白詰草の花冠
金枝銀枝にルビーの果実が垂れ下がる。風が吹く度エメラルドの葉が擦れ合って、しゃらしゃら音を鳴らしている。
「あ、鳥さん」
「そうだね」
アクアマリンの透き通った小鳥は銀枝に停まり毛繕いをして、宝石の羽をかしゃりと地に落とした。この比喩でない宝石の森には今、暖かな春の日が差している。
少年と少女は森の入り口で銀や緑の草の上に座し遊んでいた。間に置かれた白いハンカチの上には小さな花が飾られている。エメラルドやペリドットの葉を持つルビー、サファイア、シトリンの花。いずれも日の光を受けきらきらと輝いている。目のつぶれそうな美しさの中で、少年の頭の上にはこの辺りでは見かけない生花の冠が載せられていた。白詰草でできた不器用な冠は、少女からのプレゼントであるらしい。
「帰らなきゃ」
少女はふと気づいたかのように立ち上がった。五歳ほどの、どこにでもいる日本人の少女である。生花の冠を戴いた少年は絵画のような美しい顔に悲しみを浮かべて彼女に問うた。
「どうして?」
「お母さんもお父さんも、待ってるから」
少年は首を振り、サファイアの目一杯に涙を浮かべた。
「僕は一人なのに」
「じゃあ、またあそぼうよ。わたしと友だちになろう」
言いながら、少女は自分が迷子であったことを今になって思い出しているようだった。このような宝石の森など彼女は来たこともないのだ。ただ、こうして来られたのだからもう一度来られるだろう、帰れるだろうと安易に考えていたのだ。何だかどこかで見たことがあるような気がしたせいもある。少年は立ち上がる少女の腕をぎゅっとつかんだ。
「ほんとうに? ほんとうにまた遊んでくれる?」
「ほんとうだよ」
幼い彼女は、少年が必死に腕をつかむ意味をよく分かっていなかった。
そして少年の言葉の意味も分からなかった。
「じゃあ、今日は帰り道まで一緒に行こう。……これ、宝物箱に入れてね。お花のお礼」
「くれるの? ありがとう」
少年はハンカチに包んだ宝石の花を少女に渡す。少女は無邪気に受け取ってポケットにしまった。
「じゃあ、また明日」
「うん、またね」
そう少女がにっこり笑って再び目を開けたとき、目の前は緑生きる野原に変わっていた。知っている場所だ。ここにはよくきれいな花や変わった石なんかを探しに来ては、クッキーの空き缶に詰めたりしていた。戻ってきたらしい。あの目の眩むほどきらきらする宝石の森も、変わった瞳の少年もどこにもいない。ただ森に入る前に手にしていたはずの白詰草の花冠がなくなっていて、ポケットには代わりに色とりどりの鉱石を包んだ絹のハンカチだけがあった。
間もなく彼女は近所の大人と警察の手によって両親の元へと連れていかれた。三日もどこにいっていたのだとひたすらに泣く両親の言葉が不思議ではあったが、その幼さゆえにもらい泣きしてその事件は終着した。
自宅に帰った少女が宝物入れにしていたクッキー缶の絵に少年の描かれた宝石の森を見つけ――、それからまた一日もせぬうちに神隠しに遭ったのはまた別の話である。
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