情景#03 神社と寒の雨
雨がしとしとと降る朝。ビニール傘を差して、傘布越しに空の
一礼して、神社の鳥居をくぐった。
鼻に空気を通すと、
「雨の匂い——」
周囲の音を鎮めるような湿り気が場に充ちるなか、足を止め、静かに前方の拝殿とそばに佇む
自分以外の足音がひとつ。
「あ……おはようございます」
深い紅色の傘を差した男の子が、長身を曲げて小さく会釈してくれる。ここで彼を見かけると、つい表情が緩む自分がいた。
そして、
「おはよ。今朝は冷えるね」
なんて、とりとめのないことを言ってしまう。
すると彼も、
「はい。本当に——」
とか返してくれて、困りげに笑うのが可愛らしい。
「今日は私服なんだ。おつかい?」
そう尋ねれば、今度は素直にうなずいた。
「ええ。ちょっと買い出しに……」
「
そしてそれをいちいち人に見られて。
でも彼は、こちら側のそんな思惑なんてつゆ知らず、高台から遠くの町を眺めるように視線を伸ばし、ぽつりとつぶやく。
「
——ホント、スレてない子だな。
色白、黒髪、
「お参りですか」
と、しなやかな佇まいでこちらの様子を伺っていた。
「そんなところかな」
空いた手の指先で、透明な傘布の裏地を軽く押しながら、
「なんというかね。
ちらりと奥の拝殿に目をやる。
「坂の下で、つい君んトコの神社と目が合っちゃって」
「神社と目、ですか……」
彼はあからさまに困惑していた。
「神社というか、鳥居かな。それとも敷地? ともあれ、坂の下から見上げるとね。つい寄ってみたくなるの。ところで、今日は何時から起きているの」
「……
「あさぼらけ、って言葉を普段から使う男子なんて、この辺じゃ君くらいよ」
「そうでしょうか……」
二人分の足音と、傘に触れて鳴る雨音。お互いの声が混じる。
「とりあえず、ちょっとお参りしてく。じゃあね」
軽く手を振って少し歩いてから振り返った。彼は遠くの待ち人を眺めるように、ただ澄んだ気配を纏って先ほどの場所に立ったままでいる。
「……」
参道の端を渡り、屋根で守られた拝殿に入って傘を閉じ、
「五重にご縁、五十円……」
こんな語呂合わせ。いったい誰が考えたのやら。
一礼して
立ち寄ると、そばに彼が立つ。
「あれ。まだ行ってなかったの?」
「ええ、まぁ。だって、こんな雨の日の中、お越しくださって……」
「ううん」
掛けられた絵馬の列を眺め、
「雨の日のココも好きなのよ」
淡々と言ってみた。
雨は、不要な音を削り落とし、欲しい音をくれる。
「わかります……」
彼以外の音を消してくれた。
「ほら、見送ったげるから。車?」
「あ、はい」
彼を見送り、一礼して鳥居を出たあとは、雨音と、自分ひとり分の足音が残された。そして、身のうちでうずくような鼓動だけが、少し。
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