第9話 大きい胸と力強い腕
夏の陽射しは暑く、変わらず蝉の声がうるさい。窓を開け、部屋で勉強をする翔は部屋に居ることに焦れてきた。横にある
はっと、我れ返る翔がいた。
「翔くん、いるかな」
この一言から翔は近づいた人物を覚った。優希の母初恵を待つために翔は勉強をしていた、そして待っていた者は背後にいる。
初恵の腕は翔の首を取った。
「いますと返事をする前から近づって、ウッ腕! 喉にうっう」
「フフ、暑いのに勉強とは感心感心」
初恵は翔の頭を撫で、隙を付くと脇から胸にかけ腕を絡めた。翔をすくい上げ、後ろのベッドに放り倒す。
「おばさん、胸! 今度は胸っ」
「んん〜、恥ずかしいのかなっ?」
「あっぷ!」
初恵の胸は翔を圧迫した。
(こういう所は優希にそっくりだよ。そしてこの大きな胸。ときにおじさんがうらやましく思うが僕は優希サイズがちょうど良いよ)
「うっ。胸ッ顔──(首を左右に振るが振り解けず)苦しぃッ……? なっ?!」
「ン~、ちょとね」
初恵は翔の顔に胸を乗せ、左腕を掴みに掛かった。
「ゥッ、ぶ」
「はいはい、大人しくして翔くん」
(! おばさんは俺ではなく腕に用があるんだ。左の鱗に)
「翔くん動かないの! 腕を」
「やっだぁごめん」
初恵の身体を退けるため、翔は顔に当たる豊満な物に歯を立てた。
驚きより嬌声が上がる。油断した初恵の身体を奪いに掛かる翔。そして即座に、初恵に跨がった。
初恵の動きを自分のものにする。
「っ、ヤァッ」
「おばさん。優希の母だけあって声が艶めいていいね」
「もう、冷やかさないの」
「形勢逆転。それで……? 口で言ってよ逃げないから」
翔の下敷きになった
「うんごめん、きちんと話すから体起こして」
二人して背を伸ばし、手を膝に乗せ正座し始めた。柔らかいベッドは二人の重みでへこむ。
初恵は喉から詰まる思いを吐き出すが開口一番、綴られた言葉に翔は驚き噎せ込んだ。
「あんた
「ぐっほ、あっ防犯カメラ! ……恥ずい」
翔は前髪を掴んだ。掴んだ手の平から汗の湿りを感じる。
「まぁ、リビングにそんなモノが取り付けてあるのがおかしなことね。ごめんね翔くん。私達の事情ゆえ……フフでも珍しいわね。いつもならきちんと電源切るのに。用意周到な翔くん?」
「ははっ」
渇いた笑いを返す翔は、初恵と眼が合うと照れた。リビングに設置してある防犯カメラは前からのことだしなぜあるかも、翔は納得している。
(忘れてた。優希との色事がカメラに……)
「えっちなことをする時は翔くんの部屋でなら良いといつも。口酸っぱくしてるでしょうまったく」
「ごめんなさい」
親公認で付き合う二人を受け入れ、さらに親代わりとして心配までしてくれる良きおばに翔は頭が上がらない。
「胸……噛んでごめんなさい。そして左腕はぁあカメラにでも映り込んだかな。だからって押し倒さなくても」
「だって、逃げられるのがイヤだったから。それに……、映ってはいけない物もぉおね?」
「クスッ。おばさんがその口調はダメでしょう?」
照れ笑いする翔は、耳まで赤くなっていた。それはそうだ。優希との情事を不覚にも親に覗かれたのだから……。
「大学で
「まぁ無いワケでは……─」
黙り込む翔に初恵は肩を抱き、頬をくっつけ笑いながらあることを打ち明ける。
「おばさん翔くんに内緒にしていることがあるの。腕のことで」
「えっ?」
「それだけではないよ。君の両親の話しをそろそろしようかと」
「ごめんえっ。待って」
「待つ?」
「腕だよね。まず腕だけの話──だよね? えっ両親?」
(腕の話ならともかくなぜ両親が。俺の両親は事故死ではないのか……)
聡い翔は初恵から何かを感じとった。全部を知りたい翔もいるが、聞くのも怖い翔もいる。
「少し待って。頭を整理するから」
喉元が大きく動き息を飲み、知りたいことから切り出す翔がいた。
「この鱗のような痣と頭の『住人』の関係はある……よね」
