第10話 僕が僕であるために-10
千津子と優子は、なるべく見通しの悪い沿道を選んで走り続けた。右に左にできるだけ複雑な道を選んだつもりだったが、うっかり広い道に出たときに遠くで「いたぞ」という声が響いた。千津子は、優子をグラウンドの方へ促した。もしかしたら、大島がいるかもしれない。助けてくれるかもしれない。そうしたら、優子に大島のことを説明しやすいという打算もあった。
しかし、グラウンドには、スケボーをしている少年たち以外に誰もいなかった。千津子はがっかりしている間もなく、追い掛けてくる不良を恐れて優子に一塁側のベンチから藤棚の下を抜けて、公園を出ようと言った。優子もそれに同意して、すぐに走り出した。鞄を放り出してでもとにかく逃げないと、と思った優子は、植え込みのひとつに鞄を押し込んで隠して、千津子にもそうするように言った。千津子はすでに沿道を抜けて、道路に飛び出そうとした。優子の声に気づいた千津子は一瞬振り返った。その時、軽トラックが千津子の背後に迫っていた。
急ブレーキの音とともにドシンという鈍い音が響いて、千津子は倒れた。
優子は、道路に出て、呆然としたまま、倒れている千津子の傍らに立ち尽くしてしまった。
救急車のサイレンが鳴り響き、大島ははっと振り返った。赤いランプを回転させながら白い車は大島の横を走り抜けた。大島は肩に乗せた子猫が驚いて飛び出さないように押さえながら、それを見送った。そして、ゆっくりと緑ヶ丘学園に向かった。
案外賑やかな病院の廊下を曲がると、病室の前の長椅子にうずくまるように座っている優子を見つけた。駆け抜ける子供たちを交わしながら、静かに近づいて、大島は、驚かさないように声を掛けた。優子はゆっくりと顔を上げて、はっと目を見開いた。しかし、大島の笑みを見た時、今日一日感じていた大島への恐怖が消えてしまった。
「あの子は、大丈夫?」
「…うん。今麻酔で眠ってるけど、打撲だけで命には別状ないって」
「よかった」
「……あの、どうして、ここが?」
「…どうしても言っておきたいことがあって、それで、学校に行ったんだ。そしたら、車に撥ねられたって聞いたんで」
「あ、…ありがとう。きっと、チーコも喜ぶわ」
「だといいけど」
「え?」
「でも、どうしてこんなことになったの?」
「あいつらなの、あの、あなたが一緒にいた、あいつらが」
「あいつら?」
「あいつらが、ゲームだ、狩りだ、って追い掛けてきて」
「…あいつら。城西の前田か?」
「名前は知らない。あたしたち、あいつらが恐喝やってるとこ目撃して、それで追い掛けられていたときに、あなたに助けられたの。その続きのつもりだったみたい…」
「まさか」
「それで、追い掛けられて、逃げようとして、公園の外に出たとき、車が来て…」
大島の表情に影が浮かんできたのを察して、優子は言葉を失った。優子は恐怖を感じていた。大島はすっと背を向けると、その場を立ち去った。優子は何も言えず見送るだけだった。
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