帰宅

 こうして私たちはおばさん公認の恋人になって家に帰ってきた。


「はー……何だか、疲れたね」


 あの話し合いのあと、おばさんも二人の生活がどうなのかとかいっぱい聞いてくるし、なんだかちょっと気まずい気もして、トイレに行って気持ちを切り替えてからほどほどに切り上げさせてもらった。

 荷物を置いて、洗濯物をセットしてから腰をおろした私に、同じく座った理沙ちゃんは息を吐きながら頷いた。


「うん……でも、よかった。春ちゃんはああ言ってたけど、やっぱり、隠すのは限界があったし」

「む。そう言うけど、普通に反対されてたでしょ」

「それはそうだけど……でも、隠したいことではなかったから。反対されても、それはそれで、別に、関係ないし」

「ないわけないんだよねぇ」


 おばさんに反対されたらどうなると思ってるの。いや私もよくわからないけど、おばさんが本気になったら私と理沙ちゃんを引き裂くくらいわけないでしょ。どうしてそこそんなに自信満々なの。


「えっと……まあ、でも、結果オーライ、だよね?」

「まあそうだけど」


 それは否定しないし、理沙ちゃんが積極的にばらしたわけでもない。だから怒る要素とかゼロなんだけど、なんだろう、この楽天的すぎる態度はちょっとイラッとする。

 だってあの反対されてるの聞いてる時、私めちゃくちゃ絶望してたし、ものすごい冷や汗書いちゃって心臓痛かったし。いやまあ、そこから救ってくれたのも、理沙ちゃんなんだけどさぁ。そーゆーとこが好きすぎるんだけどさぁ。


「あの、まあ、その……ありがとね。その、嬉しかったよ。理沙ちゃんが、信じるって言ってくれたこと」

「ん……な、なんだか、恥ずかしくなってきた。春ちゃんに聞かれてると思ってなかったから……」

「そ、ご、ごめんね。勝手に聞いて」


 恥ずかしいことなんてないセリフだと思うし、なにより、そう言う意味でなら理沙ちゃんは普段からもっと恥ずかしいこと言ってると思うんだけど。でも盗み聞きしたのは事実なので謝る。

 理沙ちゃんはほんのり照れて赤くなったまま頬を掻いて視線を泳がせてから、私を見てそっと私の手を取った。


「ううん。春ちゃんになら、恥ずかしいけど何を聞かれても平気だよ。春ちゃんに隠すものなんて何にもないよ」

「……お、大人の癖に、なんで理沙ちゃんはこう……そうなのかなぁもう」

「え? えっと、駄目だった?」


 思わず手を離してしまいそうになる私に、理沙ちゃんは戸惑ったように首をかしげる。


 大人なのに何もかも、恥ずかしげもなくさらけ出してしまう理沙ちゃん。恥ずかしいことも、恥ずかしいまま素直に伝えてくる。そんなまっすぐな理沙ちゃんを前にすると、ついつい私は固くなってしまう。

 だけどこれじゃ駄目だ。理沙ちゃんには固くなって自分を守る必要なんてないんだから。私も同じように素直になりたい。自分の全部、柔らかいところを見せたって、理沙ちゃんは私を傷つけないんだから。


「だ、駄目じゃない……むしろ、好き」

「そ、そっか……嬉しい。」


 とられた手をかえして握り返して気持ちを伝えると、理沙ちゃんははにかみながら目をそらさないまま微笑んでぎゅっと握りこんでくれる。その強さは優しくて、嬉しい。


「……」


 そのまましばらく見つめ合っていると、何だかドキドキがむずがゆくなって、落ち着かなくなってきてしまう。私は握った手はそのまま下して、あのさ、と話題を変えることにする。


「あのさ。今度、理沙ちゃんの誕生日があるでしょ? その……お誕生日、何か希望ある?」


 お祝いしてあげたい。ううん。私がお祝いしたい。理沙ちゃんが生まれてきたことにお礼を言いたくて、理沙ちゃんが傍に存在してくれることをお祝いしたい。

 だから色々考えてみたんだけど、私にしてあげられることはほとんどない。理沙ちゃんが好きな料理を作って、お誕生日会をするくらいしか思いつかない。お小遣いはあるって言っても、お金持ちの理沙ちゃんに買ってあげられるほどじゃないし、そもそも何が欲しいかもわからない。だからサプライズは諦めて、素直に聞くことにした。


「希望……えっと、春ちゃんがしてくれるなら、なんでもいいよ」

「してくれる? 物理的な物より、こう、肩叩き券みたいみたいな方がいいってこと? あ、一日お姫様扱いするとか?」

「あっ、う、うん。そう、そう。物とか、お金かけるの、申し訳ないし、特に、欲しいもの、ないから」

「なるほど。じゃあプレゼントはそれとして、お料理とかは?」

「あー、春ちゃんが作ってくれたものは世界一美味しいし、何でも好きだよ。好きだけど、こういうイベントの時は外食にしない? あー、たまにはハンバーガーも食べたくなるし」

「うーん、なるほどねぇ」


 逆に、お誕生日にしたらハンバーガーってどうなのって思わなくもないけど、でも私がいくらつくってもお店と同じ味になるわけじゃないし、チープな味がたまにおいしいってのはわかる。駄菓子もたまに食べると美味しいもんね。

 だからそんなに気を使って言わなくても、理沙ちゃんの誕生日なんだから普通に言ってくれていいのに。私そんなに怖いかなぁ?


