42-1.誤解
その日、パーティーはそのままお開きとなった。
無関係だった人たちには、後日お詫びの場を設けると伝え引き上げてもらい、捕らえられた人たちを騎士たちが尋問するとのことだった。
私は後日説明の場を設けると言われ、ケネス隊長と交代したジェイクに送ってもらい帰路についた。
宿に戻り、お風呂や着替えを済ませ一息つく。
けれど、最後に見た血だまりと、返り血を浴びて立つイアンの姿が頭から離れず、私はぶるりと身を震わせた。
時間はもう随分遅い時間になっていたし、今日はジェイクだって色々あって疲れているだろうとは思うけれど、このままではとても眠れないし、独りで朝まで過ごすのも怖かった。
私は夜着の上にショールを羽織ると、ジェイクの部屋へと向かった。
扉をノックして「ジェイク、起きてる?」と声をかければ、慌てたように扉が開かれた。
「ルイーズ、どうした?」
私の姿を認めて心配そうに訊ねてくれる彼に、私は一瞬どう言おうか思案する。
勢いで来てしまったけれど、男性の部屋にこんな時間に訪問するのははしたないと思われるのではないだろうか。
やっぱり部屋へ戻った方が…。
そう考えて、私は小さく頭を振った。
「…ごめんなさい。何でもないの。部屋へ戻るわ。おやすみなさい」
言って踵を返し、歩き出そうとした瞬間──
手首を取られ勢いよく引き寄せられて、気が付くと私はジェイクの腕の中にいた。
「…ジェイク…?」
黙ったまま私を抱きしめる彼に呼び掛けてみる。
すると彼の肩がビクッと揺れるのが分かった。
「どうし──」
「ごめんっ」
言いかけた言葉に、彼の謝罪の声が重なる。
一体何に対する謝罪?
私は意味が分からなくて、彼の胸を押し少しだけ隙間を作ると、彼の顔を見上げた。
視界に入った彼は、凄く切なそうな顔で私を見下ろしている。
「…ジェイク?どうしたの?」
今度こそ問いかけた私に、彼は視線を揺らす。
そして私の両腕を掴み、少しだけ距離をあけ私を見つめる。
「……やっぱり放したくない」
「え…?」
小さく呟かれた言葉に、意味が分からなくて小首を傾げる。
放したくない…?
「ねぇ、ジェイク?」
本当に意味が理解できなくて、説明を求めようと彼に再び声をかけるけれど、その続きも、彼の意を決したような言葉にかき消された。
「ごめん。お前が独りでいるのが不安なんじゃないかって、分かってた。けど、俺ではケネス隊長の代わりにあの人の仕事を片付けることはできないし。だからって今までみたいに勝手にお前の傍にいる訳にもいかないだろうし…」
そこまで言って、彼はまた私を勢いよく抱きしめた。
「でも、やっぱり放したくない。不安に思ってるお前を放っておきたくない」
言い募る彼の言葉を黙って聴いていたけれど、最後まで聴いても結局やっぱり意味が分からない。
「ごめんなさい、ジェイク。意味が分からないわ」
もう一度彼の胸を押して離れ、彼を見上げる。
「ケネス隊長がどうかしたの?」
見上げた彼の表情が少し苦しそうに見える。
「…どうして私の傍にいる訳にはいかないの?」
言葉にして自分の胸の痛みを自覚する。
…あれ?私拒否されたの?
もう傍にいてもらえないの?
