45-2.譲れない想い ※ジェイク視点
ジェイク視点のお話です
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騎士団長室で状況確認をしてから、どれくらい時間が経ったのか。
焦る気持ちで、一呼吸する間でさえも永遠に感じそうになりながら、5番隊からの報告を待った。
既に何度かは騎士団長の元へ報告は上がってきている。
昨夜の時点でハンコック邸には向かったが、帰っていないだの、疲れて休んでいるだのなんだのと言って激しく抵抗された。
使用人が玄関先で抵抗している間に、勝手口から忍び出る姿を別の隊員たちが確認し張っていた。
宿舎前にて女性を浚い、恐らくクリーヴランドにある別宅へ向かったと思われる。
班を分け、先回りした者と、後を追う者、そして連絡係としてこちらに待機している者があるとのことだった。
距離が離れるため、恐らく連絡は鳥が運んでくるのだろう。
行先さえ判れば、こちらも動きが取れる。
「───報告します!ハンコック卿は予想通りクリーヴランドの別宅へ向かっている様子です!」
「分かった。ユージン、ロイドに10名程引き連れさせて向かわせてくれ」
「承知しました」
ようやく待ちかねた報告が届き、騎士団長が指示をとばす。
その指示に応え素早く動き出そうとするユージン隊長が、ちらりとこちらへ視線を寄越す。
「俺も行かせてください!」
視線をとらえ、即座にユージン隊長に向かって声をあげた。
俺がそう言うことなど皆分かりきっていたのだろう。
分かっていたから騎士団長は1番隊へ振ってくれたのかもしれない。
騎士団長が「邪魔だけはするなよ」とくぎを刺す。
「はい!」
短く返事を返し、既に扉へ向かっているユージン隊長に続くべく踵を返した。
クリーヴランドは、ここウォッシュバーンから馬車で1時間程。
早馬で駆ければ半分近くの時間で着くはずだ。
俺ははやる気持ちを抑え、ロイド副隊長に続いた。
俺たちが
俺たち1番隊はまずはアイザック隊長を探し、到着を伝え指示を仰ぐことになった。
がたいが良く、すぐ見つけられるはずのアイザック隊長は、ぐるりと見まわしても見つからず、ロイド副隊長が5番隊の隊員に声をかけつつ、アイザック隊長がいるだろうと言われた玄関先へと向かった。
陽はすっかり落ちてしまい、隊員たちの持っている灯りと、屋敷から漏れる明かりだけを頼りに進むと、玄関先に跪き、オロオロしているアイザック隊長が見えた。
そしてそのアイザック隊長の前には───。
「ルイーズ!!」
副隊長の後ろに従っていた俺は、彼女の姿を見つけて思わずその場を駆け出した。
アイザック隊長の前で、地面に膝をつき蹲る彼女を横から勢いよく抱きしめる。
とにかく、彼女が生きてそこにいる、そのことに安堵して、彼女を抱きしめたまま安堵の声を漏らした。
「ルイーズ。無事で良かった───」
彼女は酷く泣いていたのか、小さく肩を揺らしながら、途切れ途切れに俺の名を呼ぶ。
「…ジェっ…イ…クっ…?」
呼びかけられた俺は、抱き締める腕を緩め、彼女の正面へと回り込み顔を覗き込んだ。
「ルイーズ大丈夫か?何かされたのか?どこか痛むのか?」
肩を掴んでいた手の一方を彼女の頬へと伸ばし、涙の痕を親指で拭う。
けれど俺の問いかけに、彼女ははふるふると頭を振って応えた。
ロイド副隊長は勝手に駆け出した俺を咎めるでもなく、場所を譲ってくれたアイザック隊長と、お互いに状況の報告をしている。
「──なので、彼女はジェイクに任せていただけると有難いです」
「分かった。恐らくそれが最善だろう」
そんな声が聞こえた後、アイザック隊長は俺へと話を振ってきた。
「ジェイク。彼女の友人なら、お前が傍にいて差し上げる方がいいだろう。後はお前に任せる。とりあえず今夜はもう宿へ戻れ」
言われて俺は「はい」と短く返事を返す。
それを確認すると、アイザック隊長は恐らく彼女が泣いている原因だろうことを説明してくれた。
「───お前のような存在はこの世に必要ない。消えるべきはお前だ。そんな言葉を浴びせられてな。そこからお前が来るまでずっと泣き通しだった。俺が幾ら声をかけても響かなくてな。すまんが後を頼む」
