第25話 ひろいもの

 3人が船の慣熟訓練を始めて3日目。今日は朝からヴェラの様子が大変なことになっていた。


「いよいよや。いよいよ今日は沖に出るで。初めての潜水作業サルベージや!」


 そう、ヴェラにとって待望の宝探しの初日なのである。普通に考えて初挑戦で大きな成果があがるとは考えにくいとはいえ、ヴェラのここまでの長い道のりを考えれば舞い上がるのも無理からぬことだろう。


「装備の点検も終わってます。全て問題ありません」


「船の整備も完璧だよ。いつでもいける」


 もちろんノエルとしてはヴェラの喜ぶ顔が見たいという理由でやる気は十分であるし、ローザも技術者として何か興味深い物を見られるかも知れないという期待感がある。結局のところ、多かれ少なかれ3人共浮かれているのであった。


 大会に向けての訓練をそっちのけにしている感もあるが、実のところ訓練が順調だからこそこれほど早く宝探しが実現しているのだ。


 ローザは水嫌いを克服とまではいかなくとも、操船に影響しない程度までは平静を保てるようになった。ノエルは初めての操船で癖の強い船を扱っているにもかかわらず、ヴェラやローザが驚くほど吸収が早い。最高速度での操船にはまだまだ不安があるものの、巡行速度であればもはやなんの問題もなく操船できていた。


 ちなみにヴェラは一応この船の操船感覚を身につけるべく挑戦はしたのだが、腕力の不足から操船不能という事実を確認しただけに終わっている。これは予想通りの結果なので別に問題ではない。


「ほなさっそく出航しよか。ずーっと前から目ぇつけてた海域があんねん」


「今日はまだ不慣れですし、あまり陸から離れた海域は避けてください」


「大丈夫や、今日の目標海域はそんな遠くやあれへん。というか、潜水屋はあんまり沖合に行ってもしゃあないねん。潜水装備の深度限界があるよってな」


「ああ、言われてみればそれはそうですよね。うっかりしてました」


 この世界は過去3回に渡って大規模な沈没災害を起こしている。その大災害は海嘯と呼ばれており、それぞれ第一次、第二次、第三次と区別されていた。発災の度に広大な大地が海底に没しているため、第三次まで存在していた都市などはまだ水深が浅い場所にあるが、それ以前の都市が存在する海域は水深が深すぎる。


 一般的に古い都市ほど優れた錬金術によって作成された古代遺物アーティファクトが残っていると言われているのだが、そこまで到達する手段がない。厳密にはそれを可能とする潜水装備も存在しているらしいが、そんなものは帝国政府が確保してしまうので、市場に出回ることはありえないだろう。


 そのようなわけで、一般的な潜水屋はさほど沖合には行かないのである。


「今から行くんは、近場のわりに他の潜水屋があんまり行けへん海域やねん。まあ期待しといて」


「そんな海域、この辺にあったかねぇ?」


 ローザの疑問を置き去りに、港を出た『知られざる英雄号』は大した時間をかけずに目標海域に到達した。ノエルの操船技術もさることながら、ヴェラが風の加護を駆使して上手く追い風を捉えたからだ。


「ええやんええやん、いい感じに腕上がって来てるやん。さすがノエル、ウチの見込んだ通りや」


「それは船長の指導が良いからですよ」


「船の上で惚気んのは止めな! 逃げ場がないんだよこっちは!」


 ヴェラとノエルのやり取りに、ローザが顔をしかめながら抗議する。ここ数日で慣れてはきたものの、独り身には目と耳に毒だ。


 ローザの怒気がこれ以上膨れ上がらないよう、ヴェラとノエルは慌てて潜水装備を装着し始めた。




 ヴェラと共に赴いた海中は、確かに穴場だった。この海域は特に水深が浅く、さらに巨岩のような建造物が幾棟も乱立している。なるほどこれでは小型船でなければ座礁の危険があるので、規模の大きな潜水サルベージ屋ほど近寄らないだろう。


 だがそれ以上にノエルの目を引いたのは、建造物に引っかかるように擱座した沈没船だ。もちろん、古代の物ではない。恐らく無理にこの海域に侵入して座礁した船だろう。ヴェラの狙いは沈んだ古代遺物だけでなく、沈没船の積荷も含まれているらしい。


 ふとヴェラを見ると、ノエルの方に身体を向けて両手を腰に当てている。水中用の防水覆面のせいで表情はわからないが、おそらく得意満面ドヤ顔であろう。それくらいは見えなくてもわかるようになった。


 そのままヴェラが手信号ハンドサインで沈没船への移動を指示してくる。今回はヴェラの指示で動くと前もって決めていたので、ノエルは指示に従ってヴェラと共に沈没船へ向かった。古代都市も気にはなるが、沈没船のほうが捜索範囲が狭いので先に片付けるつもりなのだろう。


 その後沈没船からは金貨がいくらか見つかった。他の貨幣は錆びて使い物にならない状態だったし、それ以外の道具類も同様だ。だが初めての潜水作業で成果が上がっただけでも儲けものだろう。二人は一旦船に戻り休憩を取ることにした。


「へっへー、狙い通りや。これで目の前の生活を切り詰める必要はのうなったわ」


「一回目でしっかり獲物を持ち帰るなんざ、大したもんだよ。さすがだね」


 ローザが手放しでヴェラの成果を讃える。実は回収物から上がった収益のうち、三分の一はローザの取り分ということで話がついているのだ。それはローザもヴェラを褒めちぎるであろう。ヴェラたちが値打ち物を回収すればするほど、コーベット工房の倒産が遠のくのだから。


 とはいえ元々ヴェラはお調子者揃いのハーフリングである。褒められて嬉しくないわけがない。鼻息も荒く何度も頷くと、休憩もそこそこにノエルを連れて今度は古代都市の捜索を開始したのである。




 古代都市の捜索は範囲が広かったため、ヴェラは建造物に狙いを定めて捜索に取り掛かった。内部への侵入に手間取ったものの、一度浮上した後の再挑戦で侵入に成功する。ここでヴェラたちは古代の貨幣といくつかの古代遺物を発見した。貨幣はもちろん先ほどと同じく金貨だけを回収したのだが、ここで問題になったのは古代遺物のほうだ。非常に取り扱いの面倒な物が含まれていたのである。


 それは潜水装備と同じく時折見つかる、古代遺物としてはありふれた物だ。一般的にもその存在はよく知られている。だが強力な武器であるため、発見したならば必ず憲兵隊に引き渡すよう法律で定められているものなのだ。正式に所持しているのは、特別な許可を受けた軍人である監視兵中隊の隊員だけである。


 すなわちノエルにとって馴染み深い『銃』が見つかったのだ。

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