24.お嬢様

朝食をとりに食堂へ向かう。

扉からそっと中を覗くと、まだ中には誰もいなかった。

少しホッとして、ゆっくりと部屋へ入り席へと向かう。


「ルイーズ?おはよう」


椅子に手をかけようとした瞬間、背後から声がかかる。

その声にゆっくりと振り向くと、ジェイクの目が大きく見開かれる。

「…ルイーズ…?」

口元を隠すように掌で覆い、戸惑いがちにもう一度私の名を呼ぶ。


「…おはよう。ジェイク」


なんだかもの凄く気恥しく感じ、少し視線をずらしながら挨拶を返す。

ジェイクも珍しく視線を彷徨わせながら、言葉に迷いながら口を開く。

「…凄く似合ってる……」

似合ってるの後にも何か言ったようだったけれど、後の方は声が小さくなって聴き取れず、訊き返してもはぐらかされてしまった。


お互いになんだかそわそわした状態で食事を済ませ、モーティマー邸へと向かう。

馬車で迎えにこさせると言われたけれど、万が一またイアンと一緒になんてことになったら耐えられないので、お断りして、ジェイクとエマと並んで屋敷まで歩く。

宿舎近くの宿なので当然、家からとくらべれば距離も随分と近い。


屋敷に着くと、ジーンが玄関で出迎えてくれた。

顔を見た瞬間にジーンも「なんと…。普段のままでもお美しいですが、また違った趣で」と一瞬驚いた様子を見せた後に臆面もなく褒めてくれる。

慣れないことに、どう反応していいかも分からず「あ、ありがとうございます」と俯き加減に言うことしかできなかった。


玄関でジェイクと別れた後は、ジーンに案内されてリアム様の部屋へと通された。

部屋に入ると、一番奥に執務机が置かれ、そこにリアム様が。そして扉の両脇にはケネス隊長とユージン隊長が控えていた。

ジーンが扉を開け、中へ案内されると、3人が息を呑むのが分かる。

「おはようございます。その…本日からよろしくお願いします」

視線を一身に浴び、緊張で手に汗をかきながらなんとか挨拶をする。


「あ、ああ。失礼。ルイーズ嬢があまりに美しくて言葉をなくしてしまいました。こちらこそよろしくお願いします」

流石公爵様。

慣れた褒め言葉を流れるように口にして、挨拶を返してくださる。

それに合わせて扉の横に控えていた2人も一礼だけで応えてくれる。


昨日一通りは説明を受けていたけれど、改めてリアム様から説明を受けるため、促されてソファに腰掛ける。

向かいにリアム様が腰掛け、流れを説明してくださる。


「この後、エマに部屋へ案内させます。そちらの部屋で1人ずつ面談をお願いします。質問の内容はお任せしますが、ルイーズ嬢が信頼できるかどうか判断できる内容でお願いします」


確認をとるように私に視線を向けるリアム様に、小さく頷き返す。


「まずは実際に外から雇い入れる予定で屋敷に訪れる者の面談を。その後に現在屋敷に勤めている者の面談をお願いします。面談を受ける者に対してはルイーズ嬢は嘘や誤魔化しは全て見抜ける。邪なことを考えている者については処罰すると伝えてあります」


屋敷内で、警戒していてもどこかで誰かが聴いている可能性を考え、それ以上のことは昨日説明された点は省略された。

ただ、視線だけで未だ扉の横に控えるケネス隊長とユージン隊長だけを指し示す。

私はそれを受けて、コクリと頷いた。


「それと」


少しだけ苦笑いのような表情がリアム様の顔に浮かぶ。

疑問に思いながら、続く言葉を待つ。


「そろそろ来る頃かと思いますが…。改めて妹を紹介しておきます。ご迷惑をおかけしないと良いのですが…」


リアム様がそう言い終わるのに合わせるように、ノックの音が響き、部屋の扉が開かれる。

私より小柄でいかにもお嬢様といった出で立ちの女性が姿を現す。

黒色に近い青紫色の髪を軟らかく縦に巻き、ふわふわのドレスを着こなしている。

瞳の色はリアム様と同じ淡褐色で、愛らしい顔をした彼女は"守ってあげたくなる妹"を体現したような人物だった。


「おはようございますお兄様」


高く甘い声で挨拶をする彼女に、リアム様も立ち上がって挨拶を返す。

私も、リアム様に倣って立ち上がり、彼女の方へと体を向けた。

しかし、彼女の視線は私ではなく、扉の横に控える2人へと移る。


「ケネス様、ユージン様、おはようございます。こちらにいらっしゃるなんて珍しいですわね。お会いできて嬉しいですわ!」


言われた2人は、私の時と同じように無言で一礼のみ返す。

ケネス隊長の顔が僅か引き攣っているように見えるのは気のせいだろうか…。


「グレイス。お客様に失礼だろう。早くこちらへ来て挨拶をしなさい」


リアム様が叱ると、彼女は目に見えてぶすくれた顔になりながら、こちらへ歩み寄ってくる。

「ルイーズ嬢申し訳ない。ご存知かと思いますが、妹のグレイスです」

紹介されて渋々といった体で、彼女が自分の名を名乗る。

「グレイス・メイ・モーティマーです」


彼女が名乗ると、リアム様は今度は私を彼女へと紹介する。

「彼女は今日からこちらで私の補佐をしてもらう、ルイーズ嬢だ。仕事を手伝ってもらうが、彼女には私からお願いして来てもらっている。くれぐれも失礼のないようにな」

もう既に、私に嫌がらせでもすること前提のようなリアム様の物言いに、ヒクッと顔が引き攣りそうになるのを堪えながら挨拶をする。

「ルイーズ・クリスティです。どうぞよろしくお願いします」


私が挨拶をすると、彼女は興味なさげにリアム様へ向き直る。

「分かりましたわ。それで、お兄様。わたくしケネス様をお借りしたいのですがよろしいですか?」

彼女の言葉に、リアム様がげんなりした様子を見せる。

「ダメだ。ケネスとユージンもしばらく屋敷内の警護を頼んでいるが、彼らは仕事中だ。見かけても決して話しかけるな」

「少しくらい良いでしょ?久しぶりにお会いしたのですもの。お茶をするくらい」

「ダメだ」


食い下がる彼女に最後まで言わせず、リアム様が断じる。

「なによ!お兄様のケチ!」

折れてくれない兄に悪態をつくと、彼女はクルリと踵を返し、ケネス隊長の前までつかつかと歩み寄る。


「ケネス様。お仕事が終わられましたら、ぜひお茶をご一緒してください。お待ちしておりますわ」

先ほどの子どもっぽいやり取りとは打って変わって、貴族令嬢らしく丁寧な言葉でケネス隊長に声をかけると、彼女は優雅な一礼を残して部屋を出て行った。


「申し訳ない。あれでももう17になるというのに、甘やかされて育ったもので…」

言いながら、リアム様が私の方へ向き直る。

「もし、グレイスがご迷惑をおかけするようなことがあれば遠慮なく仰ってください」

そう言うと黙って控えていたエマに声をかけ、私を部屋へ案内するように促す。


「失礼します」と声をかけて、私はエマに促されるまま、リアム様の部屋を後にした。

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