第5話 友達とLINEするのが夢だった
しばらく文化祭委員の雑務に追われながら過ごしていると、ある日委員長からまたメッセージが来た。どうやら次の日曜日に委員会全体の会議があるらしく、そこに出席してほしいとのことだった。
続いて、ミサキからもメッセージ。
ミサキ:ヤスくんは次の日曜ちゃんと空いてますか?
おれは慣れた手つきでオーケーのスタンプを送る。高校時代は友達がいなかったからラインなんてほとんど触らなかったし、親とのやりとりではスタンプなんか使うことはないから、こうしたコミュニケーションには自信がなかったが、ミサキとのメッセージでようやく慣れてきた感じがする。
おれもついに現実的にリア充になってきたか、あとは彼女だけだな、とほくそ笑んでいると、
ミサキ:昼過ぎの集まりですし、各自でご飯は済ませてから集まりましょ。
あれ、こういうのって少し前に集まって一緒に昼ごはん、の流れじゃないのか。
リア充ならそうだ。きっとそうだ。つまりおれは、
「まだリア充には遠いというのか……!」
ヤス:了解(サムズアップの絵文字)
おれは涙を流す顔文字と迷って打ち込んだその力強いサムズアップを見つめながら、心の中でだけ泣いていた。
だが、この敗北は無駄ではない。おれはこの挫折をバネにして、きっとリア充になってみせるのだ。
日曜はすぐにやってきた。といってもいつものようにダラダラと寝て起きてメシ食って煙草を吸ってを繰り返していただけだが。
結局のところ昼まで寝ていたおれは、食事をとらずに文化祭委員の会議の場所として指定された、共通校舎の大きな教室にやってきた。
「あ、ヤスくん。ちょっと遅刻」
「ごめん。校舎まちがえた」
「うそ、寝てたんですよね?」
「寝てました……」
ミサキはやれやれというふうに肩をすくめる。講義室にはすでにかなりの人数が集まっている。文化祭実行委員はなかでも講義室の前のほうに集まっており、学生側の席に座っているのは各サークルや団体の代表だと、ミサキは言った。
会議は粛々と進められた。踊らず、進んでいた。なかでもミスコンのプロモーションについての議題が出た際には、おれも興味津々だった。
委員長がSNSに文化祭委員の管理のもと公式アカウントを開設する案を出すと、全体が異議なくこれを議決した。おれはその管理者に立候補した。
「ミサキも一緒にやってくれないか?」
おれが手を合わせて頼むと、またもやれやれという顔で、ため息をつきながらも一緒に立候補してくれた。一人で責任ある仕事をやるのは心配だし、持つべきものは友達だな、と思った。
「ごはん、いっかい奢りですからね」
「喜んで奢ります」
心の底から本当に喜んで。
午後、ミスコンの公式アカウントの運営について、軽い打ち合わせを行うために委員室に向かった。
おれはほとんどSNSをやったことがなかった(友達がいないため)と知ると、ミサキはとうとう呆れて笑い出した。
「ミスコンの公式アカでツイッターデビューする人なんかいるんですね」
「おれもびっくりだよ」
「いやいや、笑い事じゃないですから」
自分が笑ってたくせに、とは言えない。
「しょーがないな、じゃあここでとりあえずアカウントつくっときましょうか」
「え、大丈夫なの? 金とかかかる?」
「無料ですよ。もしかしていまおじいちゃんにネット教えてるんですか私?」
「無料なんか。すげーなあ、おれなんかスマホ持ってるけどラインしかアプリ入ってないし、そのラインすらメッセージするのミサキぐらいだし」
ミサキはちょっと黙ってから、
「……なんか恥ずかしいからやめてくれません? ヤスさんに友達いないのはわかりましたから」
「わざわざ言うなよお!」
その場でアカウントのつくりかたを教わって、おれは自分のSNSアカウントをつくってみる。それぞれの機能や使用法を教わりながら、おれは感嘆していた。
