第19話 ドワーフの薬屋(1)
「ふぃ~~、生き返る~」
二人は現在、リケ村に入ってすぐのベンチに座って、ラプームで購入した果実水を飲んでいる。ラプームの果実水は瓶の装飾が凝っており、その味の果物の絵が刻印されている。お洒落で可愛い。わざわざこれを買いにくる観光客もいるらしい。新鮮な果物を使っているので、味ももちろん一級だ。
ラプームを出た後もリリスは森に突っ込んでいったのだが、徐々に蛇や蜘蛛などの敵が多くなり、毒持ちもいて
そしてつい先ほどこのリケ村に到着し、休憩しているところだ。この年季の入った木製のベンチは、大きな木の木陰に設置されており、風が吹くと少し火照った体に心地よい。時刻は昼下がり、そろそろリリスの腹の虫が騒ぎ始めている。
「お腹すいたね~」
「あぁ、ひとまず昼食にするか」
「さんせ~い!」
リリスが勢いよく立ち上がると、年季の入ったベンチが悲鳴をあげた。
リケ村は、他と比べても素朴な印象の村である。商店よりも民家が多く、お年寄りが木陰で休憩をしたり、奥様方が井戸端で談笑をしていたり、子どもたちの笑い声が聞こえてきたりする。
(穏やかでいい村だ)
畑で作業をしている夫婦を横目に、二人は定食屋に向かった。
「おや、レイさんじゃないか」
村に一軒しかない定食屋に入り、リリスと二人席に座ってフードを下すと、定食屋の女将に声をかけられた。レイはリリスを紹介し、定食を注文する。この店の昼のメニューは、「本日の定食」一択なのだ。迷わなくていい。
「あと追加で、晩の食事を三人分包んでもらえるだろうか」
「はいよ、またローグさんのところかい? 三人ね、問題ないよ。晩だけでいいのかい?」
女将は二人分の注文を奥にいる夫に伝えると、こちらに振り向いた。
「あぁ、とりあえずそれで。明日以降にまた頼むかもしれないが、構わないだろうか」
「はいよ、量が多いときは先に言っておいてくれると助かるよ。前も言ったかもしれないが、うちの村じゃ、材料にそんなに余裕を持たせてないからねぇ」
「心得ている。長くなるようであれば、食材も狩ってくる」
「そりゃ有難いね」
そう言って、女将は二人の前に本日の定食を並べた。メニューがないので、提供は早い。本日の定食は、豚を油で揚げたものとサラダ、パン、スープである。サクサクの豚が美味しい。これはきっと、魔獣だろう。
「ん~! 美味しいです!女将!」
「本当に美味しそうに食べる子だね。ありがとうよ」
嬉しそうに食事するリリスに、女将はニコニコ顔で返した。近くに座っていた、年配の客も微笑ましそうにリリスを見ている。
二人がのんびり食事を終えるころには、頼んでおいた食事も用意されていた。リリスも払おうとしたが、レイが全額支払い、店を後にする。
「レイ、本当にいいの? 自分の分は払うよ?」
「この間、茶菓を払ってくれただろう。これは、今日の土産だから気にしなくていい」
レイは、手に持った今晩の食事をアイテムボックスに収納しながら、リリスに応じた。
実は、ラプームで縁のなかった喫茶店であるが、リリスは出立の日の朝にレイを引きずって連れていき、おすすめのパフェセットをご馳走していた。パンケーキとジャムが瓶の底に層になるように敷きこまれたガラスの容器には、目を楽しませる色とりどりの果物がふんだんに詰め込まれた、贅沢な一品であった。お茶も美味しかった。ここの定食よりも断然、値段が張るものだ。前日に灰熊を狩ったとはいえ、レイはリリスのお財布がより一層心配になっていた。
二人はリケ村を一度出て、北東に進む。村からそう離れていない森の近くに、その店はあった。
「くすり……や?」
「あぁ、ドワーフの薬屋だ」
リリスは、玄関に立て置かれている年季の入った木の看板を読んで、首を傾げる。文字がかすれて、随分読みとり辛くなっている。レイは、閉じられている扉に手をかけた。扉も手入れをしていないのか、ギシギシと嫌な音を立てながら開く。
「爺さん、いるか」
「……、返事ないね」
レイは再度声をかけてみたが、返事はない。仕方なく、扉を閉めてリリスを見下ろした。
「これは、裏だな」
よくわからないという顔をするリリスを連れて、レイは家の裏口へと回る。そちらも鍵はかかっていなかった。不用心な。
裏口から堂々と侵入したレイに対して、リリスはおどおどしながらついてくる。