「じゃあ、当日はデートでハンバーガー食べて、一日理沙ちゃんをお姫様エスコートしてあげて、晩御飯はいつも通り家で食べるのはどう?」

「え、あ、あの、お姫様扱いって言うのは、春ちゃんが言った例えで、私がしてほしいってことじゃないよ」

「あ、違った?」

「うん。外でそう言うことされるのは恥ずかしいよ」


 戸惑ったようにストップがかけられたけど、外で恥ずかしいってことは家の中でされたいってことなのかな? 前に私の手にキスしてくれる時も、ノリよく騎士ごっこみたいにしてたから、そう言うファンタジーなごっこ遊び系、好きなのは好きなんだよね?

 大人だから恥ずかしいのかも知れないけど、そんなの二人きりなら気にすることないもんね。


「じゃあ、家の中でしようか」

「あ、あー……うん」


 私の提案に理沙ちゃんはちょっとはにかみながら頷いた。やっぱりそう言うの好きなんだね。


「お姫様以外でもいいよ」

「え、えっと……じゃあ、春ちゃんがお姫様がいい、かな」

「えっ、私?」

「うん。春ちゃんがしたいならお姫様役をしてもいいけど、やっぱり私の中でお姫様は春ちゃんだから」


 あ、あれ? 理沙ちゃんじゃなくて私がやりたいと思われてる? あ、これお互いに勘違いしてるな。お姫様扱いされること自体は恥ずかしいけど正直満更でもない。でも理沙ちゃんの誕生日なんだから、それはおかしいよね。


「私は理沙ちゃんがそう言うごっこ遊びが好きなのかと思って提案しただけだから、理沙ちゃんが特別扱いされて楽しめないなら、お誕生日にする必要ないよ。理沙ちゃんの日なんだから」

「……あの、ほんとになんでも希望していいの?」

「え、まあ、私にできることなら」

「……じゃあ、あの、春ちゃんのこと、すごく可愛がりたいんだけど、いいかな?」

「んー? 普通に、前から可愛がってもらってると思うけど」


 恋人になる前から理沙ちゃんにはすごくよくしてもらってた。それって可愛がってるってことだよね? 恋人になってからのいちゃいちゃは可愛がってるとはまた言い方別のはずだし。


「その……春ちゃんのこと、昔から好きだったって、言ったでしょ?」

「あ、うん」

「でも、その、嫌われたくないから大人しくしてたけど……ほんとは、小さい春ちゃんのお世話を焼いたりとか、ずっと、したいなって思ってたんだ。なんでもいいなら、その、そう言う感じで、可愛がりたいなって」


 小さい子みたいに可愛がりたいってこと? ……うーん? よくわかんないな。小さい子を可愛がるのと、今の私への可愛がり、違うのかな? 私今も子供だし、例えば頭をなでられるとか、手を繋ぐとかそう言うのしか思いつかないけど、恋人になってから普通にしてるよね。

 まあでも、理沙ちゃんがしたいなら付き合えばいいよね。家の中なら問題ないし。


「いいよ。じゃあお昼だけ買ってきて、お家でゆっくりしよっか。あー、なんか普通っぽいけど。あ、ケーキは買おう。何が好き?」


 折角のお誕生日。初めてお誕生日会でしっかりお祝いするんだから、なにか思い出に残るような特別なことをしてあげたい。と言う気持ちだけはあるけど、特にこれと言ったものが思いつかない。

 ケーキは当然買うし、普段食べないから特別は特別だけど、うーん。何か特別なことないかなぁ。


「んー、チーズケーキ、かな。春ちゃんは?」

「私は断然、イチゴののったショートケーキ」

「春ちゃんイチゴ好きだもんね」

「うん。好き。可愛いし美味しいよね」


 そう言えば私も食べられるんだよね。楽しみ。うーん。……まあ、考えてもすぐには思いつかないし、とりあえずプレゼント用意しようかな。理沙ちゃんの希望を叶えるって言って、私がお世話されるならあんまりプレゼントっぽくないし。

 特別喜ぶものじゃなくても、こう、記念品みたいな感じでもいいし、日用品とかで何か探してみようかな。


「せっかくだし、当日するとして。あ、そう言えば理沙ちゃん、お仕事してるのしか見ないけど、夏休みの宿題はしてるの?」

「え、あぁ、大学に夏休みの宿題はないよ」

「えっ? そうなの?」

「うん。うーん、なんていうか、習う授業ごとに先生が違って、前期が終わると後期はまた一から別の先生から習う、って形だから、継続して同じ先生から習わないから、宿題はない。って言ったら納得できる?」

「なんとなく」


 小学校は基本担任の先生が教えてくれるから、夏休みの前も後もずっと同じ先生で宿題のチェックもできるけど、夏休みの後で担任が変わるし教えることも変わるから、宿題はないって考えたら、理屈はわかるかな。


「春ちゃんこそ、宿題はどのくらいできてるの? その、私でよかったら、いつでも教える、よ?」

「ほとんどできてるけど、読書感想文はまだ手付かずなんだよね。おすすめの本ある?」


 この日はなんだか疲れたし、おばさんが色々くれたので夕食を済ませるから、理沙ちゃんと手を繋いだままだらだらお話した。

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