名は体ではなく性格を表す
【ファルス城・大広間】
…正面を向いているだけでは視界に入りきれない、広くも豪華な一室に、その男はいた。
──森と湖の国ファルスの王にして、リックの父親。
彼はリックと同じ紅髪紅眼を有し、息子同様に長い髪を、結い下ろす形でまとめていた。
玉座に腰を落ち着け、紅眼でこちらをじっと見据えるその様相には、無言でありながらも、滲み出る相応の威厳と誇りが感じられた。
それに臆することもなく、リックは怖いもの知らずに口を開く。
「よく、俺が帰って来てるって分かったな、親父」
「…その、人を小馬鹿にしたような口調は相変わらずだな。馬鹿息子」
口元に笑みすら浮かべた余裕の切り返しに、自然、リックの眉が寄った。
「…俺はそれって、完全に親父似だと思うんだが」
この息子の言い分に、親であり王でもあるファルスの実力者は、軽く頬杖をついた。
「ふん、まあいい。それにしても、今日はまた、随分と珍しい客を連れているな」
「ああ、シグマとライムの事か?」
「そうだ。…もっとも、ライムとかいう娘の事は、その父親から聞いて、知っている。お転婆だとか、口が悪いだとかな」
「…何を言ったんだ、あんのバカ親父っ…!」
眉間に皺を寄せ、こめかみを引きつらせながらライムが拳を固める。
するとファルス王はシグマの方へと目を移し、口元に歓迎の笑みを浮かべた。
「それにしても、もう一人の客にも驚いたぞ。…久しぶりだな──シグマ皇子」
「!えっ…!?」
……今、
何と言った?
シグマ…皇…
“皇子”!?
…誰が…
シグマ…が!?
「…ええ、本当に久しぶりですね、ファルス王。お元気そうで何よりです」
シグマは否定することもなく、ファルス王へ屈託なく微笑む。
一国の王へと向けたシグマの親しげな笑みを目の当たりにしたライムは、いよいよ唖然となった。
対して、ファルスの王はその笑みを悪戯っぽいものへと変える。
「この受け答えの上品さから見ても…やはりシグマ皇子の方が利発そうだな」
「自分の息子がいる前でそれを言うか? 普通…」
リックがどんよりとした面持ちで顔を引きつらせる。
その時ライムは、ようやく我に返ることを許された。
「!ちょ…、ちょっと待った、リック!」
「はいよ、一体何ですかね…と言いたい所だがな──お前の言いたい事は分かってる」
「何だと思う?」
ライムが興味も露に、上目遣いに問う。
「…何で、シグマが皇子って呼ばれてるのか、って事だろ?」
もはやライムの性格をきっちりと把握したらしいリックは、それでも後が分かっていることから、ちらりと横目ぎみに返す。
すると案の定、ライムはびしりとリックに人差し指を向けた。
「ご明察! …さて、どういうこと?
具体的に分かりやすく、かつ、明朗にそして流暢に! 説明してちょうだい!」
それに圧されたリックは、一時怯んだものの、片手で文字通りのライムの指摘した指を下ろした。
「はいはい…面倒くせぇ注文だが、どっちみちバレちまったのは同じだし、まあいいか…。
実はな、奴はあの、軍事帝国ウインダムズの皇子なんだ」
……へ?
ウインダムズ…って。
あの、軍事帝国ウインダムズの──
皇子っ!?
「!えぇぇぇぇぇえぇっ!? だってシグマ、自分の名前を名乗る時に、“シグマ=ライアット”って言ってたわよ!?」
「ああ…、ライアットは奴の祖母、つまりウインダムズ皇太后の旧姓なんだ。だから、奴の本名は、シグマ=ウインダムズって言う訳だ」
自らの知り得る知識を淡々と話すリックの説明を聞きながら、ライムは何だかむかむかと腹が立ってきた。
シグマとリック、二人が二人とも身分を偽って…というよりまともに明かすこともなく、こうして他からの介入により判明している。
つまり…馬鹿正直に身分を答えたのは、自分ひとりではないか。
「…何なの…? 当のリックよりも、シグマの方が大嘘つきだったなんて…!
──ちょっとシグマっ! 今度という今度は、もう怒ったわよっ! いくら皇子だろうが何だろうが、ついていい嘘とダメな嘘があるでしょ!?」
ライムは憤りのあまり、再び拳を固めて力説する。
その様子を傍らで見ていたファルス王が、軽く嘆息した。
「全く…本当に口の悪い娘だな。我が息子と五分だ」
「!ぐっ… ち、違あうっ! ──問題がすり変わってる!
シグマっ! しつこいようだけど今度こそ白状してよね!」
「…分かった」
シグマはもはや溜め息混じりだ。
…今更はぐらかしたところで追求は免れないだろうし、今のこのテンション高いライムの追随から逃れるには、どちらにせよ正直に吐くしかない。
案の定、ライムはきらきらと目を輝かせた。
「あら、妙に素直ね! いい傾向だわ」
…やはりシグマは何だか釈然としない。
「別に嘘をつく気はなかったんだが…大体のことは、リックの言った通りだ。
俺はウインダムズの第一皇子で、皇家に伝承されているドラゴンを継承した、ドラゴンマスターだ。…強いて挙げるなら、そんな所か」
さらりと話すシグマに、歳月が経ってもその内面は変わらないと思いつつも、ファルス王が付け加える。
「つまり、そのドラゴン──クレアを連れ歩いていれば、彼はそれだけで自然に、ウインダムズ皇家の人間であるという事を周囲に証明している…という事になる訳だな」
…“もっとも、王族にしか分からないだろうが”…
そう言いかけたファルス王の言葉は、不意に飲み込まれた。
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