第2話 僕が僕であるために-2

 安堵の表情で手を取り合う少女たちを気にすることもなく、男は足元にまとわりつく子猫を抱き上げ、肩に乗せた。

 「ありがとうございました」

後から追いついてきた方の少女が、しっかりと頭を下げながらそう言った。それにつられるように、もう一人の少女が頭を下げた。男はぼんやりした表情で、少し微笑みながら子猫を撫でていた。二人の少女は、そんな男に呆気にとられながら、見入られてしまった。

男は子猫を撫でながら、二人の少女に話しかけた。

「よかったね」

言葉少なにそうとだけ言って、猫に注意を向けている男に、二人は何も言えず、見つめていた。それでも、少し、子猫から注意を逸らして向けてくれた眼差しは、優しさに満ちていると感じられた。

「なんだったら、送っていこうか?」

「お願いします」

間髪入れずに答えたのは、おとなしく身を竦めていた方の少女だった。驚いたのは、もう一人の少女で、男は、じゃあ、と言いながら歩き出した。

「どっち?」

沿道に立ちながら男は尋ねた。

「あ、二人とも、こっちです」

足元にあったザックを担ぎ子猫を肩に乗せると、指さす方向に向かって、男はゆっくりと歩き出した。そして、戸惑うように二人の少女は慌てて歩きだした。

 ゆっくりと進む男の後ろで、二人は後ろを気にしながら寄り添いあってついて歩いた。

「よかったね、ゆうこちゃん」

「うん。あのぉ、あなたは、どこの学校です?」

ゆうこと呼ばれた快活な少女が男に向かって話しかけた。男は聞こえていないかのように数歩進んで、首を回して、

「ん?なんか言った?」と言った。

「あのぉ、高校生ですか?」

「ハハ、そう見える?」

「じゃあ、中学生ですか?」

「まぁ、でも、ガッコ行ってないからな、どっちでもないな」

そう言って笑う男の横顔を見ながら、二人の少女は戸惑うだけだった。

 男は何も問い掛けることもなく、二人の少女を先導した。城仙公園を抜け、踏み切りを越え、坂の細い道を下ると視界が開け、右手にマンションが見えた。

「あたし、ここで。ありがとうございました」

優子はしっかりと頭を下げて礼を言うと、もう一人の少女に手を振ってマンションの中へ駆けて行った。二人っきりになった少女は急に男を意識してしまい、少し、はにかみながら男を見た。男は微笑みながら少女を見下ろすように、見つめていた。

「じゃあ、行こうか」

軽い調子でそう言うと、また、どっち、と訊いてきた。少女は、はにかみながらうつむきかげんに、

「あ、こっちです。でも、まだ、だいぶ、遠いから、ここでいいです」と言った。が、男は聞いていなかったのか、そのまま、少女の指さした方に歩き出していた。少女は、ぽつりと取り残され、慌てて、追いかけざるを得なかった。

 男は一緒に歩いているという意識がないのか、時折、肩に乗せた子猫を気にやっていたが、少女の方にはほとんど注意を向けなかった。ただ、交差点に差しかかると、立ち止まって少女の指示を待った。その度に、少女は小さく、こっち、だとか、そっち、だとか言うだけだった。それでも、一緒に歩いてくれる大きな背中に、安心感が増してきて、父親か恋人と一緒に歩いているような気分になっていた。

 男は、本当に、少女の家の前まで送ってくれた。

「こんなとこまで、送って戴いて、本当にありがとうございました」

少女が礼を言っていると、男は笑顔でじゃあと言って、ふらりと立ち去ろうとした。少女は、慌てて、

「よかったら、寄ってって下さい。お礼したいから」と言ったが、男は背中越しに手を振るだけだった。

「あの、あたし、中川千津子といいます。あの、あなたの、名前は?」

男は歩きながら、ちょっと振り返り、

「大島」と言っただけでそのまま去って行った。千津子は、それ以上何も言えず、見送るだけだった。


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