第12話 理輝くんの夢1
「明日果ちゃん、これ、面白いよ……!」
ノートから顔を上げると理輝くんは言った。
放課後のだれもいない児童会室。
私たちは長机の前にイスを2つならべて、となり合わせに座っていた。
ついに書き上げたシナリオを、理輝くんに読んでもらうために。
理輝くんは目をキラキラ輝かせて、ほおをさくら色に染めている。
「ゲームにできそう? 理輝くん」
「できるできる! って言うか……」
理輝くんがノートを持つ手をぷるぷるふるわせる。
やがて顔をくしゃりとくずして笑った。
「想像していたより、何倍も面白いゲームが作れそうだよ!」
「よかった!」
私はホッと胸をなでおろした。
物語の流れはこんな感じ。
***
天から少女が落ちて来る。
翼が折れてしまった、元の世界に戻りたい少女。
少女を助けたいと思う少年たち。
少女が持っていた薬で、折れた翼の形だけはなんとかもどる。
けれどその翼では空を飛べない。
1人のかしこい少年は、わずかに残った薬から、成分を調べる。
薬のもととなる3つのものを集めるため、少年たちと少女は旅へ。
土地をめぐり自分たちの特技を生かし、待ち受ける困難をクリアして薬のもとを手に入れる。
やがて薬が出来上がった時、少年たちは思う。
少女にそばにいてほしい、
天に戻ってほしくない。
少女もまた思う。
私はあの人のとなりで生きていきたい。
でも、天でみんなが待っている……。
***
「少女が地上で生きるか、天に帰るか、結末はプレイヤーが選べるんだね」
「うん、その方がこの物語の主人公になった気分をあじわえるかな、って」
「いいね。この、それぞれが特技を生かしてがんばるのも面白い。ミニゲームで表現できたらいいな」
理輝くんはノートを何度も読み返しながら、うんうんとうなずいてる。
「あぁ、早く入力したいなぁ……」
ほぅ……と理輝くんはため息をついて天井を見上げた。
その顔つきは、びっくりするほどあどけない。
「もう、ゲーム画面が見えるようだよ。キャラをこう動かして、ここでBGM、それから背景は……」
まるで指揮をするように、空中でひとさし指がせわしなく動く。
「この物語を動かしたい、今すぐに……」
うっとりと遠くを見る瞳には、長いまつ毛がかかっている。
(こうしている時の理輝くんって……)
可愛いな、って思ってしまう。
いつもの、落ち着きはらって大人っぽい理輝くんとはちがう。
(まるで、クリスマスに大好きなおもちゃをもらった子どもみたいだ)
私の書いた小説が、理輝くんにこの顔をさせてると思うと、胸の奥がくすぐったくなった。
(こんな理輝くん、きっとほかの女子は知らない……)
「あ、ご、ごめん!」
理輝くんが、ふいに夢から覚めたような顔つきになる。
「明日果ちゃんの小説が面白くて、つい。自分の世界に入り込んじゃった」
「えへへ、光栄です」
私が少しおどけて言うと、理輝くんはてれたように笑った。
「ところで明日果ちゃん、このタイトルの『タケトリノツバサ』ってどういう意味?」
「あ、それは……」
ちょっとややこしい理由なんだよね。
どこから説明しようか。
「まずRPGって『ももたろう』に似てるな、って思ったの」
「えっ? 『ももたろう』?」
「うん、旅の中で仲間をふやして、最後はラスボスをたおしてめでたしめでたし、って物語でしょ?」
「あぁ、言われてみれば。それで?」
「そこから、同じく有名なむかし話の『かぐや姫』を連想したんだ」
「今度は『かぐや姫』?」
「月の少女が、たくさんのものを貴公子たちにリクエストするシーンがあるでしょ?」
「うん、結婚したくないかぐや姫は、わざと手に入らないものをおねだりするよね」
「でね。あれがもしワガママなんかじゃなくて、月に帰るために必要なものだったら?って考えたの」
「あー。なるほど」
理輝くんがあごに手を当て、コクコクとうなずく。
「明日果ちゃんの小説の主人公の、翼のけがを治す薬みたいに?」
「それ」
「つまり『タケトリノツバサ』は『かぐや姫の翼』って意味だね?」
「えっ」
「かぐや姫の物語は、正式には『竹取物語』って言うから」
「知ってるんだ理輝くん」
さすがはパーフェクト王子!
「やった、タイトルの謎が解けた! すっきり!」
理輝くんがくすくす笑ってる。
「明日果ちゃんは本当にすごいね」
「えっ、何が?」
「タイトルだけで、こんなに僕をワクワクさせてくれるんだよ?」
「そうかな」
「そうだよ。自信持ってよ」
理輝くんの
「明日果ちゃんは、すごい才能の持ち主なんだから」
わわわ!!
心臓がびくんとはねる。
(理輝くん、近い!)
あわてて身を引こうとした私は、イスごと後ろにひっくり返りそうになった。
「きゃ……!」
「明日果ちゃん!」
空中に投げ出されるような感覚の中、手首が力強くにぎられる。
そのまま動画の逆再生のように、私は体を引きもどされた。
イスだけが倒れて、ターン!とかわいた音を立てる。
「あっ、ぶな……」
「……」
心臓がバクバクいっている。
私は理輝くんの胸の中にたおれ込むような姿勢になっていた。
(あ……)
理輝くんに手首をにぎられたまま。
「……」
「……」
私と理輝くんは数センチの距離で見つめ合う。
たがいに声もなく、目を見開いて。
どくんどくんとリズミカルに聞こえるのは、どちらの心臓の音?
校庭で遊んでる男子のはしゃぐ声が聞こえてきた。
「……そろそろ、ここ出なきゃ」
やがて理輝くんがぎこちなく言った。
その言葉と同時に、かなしばりにかかったように動かなかった私の体が解放される。
「あ、うん、そうだね」
私はさっと体をはなす。
それきり、2人とも言葉が出て来ない。
(き、気まずい……)
無言のまま荷物をまとめて、私たちは児童会室を出た。
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