第27話 ひらきなおる

 前回といい今回といい、この店の店員は絶妙な時機タイミングを見計らって料理を運んでくる。妙なところに感心しながら、ヴェラはノエルにどんな言葉をかけるかを必死に考えていた。


 ヴェラの正直な感想としては、千人殺そうがそこに赤子が混ざっていようが、それは命じた者の責任でありノエルの罪ではない。ノエルの父やその正妻、あとは監視兵中隊センティネルの上官の責任であるべきだ。だがノエルにそう言ったところで納得はすまい。というか、そんな理屈自体はノエルも承知しているだろう。


 恐らくノエルが欲しているのは罰だ。罪に見合った罰を受けない限り、許されないとでも考えているのだろう。だが呆れるほどに何も持っていないノエルにとって、罰となり得るのは己の死かヴェラとの別れくらいしか存在しない。だからヴェラからそのいずれかを与えられることを望んでいるのだろう。


 全くもって面倒な男である。手前勝手な屁理屈で自分を誤魔化すこともできないらしい。無意識のうちにヴェラに選択を委ねている辺りも質が悪い。母親代わりどころか神様の代理をさせられているではないか。


 ヴェラとしてはノエルに死なれるのも別れるのも真っ平だ。ヴェラにとって良いことが何もない。それに何もかもをヴェラに預けてしまおうとする態度にも苛立ちが募る。甘えられるのは構わないが、思考を放棄するのは許さない。ヴェラが惚れたのは人形ではないのだ。


「なあノエル。一つお願いがあんねんけど」


「……なんでしょう?」


 何かを恐れるように、また同時に期待するようにヴェラの言葉を促すノエル。きっとヴェラから別れを切り出されるとでも思っているのだろう。だがヴェラにはそんなわかりやすい女になってやるつもりはない。


「今回引き上げた銃やねんけどな、使さかい使い方教えて?」


「……はい?」


 予想を完全に外した内容を強請ねだられ、呆けた表情になるノエル。だがヴェラの口からは次々と物騒な単語が吐き出され続ける。


「ノエルの悩みの種を作った連中を片っ端からぶっ殺してくるさかい、銃の上手な使い方教えてんか。まあ教えてくれへんのやったら適当にやるけど」


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください! なんでそうなるんですか!」


「なんでて、ムカついたからに決まってるやん。他に何があるんよ」


「ええぇ……、そんな当たり前のように言われても……」


 先ほどまでの深刻な空気はどこへやら。場の空気は完全に弛緩してしまい、罪だの罰だのという雰囲気ではなくなってしまった。


「あんなぁ。ノエルがウチにどんな夢見てるんか知らんけど、ウチにとってノエル以外のモンの命なんか軽いねん。誰がなんぼ死んでも知ったこっちゃあらへん。ノエルが生きていくんに邪魔になるようなモンはなおさらや」


 滅茶苦茶である。法も倫理もあったものではない。いかに刹那的な性格傾向のあるハーフリングといえど、本気で言っているのであれば振っ切れ過ぎだ。だからきっと一時の激情で口にしていると信じたいのだが、ヴェラの目はあまりにも迷いが無さ過ぎた。


「そういう問題では……ないと……」


「そういう問題や。そういう問題にすんねん。どうせノエルが何をどう償ったところで、死んだモンは生き返れへん。命令した奴らが生きとんねんから、恨みが晴れて浮かばれもせえへん。そんなしょうもないもん償ってなんになんねん」


「……」


「なあノエル。ウチは別にノエルが人殺しでも童女嗜好ロリコンでも犯罪者でも気にせえへんで? ウチも人殺しになるからお揃いやしな」


 物騒すぎるお揃いである。まるで服の意匠デザインを揃えるように軽く言うところが更に恐ろしい。なにしろ目を見れば本気で言っているのが嫌でもわかるのだ。これが恐ろしくないわけがない。


「やめてください。ヴェラがそんなことをする必要はありません」


「必要やからやるんと違うで? 言うたやろ。ノエルを苦しめた奴がムカつくからぶっ殺すねん。すんねん。ノエルの意見なんか聞いてへん」


 もうどうすればいいのか。何を言えばヴェラが止まるのか、ノエルにはさっぱりわからない。ヴェラが宣言通りの行動をしたとして、伯爵と伯爵夫人、それに高位軍人を殺すのは不可能だろう。途中で返り討ちが関の山だ。だがそんなことはヴェラも間違いなく承知している。不可能だからという理由ではきっと止まらない。


 ならばどうすればいいのか。思考が行き詰ってしまったノエルに対し、やっとヴェラから提示された解決策は、だがどこまでも突き抜けていた。


「止めたいん? そやったら。ノエルが生きてウチのこと愛してくれてる間は、無茶なことはせえへんて約束するから。けどで」


 死んで欲しくないなら生きろ。ノエルの罪のためでなく、ヴェラの命のために生きろ。そう突きつけられてしまった。利己的で刹那的で横暴な脅迫。ノエルの悩みは何一つ解決していない。それなのに、あるいはそれ故に、あまりにも……愛おしい。


 返す言葉が見つからない。言葉がないので、役立たずの口には別の役目を果たさせる。腕の中の愛しい女神に口づけながら、ノエルは誓った。もう悩まないと。己の心に素直に生きると。


 この日より、ノエルという人物は完全に開き直ってしまったのである。




 深夜、とある宿屋にて。


「なぁ、ちょっと休憩にせぇへん?」


「ああ辛かったですか? 少し休みましょう」


「そうしてくれる? つかな、丁寧にしてくれてんのはようわかるんやけど、これはむしろねちこい言うんちゃうか?」


「いったい誰と比べてるんですか」


「ヤキモチ焼かんの。他の男なんか知らんから安心しい。そうやのうて、ウチのご近所の花売りのお姉さんら、お仕事んときこんな長いこと頑張ってへんで」


「ああなるほど。正直その、あんまりにも可愛いから理性が跳びそうなんですよ。それを必死に抑えた結果なんで、どうしようもないですね」


「アホォ。恥ずかしこと言わんといて。てかそれだけやのうて、あんたどんだけ体力あるねん。身ぃもたんわ」


「いやほら、身体が軽いせいか可愛すぎるせいか、全然疲れないんですよ。たぶん朝まででもいけますねこれは」


「むり。やめて。死ぬ。なんなん、ウチのこと壊す気なん?」


「まあ明日は休みにしてますし、壊れる直前まではありかな、と。ほらね」


「なんやそれ元気過ぎやろ。ほんま堪忍してぇな」


「まあその、には自信があるもので」


「それおもんない。あ、嘘うそ。おもろかった。うん、おもろかった。なあ怒らんといてぇな。せめてあとちょっと休ませんんんーーー!」

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