その老人は、裏口から入ってすぐの部屋の床に転がっていた。
(……小さいおじいさん? あ、ドワーフだ)
リリスは、その人物を視界に収めて目を見開いた。
「おい、爺さん。起きろ」
「……ん? ……んむぅ」
レイがその人物の両肩を軽く揺すると、呻き声をあげながら起き上がった。
「大丈夫か。酒を飲みすぎじゃないか? ほら、水」
「……ん?なんじゃあ? あぁ、レイか。すまんの……」
レイは、アイテムバッグから取り出した透明な液体の入った瓶を、その目のきちんと開いていない寝ぼけた様子の老人の前に出して、しっかりと握らせた。老人は寝ぼけたまま栓を抜いて、中身を一気にあおる。
「って、こりゃ、聖水じゃないか!」
老人は、辛うじて噴出さなかったもの、軽く
「二日酔いには、聖水が一番効くだろう」
「誰にそんなこと聞いたんじゃ! 罰当たりな!」
聖水は、微量の浄化と癒しの力を持つので、レイの言い分も間違ってはいない。二日酔いには、確かに効果がある。が、普通の人は二日酔いの薬として使うことはほとんどない。有難い水なのだ。現に、たいていの聖水は、汲んできた清らかな水を祭壇に並べて、聖職者たちの長い祈祷を捧げることで、神からの慈悲を得て作られる。なので、この場合はこの老人の考え方が一般的なのだ。
「店で相席になったオヤジが言っていたぞ」
「……頭が痛いわい」
「もう一本いくか?」
老人は、そういう意味じゃない、と呟きながら顔をあげて、ようやくレイの後ろにいるリリスに気が付いた。
「人を連れてくるとは、珍しいの」
「リリスだ。調薬を教えてやって欲しい」
「えっ」
「唐突じゃの。嬢ちゃんにちゃんと説明したのか?」
尋ねる老人にリリスを紹介すると、リリスから驚きの声があがった。老人が呆れた目でレイを見る。そういえば、ちゃんと説明していなかった。レイは、リリスに向き直った。
「リリス、こちらの爺さんはローグという。以前私も教わったことのある薬師だ。腕は保証する。リリスも知っていると思うが、調薬には魔法薬など魔力を使うものがある。それを学ぶことで、魔力の扱いのコツを掴む助けになるかもしれないと思うのだが、どうだろうか」
「いきなりでびっくりしたけど、そういうことならローグさん、是非お願いします!」
レイはリリスにローグの紹介をし、なぜリリスをここに連れてきたのかの理由を説明した。レイは、魔法を上手く使えないリリスが、魔法薬作りを通して何かきっかけを掴むことが出来ればいいと考えていた。
何も知らずに連れてこられたリリスだが、レイの説明を受けて、すぐさまやる気を出した。この長年の悩みをどうにか出来るなら、なんでもやってみたいのだ。
次いで、レイはローグにリリスの事情を説明した。
「……なるほどのう。しかし、お主が教えたら済むんじゃないか?」
レイは、ローグのジト目を無視して、無言でラプームで買った火酒と数本の酒瓶を机に並べた。酒瓶を並べる度に、ローグの目は輝いている。
「酒はまだある。リリスを預けている間は、調剤の材料と食料を調達してこよう。」
「……お前さん、自分で教えるのが面倒なだけじゃろ」
「……爺さんの方が、教えるのが上手い」
レイは、ローグから目をそらしながら答えた。つまり、図星であった。
確かに一時期、必要に駆られてこの老人に師事したが、自分の本分は薬師ではない。必要だから作っているだけで、出来るならば、自分で調薬したくないのだ。
当時、拠点としていた町の薬屋の売り子に、媚薬を盛られそうになった。買った飲み薬のいくつかに、惚れ薬という名の媚薬が混入していることに気付いた時には、ゾッとしたものだ。顔色が悪いから、今すぐ飲んで欲しいと
(……そんなこともあったな。だが、リリスが作れるようになったら、今度からリリスに作ってもらおう)
レイは、そういった細々としたことをするより、やはり剣を振っている方が性に合うのだ。
「リリスもそれでいいか?」
「もちろん! よろしくお願いします!」
リリスはニコニコと機嫌よく笑っている。教えてもらえるなら、レイでもローグでもどちらでも構わない。
「きちんと説明していなくて、悪かったな。今日は、この間買った果実酒をあけよう」
「ほんと!? やった~!」
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