52.お茶会

つい3日前までと随分違う様子のグレイス様に特に断る理由もなく、私は彼女と庭園でお茶をすることになった。

随分しおらしい様子だけれど、以前のことがあるのでエマは私の傍を離れず、ジーンにお茶の準備を頼んでくれた。


「あの。まずは改めて謝罪させてください。ルイーズさんには初対面から本当に失礼なことばかりで、申し訳ありませんでした」


テーブルで向かい合って座り、お茶の準備を待つ間に、グレイス様は真っ直ぐに私に向きあい頭を下げる。


「あ、いえ。そんな、頭を下げていただくほどのことは…」


慌てて両手を胸の前にあげ、彼女を制する。

私の言葉に彼女は頭を上げると、儚げな笑みを浮かべて私を見つめてくる。


「ルイーズさんはお優しいのね」


彼女の変わりように私は戸惑いながら「いえ。そんなことは」と返すのが精一杯だった。

そうしている内に、ジーンがお茶の準備をしてくれ、私たちの前にそれぞれお茶を置いてくれる。

彼はお茶の用意をすると、静かに話の聞こえない位置まで下がっていった。


「私ね。幼い頃、ユージン様とケネス様がこの屋敷によく来られていた頃からずっとケネス様をお慕いしていたの」


彼女はジーンが下がって行くのを横目で見ながら、昔を思い出すように話し出す。


「幼い頃は、ユージン様とケネス様、そしてデューイとお兄様と一緒によく遊んでいたのよ。ケネス様の妹のイレインさんもたまに遊びにいらしたけれど、私はケネス様たちと遊ぶ方が好きで、よく皆さんについて行っていたの。けれど、幼いとはいっても男女の差で、追いついていけなかったり、同じようにできないことがあって、そんな時いつもケネス様が待っていてくださったの」


滔々とうとうと話し続ける彼女の言葉を聞いて、なんだかその時の情景が目に浮かぶようだった。


「そんなふうに優しくされれば、好意も抱くし、期待もするでしょう?公爵家の娘の私が望めば、ケネス様と婚約させてもらえると思っていたのに、彼は家を出て騎士になってしまわれた。そして何故かユージン様も。結果、ユージン様から家督を譲られたデューイが同い年で幼馴染だからという理由で私の婚約者になったの」


彼女はふぅっとため息を吐いて、カップに手を伸ばす。

私もつられるように、お茶に口をつけた。


「ずっと諦められなくて、でも私もデューイももう17になって、そろそろ婚姻を結ばなければいけない。そんな時に貴方と、ケネス様たちがこの屋敷へ来たものだから焦ってしまったの」


一息吐いて、彼女は少し視線を上げる。

揺れる木々を見つめるように目をやり、それからふっと笑みを零した。


「でもね──」


彼女が言葉を紡ごうとした瞬間、屋敷の方からやってきた侍女が声をかけてきた。


「お話中失礼いたします。グレイスお嬢様。デューイ様がお見えになりました」


伝える彼女の後ろをついてデューイさんがこちらへ向かってくる。


「デューイ…」

「お邪魔だったかな。すまない。でも、どうしてもグレイスに会いたくて」


真っ直ぐに視線を交わす2人の頬が微かに赤い。

えと。これは私の方がお邪魔なのでは…?

そんな思いを込めてグレイス様に視線をやると、彼女は頬を両手で包み、照れたように口を開く。


「デューイがね。ずっと私のことを想っていてくれたって…」

彼女はそう言いながら立ち上がり、デューイさんの方を向く。

デューイさんはそんな彼女の隣に立ち、彼女の腰に腕を回す。

そこでようやく私は口を開いた。


「よろしかったですね、グレイス様。きっと素敵なご夫婦になられますね」


そう言うと、2人は視線を交わし合い、また頬を赤く染めて、2人で言葉を返してくれた。


「ありがとうございます」


グレイス様も気持ちに区切りがついたところで、デューイさんがずっと想ってくださってたことが分かって、まだこれからだろうけれど、きっとちゃんとデューイさんに向き合っていかれるのだろう。