私のこと──
涙が滲みそうになるのをぐっと堪えながら、震える声を絞り出す。
「私のこと…私の傍にいるの、嫌になった…?」
堪えたのに。
堪えたはずなのに。
涙が一粒、ポロリと落ちた。
「違う!嫌なんかじゃない!俺はっ。でも、ルイーズは……」
彼は私の両腕を掴み距離を離すと、私の顔を覗き込むようにして勢いよく声をあげる。
彼の言葉の続きを待って、私は黙って彼を見つめた。
暫くの沈黙の後、彼は囁くような声でようやく言葉を紡いだ。
「ルイーズは…ケネス隊長といたいんじゃないのか?」
「…………………え…?」
彼の言葉に、意味を理解するのに頭の中で言われた言葉を何度も反芻したけれど、結局出てきた言葉は間抜けな一言だけだった。
涙が零れたはずの瞳も、震えて噛み締めた唇もぽかんと開いてしまう。
そして最終的に出た言葉は──。
「どうして私がケネス隊長といたいと思うの?」
私の問いかけに、今度はジェイクがぽかんとした表情を浮かべる。
「どうしてって…。ルイーズはケネス隊長のことを──」
「ケネス隊長のことを?」
間髪入れずに問い返す私に、彼の顔が苦々しいものになっていく。
「…………好きなんじゃ…ないのか?」
「……………………」
言葉が出てこない。
何を言ったらいいのか分からない。
どうしてそんな勘違いをされたのかも分からない。
彼にそんな勘違いをされてしまったことが悲しいし苦しい。
その勘違いで、すんなり手放されてしまうのかと思うと泣きたくなる。
私はどんっと思いっきり彼の胸を突き飛ばした。
そして涙が溢れてきた目で彼を睨み上げる。
「私は──。私が好きなのは…ケネス隊長なんかじゃない!」
突き飛ばした勢いで掴む力が緩んだ彼の手を振り払って、私は自分の部屋へと駆け戻った。
「ルイーズ!!」
後ろから彼の呼ぶ声と足音が聞こえたけれど、部屋の扉を思いっきり締めて、扉に背をつけ開かないように押さえつける。
「ルイーズ」
扉を叩いて私を呼ぶ声が聞こえる。
それを聞きながら、私はズルズルと扉の前に座り込んだ。
やっぱりジェイクは友人として傍にいてくれただけだったのね。
全て終わったら頑張って想いを伝えてみようかと思ってたけど…。
伝える前に終わってしまった──。
ずっと一番傍にいてくれたから、当たり前に傍にいてくれるものだと思ってた。
けど…。そうよね。大切な友人に他に好きな人がいたら応援してあげるものよね。
そっか──。
私はジェイクの一番にはなれなかったんだ──。
これからは今までみたいに傍にはいられないんだ……。
自分でももう何を考えているのかも分からない。
頭の中で訳のわからない考えがぐるぐる回り続け、涙が頬を伝い続けた。
もう頭の中には王宮で起きた事件のことなど欠片も残っていなかった。
ただただ悲しくて、やるせなくて。
せめてちゃんと想いを伝えてから終わりにしたかった──。
そんな思いだけが浮かんでは消えていった。
間をおいてはかけられ続けていた声も、いつの間にか聞こえなくなった。
翌朝。
遠慮がちにノックされた音に、私はびくっと肩を揺らし耳を澄ませた。
「ルイーズ様。おはようございます」
エマの遠慮がちな声がかけられ、私は立ち上がり扉を開けた。
結局、泣き続けていつの間にかそのまま眠ってしまっていたらしい。
開いた扉から顔を覗かせたエマが驚いたように声をあげた。
「まぁ!ルイーズ様どうなさったのですか?」
酷いお顔─。と言って、部屋に入ってきたエマが、私の頬に手をあて目元を撫でる。
私は情けない笑顔を浮かべて、頬にあてられた手に自分の手を重ね零した。
「…失恋…しちゃった」
その言葉に、エマは驚いたように目を見開いた。
「まさか?!そんなはずは!」
どういう根拠なのか、エマは私とジェイクが想い合っているとでも思っていたのだろうか。
慌てた様子で私の両肩を掴み「そんなはずはありません!」と声をあげる。
「とにかく、まずはお顔を洗われて、お仕度なさってください!ちゃんと確認いたしましょう!!」
気力のない私に、有無を言わせぬ迫力でエマは私を追い立て始めた。
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