第6話 Hello again ~昔からある場所~-6

 目の前を塞ぐように 人が立った

 心が どこかへ行っていた仙貴は はっとして 見上げた

 にっこりと 微笑む 由起子先生

 ―――どうしたの?

 ―――いや この雰囲気に ついていけなくて

 由起子は にっこり 微笑みながら 隣のイスに腰掛けた

 ―――ここへ来るのも 随分 ひさしぶりだわ

 ―――先生は 直人たちと いとこなんだよね

 ―――いえいえ あたしは あの子たちの おばさんなのよ

 ―――なのに あまり来ないの?

 ―――一応 あの子たちの 先生だから

 ―――公私の区別は 必要なんだね

 ―――そう でも ここは 落ち着くわ

 ―――どうして?

 ―――あたし 昔 ここに住んでいたのよ

    小さいころから 高校まで

 ―――ここが 故郷なんだね

 ―――ふふ そうね

 ―――いいね そういう場所があって

 ―――でも あたしの故郷でも もう帰ってくる場所ではないのよ

 ―――どういう意味?

 ―――あたしは 巣立ってしまった

    もう 新しい巣を 作らなければならない

 ―――…ん

 ―――仙貴君は どこの生まれだったかしら

 ―――覚えてない……

 ―――そう

 ―――覚えていたくない というのが 本当なんだろうな

 ―――いつから 孤児院にいたのかしら

 ―――ものごころがついた頃から

 ―――その後 もらわれていったのよね

 ―――ほんと もらわれたんだよ 物みたいにね

 ―――妹さんがいたのよね

 ―――あぁ ずっと 探してる

 ―――今も?

 ―――ん 放課後 時々

 ―――手掛かりは?

 ―――ない

    …ただ まゆみは 持病があった

 ―――心臓病ね

 ―――…ずっと 小さい頃から 苦しんでいた

    よく寝込んでいた

    お兄ちゃん お兄ちゃん って うなされてた

    孤児院でも お荷物だった

    みんなに いじめられた 特にまゆみは

    病弱で 小柄で 弱虫で 泣き虫で……

 ―――心配ね

 ―――ん

    僕だけが こんなに幸せでいいのか って思う

 ―――今 幸せ?

 ―――あぁ こんなに幸せなこと なかった

    何も心配しなくてもいい

    毎日 平和だ

    闘う必要もない

    今日 決められたことをしていれば それで十全としている

    明日が必ず来る それだけでも 幸せだ

    だけど…… まゆみは……

 ―――幸せよ

 ―――そう思いたい けど

 ―――不安なのね?

 ―――ひと目でいいから 元気な姿が見れれば

 ―――大丈夫よ

 強く言い放つ 由起子の顔を見ると 不思議と 安心感が沸いてくる

 ―――きっと 大丈夫だと 思う

 応えるように 言い放った

 由起子は 満足げだった

 ―――ほら

 と 由起子は 由美子を指さした

 大勢の生徒に囲まれて 笑っている由美子は いっそう 華やかに見える

 ―――あの娘 あんなに元気よ

 仙貴も頷いた

 そうだ あの娘も 心臓が悪いんだった

 手術してよくなった

 …でも

 ―――やっぱり アメリカで手術すると お金が掛かるんだろうな

 ―――えぇ かなりな額みたいよ

 ―――まゆみも 手術すれば あんなふうに 元気になるんだろうな

 由起子は かすかに頷いた

 ―――ねぇ 仙貴君

 よく通る 澄んだ声で 由起子は話し掛けた

 ―――妹さんの手掛かりは 心臓病だけ?

 ―――あとは 名前 まゆみ

 ―――そう 他には?

 ―――孤児院にいたから 特にないよ

 ―――そう

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