彼女のこの急激な変化も、きっとデューイさんからの良い影響なのでしょうね。

そう思って微笑ましく2人を見つめていると、彼女が不意に表情を曇らせた。


「あの。でも、ごめんなさい。私のせいでルイーズさんまで傷つくことになってしまったのでは?」


唐突にそう言われて、私は意味が分からなくて首を傾げる。


「私が…ですか?」


なぜ?と問いかけるようにそう言うと、彼女は言いにくそうにしながらも、私に応えてくれる。


「…ルイーズさんもケネス様をお慕いしていたのではなくて?」

「──え?」


彼女の言葉に、意味がわからず一瞬の間を置いて間抜けな言葉が口をつく。

理解が追いつかない私の後方で、ふふっと息が漏れる音が聞こえ、振り返るとエマが口元を押さえて肩を小さく震わせていた。


「口を挟む失礼をお許しください、グレイス様」

ふぅっと息を吐き、なんとか震えを収め、エマがグレイス様に向かって声をかける。

グレイス様もエマの様子に何事かと彼女を見つめていたので、エマは遠慮なくその先を続けた。


「ルイーズ様は、他にお慕いする方がいらっしゃって、間も無くそのお方とご結婚なさいます」


エマがそう言うと、グレイス様は驚いたように目を大きくして、私の方へ視線を向けてくる。

「そう…なのですか?」


彼女の余りに驚いた様子に、私も驚いて「え、ええ」となんとか返事を返すと、彼女は一気に顔を真っ赤にした。


「重ね重ね申し訳ありません。勝手な勘違いをして、ルイーズさんを巻き込んでしまっていただなんて」

「あ、いえ。大丈夫です」


はっきり言って、今の今までグレイス様がそんな勘違いで自分に接していたことに気づいていなかった身としては、特にダメージもなく、謝ってもらう必要もない。

軽く彼女にそう返して、私は2人に交互に視線をやって、にっこりと笑いかけた。


「あの、よければデューイさんも一緒にお茶をいかがですか?」


そう問いかけると、2人顔を見合わせて頷き合う。

「ありがとうございます」

そう言って、彼はグレイス様の隣へと腰掛けた。


様子を伺っていたジーンがすぐにお茶の用意をしてくれる。

そこからは、デューイさんが現れてから更に雰囲気の柔らかくなったグレイス様と、デューイさんも交えて、お互いの色々なことを語り合った。


パーティー後のグレイス様とデューイさんの経緯いきさつや、私とジェイクについてや、ユージン隊長とケネス隊長の幼い頃の話など、かなり盛り上がり、最後にはグレイス様から握手を求められた。


「ルイーズさん、よろしければ私とお友達になってくださらない?」


そう言って差し出された手を、私は躊躇いなく握り返した。


「こちらこそ是非」


にっこり笑って交わされた握手の手が放れると、グレイス様はふと思い出したように苦笑いを浮かべる。


「でも、残念だわ。ルイーズさんにお相手がいらっしゃらなければ、私のお義姉様になっていただきたかったのに」


グレイス様の言葉に、王宮でのリアム様の言葉を思い出し、変に息を詰めてしまい咳き込んだ。

エマが背を摩ってくれる、そんな様子もお構いなしにグレイス様は言葉を続ける。


「お兄様も案外意気地がないのよね」


訳知り顔で言うグレイス様をデューイさんがたしなめる。


「グレイス。人のことに口を出すものじゃないよ」


彼がそう言うと、彼女は大人しく「そうね、ごめんなさい」と謝り口をつぐむ。

いまいち理解できないでいる私に、後ろからエマがそっと声をかけてきた。


「ルイーズ様はお気になさらなくて大丈夫ですよ」


よく意味が分からないまま私は「そう?」と返し、意外に楽しかったお茶会はお開きとなった。

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