ティータイム:『オレらの出会いはこうでした』

※アーゼルの魔塔・5回目のメンバーが出会った時のショートストーリーです。


「ちょっと、あんたたち!この人にちゃんと謝りなさいよ!」

後ろから聞こえる、ハスキーな女性の声。

食堂のカウンターに座って、壁に向かって飯を食っていたので何も見えない。

茄子と羊肉のシチューを飲み込んで、振り返る。


ショートヘアの女性が、腰に手を当てて数人の男たちの前に立っていた。

顔は見えないが、後ろからでも目立つ丸くて大きめの耳。フサフサと黒い毛に覆われて・・・リカント族だろうか。

女性はオレより身長は高い。

(え、食堂の中で・・・喧嘩?)


「そこの”もやし”エルフが、その席で飯食ってんのが悪いんだよ」

「隅っこで水でも飲んでろよ」

3人の男たちが笑う。顔をのけぞらせた時に、1人ふらついた。顔も赤い。

(酔ってるな・・・)

昼間っから・・・。


女性の側のテーブルでは、座ったままでオロオロとしている赤い髪のエルフ。

ゆったりとしたうぐいす色の神官衣の胸のあたりが、シチューで汚れていた。

きっと男どもがこぼしたのだ。

「ああ、私は大丈夫ですよ・・・」

優しい声で、男たちと女性を交互に見る。


「それより、姉ちゃん俺らと飲まねえか?」

「店変えようぜ?なあ?」

男の一人が女性に手をかけた時、一瞬で女性と男性の体の位置がすり替わった。


ガッシャン!!

ただし、男の方は体の場所だけではなく上下も逆転していた。

派手に背中から叩きつけられ、情けない悲鳴をあげる。

「・・・え?(⇦オレの声)」


「洋服汚しただけじゃなくて、この人に”もやし”って言ったこともちゃんと謝りなさいよね!」

そうか、女性は体術が使えるんだ。初めて見た。

オレがなろうとしている、”冒険者”なのかもしれない。


「この!?」

2人の男が女性に掴みかかろうとしても、かわされ、1人ずつ床に投げつけられていく。

女性と男性が息を合わせているみたいに、無駄のない動きだが、違う。

女性が男性の動きに合わせて、うまく力を利用して、男性の体を思うように動かしているんだ。


今度は最初に投げられた男が、椅子を振り上げて、女性の後ろから殴りかかろうとした。

「おい!!」

無意識に体が動いた。

椅子を掴み、こっちへ引き寄せる。

男は真後ろに負荷のかかった体を支えきれずに、尻もちをつく。


女性がこちらの動きに反応して、後ろを見ずに回し蹴りをしてくる。

男は尻もちをついていて、今椅子を持っているのはオレだ。

「わ、違・・・」

椅子で自分を庇えば、女性が足に怪我をするかも知れない。下がろう。

迷いが命取りになった。

後ろに下がろうとするが、かわしきれない!!


その時、一瞬体が軽くなった。

いつもの自分よりも、2歩素早く下がれる。

オレの鼻先を、女性のかかとがかすめる。

「え?」

女性が驚きの表情で見る。

オレも驚いた顔のまま、目が合う。


「やだ、ごめ・・・ん、大丈夫?」

「あ、いや・・・」

「私、大丈夫じゃないです〜」

エルフの神官は、頭から皿を被っていてさっきよりも神官衣は汚れていた。

投げられた男の手が、テーブルの皿にぶつかったのだ。

「とほほ、この神官衣おろしたてだったのに」

「ほ、ほんとごめんなさい・・・私余計なことして・・・」

と、彼女は言いながらオレの目の前で尻もちをついている男の頭をゲンコツで殴る。


「いえいえ、そんな。いや。お店に・・・一緒に謝っていただこうかな?」

エルフは苦笑しながら、頭に乗っている野菜や肉を丁寧にお皿に戻していく。

周りを見渡すと、ウェイトレスや他の客の怯えた目、冷ややかな視線・・・


おや、一人だけニコニコして手を振ってる男性?

緑色の髪、顔の一部がキラキラしている。いや、宝石が埋め込まれているのか?

(杖を持ってる・・・、魔法使いかな)

オレの体を軽くしてくれたのも、彼なのかもしれない。


店のオーナーらしき、中年の男性が顔面蒼白で奥から出てきた。

ウェイトレスがこっちを見ながら、事情を説明している。

「まいりましたね、一度神殿で着替えてまたギルドに行かないと・・・」

エルフの言葉に、反射的に聞いてしまった。

「ギルド?冒険者の?」

女性も、同じ質問をエルフに。

「ええ、今日冒険者に登録しようと思って。すぐそこの、”眠たいラクダ”」


「なんだ、じゃあもう4人とも合格です♪登録手続き、しておきますよ」

気配のない、真後ろからの声。

驚いて振り返ると、品のあるボルドーの色のジャケットを着た初老の男性。


「初めましてみなさん。”眠たいラクダ”の案内係、トトです」

(関係者?見られてた?)

「こちらの食堂の損害は、ギルドが全てお支払いしますから安心してください」

ニコニコしている老人の背筋はピンと伸びていて、襟から覗く首は太い。彼も元冒険者だろう。


「あ、あちらのティエンスの彼はニコ君です。さっき森で拾ってきました」

ティエンス・・・という種族なのか、初めて見たな・・・。

「私は、リラ。さっきはありがとう、その・・・」

「オレは、ノーソンです。カブトレールの村から来ました」

握手をしたリラさんの手の平は、硬い。戦い方は違うが、戦士の手はすぐわかる。

その間に、トトはエルフに話しかけていた。

「司祭様は?」

「ヴェルメリオ=ロッソです」

「ほほう、キルヒアの司祭様ですか」

「まだまだ祭位には程遠いんですけどね」

「歓迎しますよ、ヴェルメリオ殿。癒しの魔法で、大切なギルドのメンバーを守ってください」


案内係のトトさんが、さあ行きましょうと、食堂の入り口へ誘う。

その向かいには冒険者ギルドがある。

いつの間にかオレは笑顔になって、感じたことのない高揚感に包まれていた。


そうか、冒険者になるんだ・・・。

憧れていた冒険者になれるんだ・・・。


入り口の扉が、少し眩しく見えた。

そんなことってあるだろうか。

(少し、浮かれてるなあ・・・)

苦笑しようとした、その時。

「あの〜、私シチュー被ったまんまです〜」

情けなく笑うヴェルメリオの顔。

そのあと、顔を見合わせたオレ達は一斉に笑った。

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