第35話 ああ、夏休み 後編


 久しぶりに見た守夜美月の姿に、俺は見とれてしまった。

 だって、普段の学校の制服や指定ジャージでも、魔法少女の姿でもない、完全に私服なんだ。

 それも、麦わら帽子がよく似合ってるし、真っ白なワンピースは涼しげで可愛い。


 妹らしき小さな女の子をあやしている姿も新鮮で、俺の脳内では、ついつい自分に子供ができた時の妄想まで繰り広げられたくらいだ。

 こんな真昼間から、こんなに尊いものを拝めるとは……


 子供の名前は何にしようかなぁ……?



「まさかファン様にこんなところでお会いできるなんて……あ、今はファン様とお呼びしない方がいいですよね?」

「あ、あぁ、好きなように呼んでくれて構わないよ……それより、ここで何を?」

「親戚の子たちのお世話を……。お盆なので遊びに来てまして……」


 さっきまでめちゃくちゃ泣いていた小さな女の子はすっかり泣き止んで、また噴水の方へ戻っていった。

 その子が他にも何人か小さい子たちが一緒に水で遊んでいる中に混じって、楽しそうにしている姿を、俺たちは近くのベンチに腰掛けて眺めている。


 偶然とはいえ、こうして守夜美月に会えたことは、本当に嬉しいことだ。

 それに久しぶりのせいか、なんだか少し気恥ずかしい。

 あの日、初めてキスをして以来なのだから、仕方がないか……


「ファン様はここで何を?」

「え、いや……その…………君に会いたくて————」


 俺が照れながらも素直にそう言うと、守夜美月も頬をポッと赤くした。



「そうでしたか……」

「……迷惑、だったかな?」

「いえ、そんな! 嬉しいです! 昨夜に続いて今日までお会いできるとは思っていなかったので……」


 ん?


「……昨夜?」

「はい。昨日一緒に撮った写真も、嬉しくて待ち受けにしているんですよ」


 ん??

 一緒に撮った写真???

 何を言ってるんだ??


「明後日の花火大会にも、一緒に行っていただけるんですよね? 私、デートってはじめてで……すっごく緊張してるんですけど……でも、すっごく楽しみなんです」


 明後日……?

 花火大会……???


 守夜美月の口から、次々と俺の知らない話しが出てくる。

 俺はずーっと紅家にいたから、守夜美月ど会ってもいないし、連絡もとってないのに……だ。


 待て待て落ち着け、俺。

 どうなってる?


「その、待ち受け見せてくれる?」

「えっ? はい、コレですけど」


 守夜美月が見せてくれた写真は、昨日、扇から送られてきたものと同じだった。

 この写真の仮面の男は、どこからどう見てもファン様になった俺だけど、俺じゃない!!

 昨日こんな写真なんて、撮ってない!!


 まさか————





 * * *



「扇、どういうことか説明してくれるか……?」


 俺は守夜美月から話を聞いたその足で、扇の家へ向かって問い詰めた。


「え、なんのこと? ってか、メースケ!! 久しぶりだなぁ!! もう家の事情ってやつは大丈夫なのか?」

「あぁ、もう俺の代わりにファン様はやらなくていい……大丈夫だ」


 扇には、俺が怪人族であることはもちろん言っていない。

 家の事情でしばらくできないから、代わりを頼んでいた。


 それが、どうしてこうなったのか……


「お前……守夜美月と…………写真撮ったのか?」

「あぁ、撮ったよ? 送っただろう?」


 やっぱり……!!


「じゃぁ、コレはお前なのか?」

「そうだって。どうしたんだよ? 何かまずかったか? 完璧にお前のフリして、ちゃんとファン様を演じたぞ? 守夜美月に手を握られた時は流石に焦ったけど、ちゃんと握り返しておいたし、不自然なことは何もないだろう? デートの約束だってしたんだから、褒めて欲しいくらいだよ」


 いや、それは確かに褒めるべきことだ。

 デートの約束は本当にありがたい。

 だけど、問題はそこじゃない。


「俺が聞きたいのは、そこじゃない!! どうして、こんなにお前の姿が俺にそっくりなんだって聞いてんだよ!!」


 扇には仮面とマントでファン様を演じてくれと頼んだけど、それがどうしてこんな瓜二つみたいなことになってるんだ!!

 扇と俺じゃ顔も体型も違うのに……!!


「あー……それか。だって、俺がこのままの姿でファン様になったって、魔法少女にはバレるかと思って……どうせやるなら、このくらいしないと。——ナイトパワーっ!!」


 そう叫ぶと、扇の体はキラキラしたたくさんの星に包み込まれる。


「は……!?」


 そして、星が消えると同時に、扇は俺になった。

 鏡に映したかのように、コピーしたかのように、俺になった。



「これがナイトの力だぜ? ちょっと使うときに叫ばなきゃいけないのが恥ずかしいんだけどさ……はははっ」



 笑い事じゃない。

 なんだその力。

 俺は、背中からタコ足が出るっていう気持ち悪い能力しかないのに……!!



 ————ってことは、守夜美月は完全に俺だと思ってこいつの手を???

 それに、もしも明後日のデートまでに俺が戻ってこなかったら、こいつ……俺の代わりに守夜美月とデートするつもりだったのか!!?


 ってことは、俺が妄想していたあんなことや、こんなことを扇が!?



「……扇、お前もう二度と俺の代わりにファン様はしなくていい」

「え? なんでだよ? 困ってるならいつでも助けてやるぜ? 親友!!」


 俺と全く同じ顔でウインクしてきた扇の顔面をぶん殴って、俺は帰った。

 背中からタコ足が、また出そうだったんだ。



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