47.終焉、そして…

お風呂に入り、少しだけ食事を摂るとエマに「今日は早めにお休みになってください」と促され、私は素直にベッドへと潜り込んだ。

帰り道の馬車の中で眠ってしまったけれど、泣き疲れていた私は柔らかなベッドに横になればすぐに夢の中へといざなわれた。


翌朝、私は髪を撫でる感触と優しい声に覚醒を促された。

「ルイーズ様、おはようございます」

いつもと違い、ベッドの側に腰を屈め、エマが優しく私の髪を撫でてくれている。

なんだか母か姉にでも優しく起こされているような錯覚をおぼえ、私は胸が温かくなるのを感じながら、ゆっくりと体を起こした。


「ジェイク様は既にお出かけになって、代わりにアイザック様がルイーズ様をお迎えに来られています。王宮へお召がかかっております。お仕度をお願いします」


彼女の言葉を頭で反芻して、数度瞬きした後にようやく意識がしっかりと覚醒する。

「王宮?」


何故?!と一瞬頭に疑問符が浮かぶけれど、そういえば『後日説明の場を設ける』と言われていたなと思い至る。

いつもなら騎士宿舎で済むけれど、今回は王太子殿下も一緒にということで王宮なのだろうと納得した。

納得して、一瞬後には私は慌ててベッドから降りた。

急がなくては!

私は大慌てで身支度を整え、迎えに来て下さったアイザック隊長と一緒に王宮へと向かった。




王宮に着いた私は客室へ通された。

そこには既にリアム様、カルヴィン騎士団長、ユージン隊長、ケネス隊長、ジェイクと…そしてもう1人、隊長服を着た騎士の方がいた。

そこへ私と一緒にアイザック隊長も部屋へと入ってきた。


錚々そうそうたる面子に思わず立ちすくみそうになる。

そんな私を、アイザック隊長が背に手を当て歩を促す。

促されるまま歩を進める後ろで扉が開く音がして、私は足を止め振り返った。

そこには近衛兵を伴なった王太子殿下の姿があった。


部屋の中にいた全員が、殿下へと向け礼をとる。

私も膝を折り頭を下げた。


「顔を上げてくれ」


殿下は真っ直ぐと部屋の中央に設置されたソファへと向かいながら、声を掛けられる。

そしてご自身がソファに腰掛けると、リアム様、カルヴィン騎士団長、そして私へとソファに腰掛けるよう促された。

隊長方はソファから少しだけ離れて、全員が騎士団長の後背へと並び立つ。

ジェイクは扉の脇へと控えていた。

恐らく、位的にはこの場に参加できるものではないのだろうけれど、私との関わりから、何か確認をとる必要性などを考えての参加なのだろう。


全員が在るべき位置に落ち着くと、殿下はぐるりと一度皆の姿を視界に収めてから、騎士団長へと視線を向ける。


「カルヴィン」


殿下が騎士団長の名前を呼ぶと、騎士団長は「はっ!」と短く返事を返すと滑らかに事の報告を始めた。


「先日広間で捕らえた者につきましては、イアンを除いて全ての者が自供いたしました。半数以上が欲に駆られて、状況も半分ほどしか呑み込めぬまま加担しておりました。イアン、若しくはハンコック卿と謀っていた者については、殿下を殺害し王女殿下を王位継承者として担ぎ上げ、自分たちに都合の良い王配を送り込もうとしていたと申しております」


そこまで一息に説明したカルヴィン騎士団長は視線はそのままに、後ろに並び立つ騎士へと声をかける。

「エディ」

エディと呼ばれたのは、私が唯一名前を知らなかった隊長さんのようだ。

彼は騎士団長の呼びかけに対して、正確にその意図を把握し、報告を引き継ぐ。


「イアンに斬られた者たちですが、なんとか一命を取り留め、イアンの指示であったことのみは証言を取れておりますが、傷が深い為、まだ詳細の聴き取りができておりません」


彼が報告を終え、口を噤むと騎士団長はまた隊長の名を呼ぶ。

「アイザック」


呼ばれたアイザック隊長もエディ隊長と同じように、躊躇いなく報告の言葉を紡ぐ。

「ハンコック卿は広間で捕らえた者たちと同様の供述をしております。イアンが殿下に斬りかかった者たちを殺めようとしたことについては予定外の行動だったと申しております。またルイーズ嬢を攫った件については逆恨みと、イアンの身柄との交換材料にしようとしたようです」