こんなにおもしろそうなサービスが無料とは。
「これがツイッターですね。140文字くらいの短い文章とか写真を投稿できますよ」
「それはさすがに知ってるよ」
「無料で驚いてた人が偉そうにしないでくださいよ」
「ごめん」
例年通りならインスタとか別のSNSにもアカウント開設したいってミスコンの参加者から希望が出るらしくて、そっちの管理もいずれしなくちゃなんですからね、とミサキは言っていた。
「一応、まずはツイッターからやってみるよ」
「……じゃあ、一応フォローしときますか」
「なにを?」
「えー、私のアカウントですよっ」
なんかおれのSNSお前ばっかりだな、と言ったらミサキは何言ってんですか、とまた呆れていた。
友達がいなければツイッターも始めることはなかっただろうな、ありがとうミサキ。
おれのツイッターアカウントは知らぬ間に寮生に筒抜けになっており、なぜか翌日にはフォロワーが数人増えていた。
ギャンブル先輩のアカウントは知らないアイドルの顔写真で、毎日のスロットの収支だけを淡々と記入していくだけの怖すぎるものだった。
外国人寮長は無限に海外のネットミームをリツイートしていたし、バンド先輩はギターだかベースの写真がトップでおれにしてもつまんねえバンドマンのアカウントだな、と思った。
数日いじってみて、おれは完全にツイッターとやらのやりかたを理解した。もはやツイッター博士といって過言はない。
調子に乗って一日中あったことを逐一書き込み続けていたら、ミサキからツイートうるさいです、とメッセージが来た。
覚えたてなんだから仕方ないじゃないの。何事も始めた時が一番楽しいのである。
ふと寮のたまりで先輩たちとツイッターの話をしていたときに、開いていたバンド先輩のアカウントがおれたちの知っているそれとは違って、裏アカっぽい女の子とやりとりをしている内容が見えてドン引きしたこともあった。
「いや、あれはたまたま別のアカウントで持ってただけで……(なんの言い訳にもなってない)」
「アーッ!! 襲われる!!」
「バンド、お前の社会的立場はもうとっくに終わってんだよ」
「バンド先輩、ついに見損ないましたよ」
「いや、違うんだよ……」
バンドマンが性欲強いって本当だったんだ。男でも女でも見境なく食っちまうバンドマン先輩は、その日から寮内で恐れられるようになった。
そろそろ学区全体を苦しめていた夏の名残も勢いを弱め、残暑とかどこに行ったんザンショ、とかクソつまんねーことを口走ってボコボコにされる寮生がちらほら現れるころ。
おれとミサキはいよいよ本格的に始まった文化祭の準備でめちゃくちゃに忙しくしていた。
その日は文化祭に出店するサークル同士の内容が被ったり、出展する予定の場所がダブルブッキングしたりしていた問題の解決のために、おれたちは折衝に向かっていた。
「えーと、ですから、文化祭委員としてはあくまでサークル同士で平和に話し合って解決していただきたいわけでして……」
ミサキが困った様子で代表の二人に話をしている。
「そんなこと言われても、うちが先にたこ焼きやるっつったんだし、ステージの近くのあの場所を先に申請したのもうちだろ?」
と、テニサーAの代表。
「ちげえだろ、うちが先だったよ。つうか先とか後とか、そういうんじゃないじゃん。ここは公平に決めてもらわないと、うちだって困るんだよ」
と、テニサーBの代表。
お互いにテニスなんかしてないくせに(すごい偏見)同じテニスサークルを名乗り、飲み会とコンパだけでサークル戦国時代を生き抜いてきた代表だけあって、どちらも手強い様子だ。ていうかわざわざ同じ場所で同じもの売ろうとするなよ。仲良しかよ。
それにしても大学のテニサーってなんで複数あるんだろう。まとめちゃえばいいのに、とおれはぼーっと思っていた。
(ヤスさんっ、ちょっとは助けてくださいよ!)