一通りの説明が終わると、アイザック隊長は残っていた騎士たちに指示を飛ばしながら、ロイド副隊長と一緒にその場から離れていった。
アイザック隊長から聞いた話に、沸々と怒りが湧いてくる。
身勝手な理由で起こした犯罪で、どうして彼女が過去の傷まで抉られなくてはならないのか。
出逢ってからずっと、傍で見てきた──。
彼女が懸命に前を向いて生きようとしている姿を。
無理をして笑顔を張り付けて、それでも人との係わりを避けずに。
逃げ出したいと言いながら、泣きながらも自分の役割を
なのに──。
「ルイーズ。とりあえず宿へ戻ろうか」
湧き上がる怒りを抑え、俺は未だ蹲ったままの彼女を抱き上げた。
「えっ?…ちょっ…」
しゃくりあげながらも驚きの声をあげる彼女を抱きかかえたまま、5番隊が既に用意してくれていた馬車に乗り込んだ。
座席に座っても膝の上に抱いたまま降ろす様子がない俺に、ルイーズが困惑気味に声をかけ、降りようと体を捩る。
俺は抱えた腕に更に力をこめ、呼びかけようとする彼女の言葉に上塗るように言葉を吐いた。
「必要ないなんてことない」
その言葉に、彼女の肩はビクッと小さく震えた。
横抱きにして胸に抱き寄せているため顔は見えない。
けれど、俺の声にこもる怒りが伝わったのかもしれない。
彼女は俺の言葉を聞くと、思い出したように、足りない酸素を求めるように大きく息を吸う。
しゃくりあげるのと同時に小さく肩が揺れた。
俺は背中を抱いているのとは反対の手で肩を掴み、横抱きにした状態のまま彼女の上半身を正面を向く形で胸へ押し付けた。
「泣きたいだけ泣けばいい。けど、絶対にお前は必要ない人間なんかじゃない」
ここにいない人間への怒りと、絶対に失ってたまるかという想いを言葉としてぶつける。
「誰が必要ないと言っても、俺にはルイーズが必要だ」
しゃくりあげる彼女の背を擦りながら、諭すように語り掛ける。
俺の言葉に、彼女はひくっひくっと喉を鳴らしながらもゆっくりと顔を上げた。
しゃくりあげながらも、掠れた声で問いかけてくる。
「…ひつっ…よう?」
見上げるその瞳は、必死に希望を見出そうとしているように俺を見つめる。
まだ流れ続ける涙を、俺は人差し指の背でそっと掬い取り、彼女の求める答えを繰り返した。
「ああ。必要だ」
間近で目を逸らすことなく見つめ続ける彼女に、精一杯の俺の気持ちを伝える。
本当は全てが綺麗に片付いてから伝えるつもりだった。
彼女が他の誰かに想いを向けているなら、彼女の邪魔にならないようにするつもりだった。
けれどもう、彼女が誰を好きでも、この先に誤解が生じても知ったことではない。
そんなことよりも俺は──。
「絶対に失いたくない。…誰にも渡したくない。俺は。ルイーズが好きだ」
はっきりとした声音で告げる。
「───す…き…?」
一拍おいて、そこに含まれる意味を問うように彼女の口から言葉が漏れる。
彼女の瞳に涙が溢れ、零れ落ちる。
俺はちゃんと伝わるように言葉を変え、もう一度想いを告げた。
「愛してる」
彼女は苦しそうに一度息を吐くと、今度は俺の胸に縋り付いて大きく息を吸う。
しゃくりあげて、俺の服を濡らしながら彼女は泣き続けた。
伝わってくれたなら嬉しい。
彼女の想いがどうあれ、必要としている人間がいることを知って、彼女の心が少しでも救われてくれたなら。
この世界で生きることを諦めないでいてくれたなら、それだけでいい。
俺は、泣き続ける彼女の背をそっと撫でた。
暫く大きくしゃくりあげて泣き続けていた彼女の呼吸が小さく整ってくる。
それと同時に、彼女はくたりと俺の胸に
段々と力が抜けていく彼女が、無意識なのか俺の胸元の服を掴む。
眠ってしまったのかと、覗き込むように顔を寄せれば、寝息のような小さな声が耳に届いた。
「───すき……」
誰に対するものか──。
今は分からなくてもいい。
俺は眠ってしまった彼女の髪を優しく撫で続けた。
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