彼の言葉に、私は「ああ、なるほど」と納得すると共に、なんて浅慮なと呆れてしまった。

私を人質としたところで、解放条件としてイアンを解き放つなどできる訳がない。

衆人の目の前で起こった事実としては、殿下をお助けしたように見えるけれど、彼との繋がりを示す証言もある以上、彼は王太子殿下殺害未遂の首謀者である可能性が高いと見られているのだ。

そんな国に叛旗を翻すような輩を、一庶民の命と引き換えに解き放てる訳がない。


「ユージン」

考えている間にも、騎士団長は次を指示する。


「イアンですが、あくまで王太子殿下をお助けしようとしたという立場の供述を貫き通しております。他の者たちの証言があろうとも、確たる証拠もなく、目に見えた事実として、王太子殿下に迫る危機を排除したのみと訴え、それ以外の供述は一切いたしません」


次々とあげられていく報告に、軽く目眩がしてくる。

イアンは一体何がしたかったのか。


「ケネス」

「リアム様を狙った者についても、他の者と同様に王太子殿下を殺害した後の筋書きの為、邪魔になるリアム様も一緒に排しようとしたようです」


最後にケネス隊長の報告を聴き、そこで騎士団長は改めて王太子殿下へ視線を向ける。


「現状分かっていることはここまでです。後は負傷している者の回復を待って、詳細な尋問を行うことになります。イアンが奴らを殺そうとしたところから見ても、奴らが何らかの情報を持っている可能性はおおいにあります」

「なるほど、分かった。ご苦労だった」


騎士団長の最後の報告を聞き終えると、殿下はねぎらいの言葉をかけリアム様へと視線を移す。

リアム様は次々と報告がされる間も、ずっと黙って何事か考えている様子だった。


「リアム。とりあえずこれで当初の目的は果たせただろう。お陰で私も安心して妃を迎えられそうだ」

殿下とリアム様の間で何か話がなされていたのか、当初の目的という言葉に引っ掛かりは覚えるものの、私としてもとりあえずでもイアンが捕らえられたことには安堵した。

けれど、声をかけられたリアム様はと言えば、未だ難しい顔をしている。


「そうですね。殿下に仇なそうとする者の多数を捕らえることができ、暫くは安泰でしょう」

言葉こそは殿下への同意を述べるけれど、明らかに何か含んでいるだろうと思われるそれに、殿下も苦い笑みを浮かべられる。


「言葉の割には不満そうだな」

「いえ…。不満というよりは不安なのです」


隠しても仕方ないと思ったのか、リアム様は殿下の言葉に素直に胸の内を明かされる。

それを受けて殿下は、今度はにやりとした笑みを乗せ、私へと意味ありげに視線を向けられた。

突然に向けられた視線に、何事かと戸惑う私を他所に、殿下は実に嬉しそうに言葉を紡ぐ。


「ルイーズ嬢のことか」


突然に自分の名を出され、ピクリと肩が跳ねる。

部屋にいた大半の人の視線が私へと向けられる。


…私ですか?


理解ができず、けれど話に割って入るのも憚られ、私は頭の中で疑問を返した。

リアム様は、殿下の言葉に対して返答はされない。

恐らく肯定の意味の沈黙だろう。


「確かに、まだ他によからぬことを考える者が残っていないとも限らない。この状況下で一番狙いやすく御しやすいのは彼女だろうな」


殿下の言葉の意味を考えて、私はぶるりと身震いする。

つまり、私を攫い、脅し、この目に見えるものを偽り、また今回のような事件を起こすための道具にしよう…ということか。

また狙われる…。

怖い──。

私には身を守る力も術もない。

私はぐっと両手を握りしめた。

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