(あ、ごめん)
おれはバトンタッチして二人に向き合った。
「あのー、うちの大学のテニサーってあなたたち二人の二つの団体だけなんですよね?」
「おう」
「そうだな」
二人は怪訝そうに頷く。
「じゃあ、二つのサークル合同でたこ焼き売るってことにしたらいいんじゃないですか? お客さんの側から考えても、ふたつ同じテニサーの同じたこ焼き屋があったらややこしいでしょ」
おれは何気なく言ったが、途端にミサキが噛み付いてくる。
(そんなんじゃ納得するわけないでしょ!? 向こうは前からずっとこの件で揉めてるんですよ、ていうかそんな提案、ずっと前に思いついてないわけが)
「おお、その手があったか!」
「確かに、サークル合同でやればシフトとかもだいぶ軽減できるしなあ」
二人のサークル代表は膝を打った。比喩とかではなくマジで膝を叩いていた。
それを聞いて、ミサキは唖然としている。
「ていうわけなんで、お二人は問題解決ってことで、場所は元の通りステージ脇で、出店内容はたこ焼きってことでいいっすかね」
「いいよ」
「一緒に頑張ろうぜ」
さっきまでの揉めかたが嘘のようにがっしり肩を組むふたり。体育会系はやっぱりたった数分前のことも覚えてないのだろうか(すごい偏見)。
「ええ……」
まだ納得できないという顔をしているミサキを連れて、おれはサークル棟を出た。
「よし。じゃあ、あのサークルの出店登録はふたつをひとつにまとめて、名義とかはあとから連絡して聞いておくから」
「……なんか、私自信なくしそうですよ、ヤスくん」
ミサキはどうしてか言う通り元気をなくしている。それではおれも悲しい。
「なんでだよ? ちゃんとまとまったじゃん?」
「ヤスくんって、ふつーに仕事できないわりに、ああいう……なんていうんでしょう、わがままな人たちをまとめるのだけ異様に得意ですよね」
「だけ、って言うなよ。仕事できないのは否定できないけどさ……うーん、毎日寮の先輩たちで慣れてるからかな」
「はあ、なんか、私自信なくしそうです。ヤスくん」
「二回言うな。意味が違ってくるから」
それにしたってミサキは、ああいう複数の意見がぶつかったり、要求がかち合ったりする現場が苦手なようだと、これまでの仕事でもおれは感じていた。
「今日はちょっと早いけど、仕事も残ってないですし、ご飯食べに行きましょっか」
「そだな」
おれとミサキはそう言って、大学の近くのファミレスに入った。夜遅くまでやっているので、委員は仕事終わりだいたいそこに行くのだ。
ミサキはスタイルもいいしすらっとしているが、その外見からは考えられない健啖家である。しかもその内容はほとんど肉料理で、毎度ファミレスに行くとハンバーグとステーキとか、ミックスグリルとチキンソテーとか、まさかの二プレート注文をやってのける。
「そんなこといわれたって、おいしいんだからしょうがないじゃないですか」
「まあ、そうだけどさ。それだけ食べてよく太らないなって」
「なっ! 失礼な! 女子に体重の話しちゃいけないってことぐらい保育園で習うでしょ!?」
「保育園では難しいだろ」
そうは言いつつ、ミサキのナイフとフォークは止まらない。ちょっと怒って見せたかと思えば、また肉を頬張って幸せそうにしている。
こういうところを見ている分にはこちらも食事がうまくなる気がするからいいのだが、初めて例の約束で飯を奢ったときには、ファミレスの安価な肉料理とはいえご飯のセットと合わせて、成人男性くらいガッツリ注文したから驚いた。
というかその時でも遠慮していたらしく、そのあと自費で一緒に食事に行ったときに、ふだんはもっと食べているのだと知ってもっと驚いた。
「お肉が活力なんです。私はお肉に元気をもらってるんですよ」
「まあ、確かに好きなもの食べると元気出るしな。肉自体もスタミナつくっていうし」
それにしても、うまそうに食べる女である。
「食べたぶんは運動したりして消費してるからいいんですよ。私だって一介の女子ですから、太らないように全力で努力してるんです」
「へえー、やっぱ女の子ってそういうもんなんだ」
「ま、たまにはサボりますけどね」
てへ、と笑った彼女の顔は肉のおかげか晴れやかで、仕事の疲れもすっかり吹き飛んだ様子だった。それからしばらく仕事の話とか、寮の話をしたり、ミサキのふだんの話をしたりしてから店を出た。
「なんかさ、唇が脂で光っててちょっとエロいからちゃんと拭けよ」
「サイテーですよ、ヤスさん」
ミサキはじとっとした目でおれを見ながら、慌ててハンカチで唇を拭いていた。
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