの返事を聞いて、ローグはゼンの方へ振り向き、ニヤリと笑った。


「お主の探しておった薬師は、このリリスじゃ」

「……はァ!?」

「「……?」」


 なんでも禪は、以前レイが詫びとして渡したリリスの薬を探していたらしい。見かけた時でいいと言ったように思うが、探してまで購入してくれようとするとは、なんとも律儀なことである。


「私の薬を気に入ってくれたんですか!」


 ぱぁっと花開くように笑顔になったリリスに詰め寄られ、至近距離からそのキラキラの上目遣いをくらった禪は、「うっ」とうめき声をあげて背をのけ反らせた。何度も言うが、リリスは見た目だけは美少女なのだ。見た目だけは。


「あ、でも私、まだ見習いで魔法薬作りはこれからなんです。Sランクだったら、魔法薬も必要ですよね?」

「え、あ、ま、まァな。今、一仕事終えたばかりで暇なンだよなァ。ちょっとくらい待たされたって、かまわないぜェ~」


 なんだかその取ってつけたような軽薄な喋り方も今更な気がするが、レイは賢明にも沈黙を守った。リリスはこのまま押していけばいいと思う。結構すぐに落とせそうだ。それでいいのかSランク、と思わないでもないが。


「ありがとうございます! 私、頑張って作りますね!」


 禪にとびきりの笑顔をお見舞した後、リリスとローグは魔法薬作りについて盛り上がり始めた。魔法薬作りは明日から始めるようだし、今日はこのまま酒盛りに突入するだろう。レイは手早く周辺に洗浄をかけると、机の上に食事と酒を置いていく。主にクワァトで購入してきたものだ。


「お、海のモンじゃねぇか~。クワァトのか?」

「あぁ。あ、これをそっちに置いてくれ」


 いささか動揺を隠しきれていない禪が、レイに話しかけてきた。面倒だが、リリスにロックオンされた禪が少しだけ可哀そうでもあるので、相手をしてやることにする。今、レイの太ももの上には神獣が座っているので、両手を使っていると立ち上がれないのだ。Sランクだが、遠慮なく手伝ってもらおう。


「……ところでよォ、そのローブの下に何を隠してやがるンだァ」


 こうなればもう隠していないようなものだが、さすがにローブを着たまま食事をするのは嫌だったので、レイは大人しくローブを脱いだ。それを察知した神獣は、素早くレイの服にしがみつく。


「「…………」」

ローブを開くと、禪とローグの視線がレイの懐に注がれる。もちろん、そこに鎮座するのは白くて尊きモフモフだ。鎮座とはいうものの、レイにしっかりガッチリしがみついているが。


「……そりゃァ、何だァ?」

「どうみても神獣だが?」

「は? いや、そういう事じゃねェ! 何でそンなモン、くっつけて普通に歩いてンだ!」

「これはこれは、珍しいものを見たの。長生きするもんじゃ」


 禪はいきり立っている。仕方がないので、レイはこのようになったいきさつを二人に説明した。リリスはその間もずっと、気まずげに視線を彷徨わせている。


 話を終える頃には、禪はリリスを恐ろしいものを見るような目で見ていた。リリスの恋は、ここに来て前途多難かもしれない。


「それで、これをどうすればいいだろうか?」

レイは、色々と経験と知識のありそうな禪とローグに尋ねた。


「どうすればいいって、何ンのことだァ?」

「このままでは、剣を振れなくて困っている」

「爺さんに預ければいいンじゃねェ?」


 レイは、「絶対離れない」とばかりに腕と足でガッチリしがみついている神獣を引き剥がそうとしてみたが、自分の服が伸びるばかりである。


「見ての通りなのだが」

「なるほどのう。これ以上手荒なことは出来んの~」


 禪は難しい顔で考え込んでいる。さすがのSランクでも頭を悩ませる問題のようだ。


「……神獣に懐かれるって、ありえンのか?」

「さぁのう。聞いたことないの」

「これがバレたら、貴族の館か城に監禁されるんじゃねェ?」

「「…………」」


 あーだこーだと知恵を出し合ったが、良い解決策が見つからずどうしようかと思っていたところで、なんと神獣自ら解決策を提示した。提示したといっても、自ら話をした訳ではない。


 誰もが困って沈黙していた所、それが自分のせいだと悟った神獣が、おもむろにレイのアイテムバッグを開いて、飛び込んだのだ。

 アイテムバッグには通常生き物を入れることはできない。レイは慌てて鞄に手を突っ込んだが、その手に触れるものはなかった。そのことに焦って鞄に向かって呼びかけると、「何?」と言わんばかりにピョコリと神獣が顔を出す。一同は安堵の息を吐いた。


 一連の行動を見ていた禪が言うには、アイテムバッグの入り口をゲートとして使っているだけで、恐らく実際にアイテムバッグの中に入っている訳ではないようだ。


「さすが神獣様ってかァ~」


 そんなことが出来るなら早くそうして欲しかった、と思わなくはないが、ひとまず問題は解決した。


 それからは、クワァトでの出来事を報告したり、禪から他の町の様子を聞いたり、酔っぱらったリリスが禪に迫ったりと、賑やかな夜が更けていった。

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