「あるわ。頭の『住人』はあなたのお母さんが封じた『龍神』なの」
「母、母か? その上、龍神……」
「翔くん、ものすごいことを言うね。龍神もお母さんもお父さんも外せないわよ」
「……ッ。そうか」
困り顔の翔に睨み据える初恵がいる。
暑いにも拘わらず、冷や汗を掻き始める翔は息を飲む。
と突然、過呼吸に似た症状を起こした。翔は引き攣る胸を押さえた。
「ちょっ翔! 大丈夫」
初恵の顔を半目で捉えた翔は自分の中で……、何かが弾ける音を聞く。【プチン】と脳を掠めた音のあと、翔はむくりと起きた。翔の表情は鬼のように、険しくなっている。
『よう初恵、久々ぶりだぁ? 何年かなぁ
初恵を前にする翔の口調は荒い。眉間に皺をきつく寄せ、眉尻を上げていた。人格も変わったかのような口振りだった。
「あらっ、元気そうね。私が作った人格」
翔の人格はやはり変わっていた。が、それが当たり前のように初恵は話し続ける。
「ああ、おまえらの目論見通りかは知らんが
「勝ちかぁ。『住人』は抑えられそう?」
「分からん。あと外は」
「いろいろと調べてはいるけど、静かなの。本当に翔くんは外の龍にも狙われているのかしら」
「ああだから、
「分かってはいるけど」
「けどもナシだ。『住人』の計画も進む中、外の奴らも同じに翔を狙っている。守りたいなら全力を尽くせ。出ないと俺が自殺を図るか人を犯し食す。そして新たな力を俺が得る」
翔に勢いよくベッドに倒された初恵は、彼に睨まれる。首を縦に、初恵は頷くしかなかった。
少し間が開くと、翔の左腕から血が垂れ始めた。腕を押さえ、もがき苦しむ翔は初恵を離しベッドに倒れ込んだ。軋む布音を捉え、初恵は翔を優しく睨む。
「きちんとしてくれ……そうでないと、キがフレル。間抜けな眼鏡にも伝えておけ」
「あらっ、怖い。私達の作った人格は生意気だこと可愛げがない」
「フッ」
「あらっ、寝ちゃった。話しの途中なのに」
初恵はシーツに沈む翔の顔を抱き、膝に置く。ベッド脇にある薬箱を取り、翔の左腕に包帯を巻きはじめた。
そこにある人物がひょっこりと、顔を見せる。
「あれ寝ちゃったの、翔くん」
「あらっ間抜けな眼鏡さんが来ましたよ。翔くん」
「……ううっ、ひどいなぁ翔くん。心の奥底ではおじさんのことをそんな目で見てたのかなぁ」
もう一人の翔が言っていた「間抜けな眼鏡」は優希の父、陽介であった。
「初恵さんと翔くんの母、
「そのようね」
「今頃、頭の『住人』は慌てているだろ。翔の発現は『
二人して翔の寝顔を眺め笑い、考える。そんなことを知らず、気持ち良さげに初恵の胸に顔をうずめる翔がいる。
「かわいいなぁ、昔と変わらない無邪気な寝顔だ。この顔で人を食うと言われても」
「ふふふ。思い詰めてるわね、もう一つの人格」
「何を考えているのか。死ぬのも人を犯すのもダメだ」
「あらっ、犯すと言えば娘が
「うん? アレは違うよ。じゃれ合いだよ。それに二人はきちんと愛し合ってる」
キスを交わそうとする二人に、呆れる声がある。
「おじさんおばさん仲良いね。でも俺の居ないところでお願い。あとカメラの映像きちんと消しておいてよね」
「あらクスクス、はいはい」
二人はハニカムと翔を見た。青ざめた顔の翔は息をゆっくり大きく、そして目を閉じた。
初恵の胸の感想を述べるとともに、人格のことも話す。
「気分が沈んでるときおばさんの胸は気持ち良い。あと、弾ける音とともに違う俺がいたようなあれは──、トイレの奴かなぁ」
「翔くん出会ったのか。意識の中で」
「いや、トイレの鏡。あれは意識なのか無意識なのか? おじさん教えて」
鋭い眼を陽介に向ける翔の瞳孔が縦に開き、まるで獣のように輝く。
「その話をするにあたって君の両親の話は必須だ。逃げずに聞けるかい?」
翔に、優しく訊きだす陽介がいる。
凛と発せられた陽介の言葉に、翔は静かに頷いた。
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