第5話 僕が僕であるために-5
練習を早々に終えて、やはり城山は約束の場所に行くと言った。周りのみんなが止めても、今度はみんなに迷惑が掛かるかもしれないから、と言って聞き入れなかった。そこで、火浦と坂井と風見が付き添って、四人で行くことにした。
その後の結末を小池が知ったのは、夜随分遅く掛かってきた電話からだった。
小池は、同じ1年の篠田から電話をもらった。篠田の声は、大きく初めははっきりと聞き取れなかった。
「城山さんと火浦さんが、入院した」
「よくわからないんだけど」と説明を始めた篠田の言葉では、約束の場所に行くと例の不良の四人が待っていた。そして、一番背の高い学生と城山がケンカを始めた。あの怒鳴っていた不良ではなく、おとなしそうな背の高い男だった。しかし、その男は一瞬で城山を叩きのめしてしまった。唖然とする間に、男は倒れている城山の左腕をねじ上げて、へし折った。絶叫が響くと、火が点いたように火浦が飛び掛かった、しかし、それもあっけなく叩きのめされ、止めようとした坂井も失神させられた。風見は慌てて学校に戻り、先生を呼んで戻ったが、もう四人の不良の姿は見えず、呻き伏している城山と火浦と、失神している坂井の姿があった。
朝早く学校に来て、顧問の吉田先生に訊くと城山と火浦はしばらく入院が必要で、坂井は頭を強く打ったので今日精密検査を受けて様子を見るということだった。
「風見先輩がさぁ、言ってたんだけど、バケモンみたいな強さだったって」
―――あの人?
千津子は上の空で聞いていた。
「あっという間に、城山さん叩きのめして、抵抗できないほどにボコボコにした後、あっさり左腕を逆手に捩じって、へし折ったんだって」
―――こわい。
「体もデカイし、どっかの高校生の、空手か柔道でもやってるやつじゃないかって」
―――やっぱり、大島さん?
「その後、火浦さんも簡単に投げ飛ばされて、それでも向かっていったら、あっさり叩きのめされて」
―――…こわい。
「あのガタイのゴツイ坂井さんまで、振り回されて、頭打ってさ」
―――ほんとに、あの人?
「鬼みたいだったって」
―――……。
「卑怯かなって思ったけど、怖くて、それに自分もやられると、この後どうなるかわかんなから、そこから逃げ出して、先生呼びに行ったんだって」
―――……。
「でも、走ってる途中、後ろから追ってくるんじゃないかって、怖かったって。鬼かやまんばみたいに」
―――……うそ。
「世の中にはあんなバケモノがいるんだって、あの陽気な風見さんが言ってたくらいだから、よっぽど怖かったんだろ」
「うそ」
ぽつりと千津子はそう口にした。しかし、優子以外誰も気づかなかった。優子ははっとして千津子を見た。それだけだった。千津子も優子が自分を見ていることに気づかなかった。小池はどこか得意気に話しているようにも見えた。それが、千津子に、生まれて初めて、怒り、という感情を抱かせていた。しかし、千津子自信その感情が何なのかわかっていなかった。ただ、うそ、と、もう一度、呟いただけだった。優子がすっと千津子を抱き寄せた。その時初めて千津子は優子が自分を見ていたことに気づいた。
予鈴が鳴って、1時間目の先生が入ってきた。みんな散り散りに自分の席に戻った。たった今まで騒いでいた反動か、なぜかいつもより静寂に包まれた状態で授業が始まった。隣の優子が千津子を見た。千津子の顔は蒼白だった。千津子は虚ろだった。優子は、目を背けることもできずに千津子を見ていた。
「おい、石川、よそ見するな」
先生から注意が飛び、教室が笑いに包まれた。すみません、と言いながら一旦黒板を見たが、また千津子の事が気になって盗み見た。千津子は教科書も開かずにじっとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます