第26話 腐竜?

「ここが中心か……」


森を蝕む瘴気は、円を描く様に広がっていた。

俺はその中心地点を探し出し、上空から様子を眺める。


「うわ!なんですかこれ!?」


「黒く……歪んでいる?」


瘴気を視認できなかったリピ達だが、中心地点の様子を見て絶句する。

そこにはまるで瘴気を煮詰めたかの様な、どろりとした闇が広がっていた。

ここまで酷いと、彼女達にも異変が視覚情報となって見える様だ。


サーチをかけるが、濃度が強すぎてか瘴気以外何も情報が入って来ない。

正直お手上げだ。

流石にあの中に降りていく度胸は俺には無い。


「ちょっと手が出ないな……力になれなくてすまない」


「い、いえ。元々無茶なお願いでしたから……」


ルーリに頭を下げる。

態々やって来て期待させておきながら、この体たらく。

我ながら不甲斐ない事この上なしだ。


「神様なら大丈夫!何とか出来ます!」


「…………何が?」


リピが何を言っているのかまるで理解できない。

俺はいま無理だとはっきり口にしたはずだが、どうや俺の言葉は彼女には難し過ぎた様だ。

仕方ないので分かり易く、はっきりと伝えてやることにする。


「無理!!!」


「大丈夫です!!!」


駄目だ!

まるで通じない!

こいつ手ごわいぞ!?


「兎に角、浄化しちゃいましょう!原因なんてどうでもいいんですよ!片っ端から浄化してやればそれで終わりです!!」


惚れ惚れするまでの脳筋発言。

見た目は可愛らしい妖精なのに、中身は完全にアホの子だ。

まあ知ってたけど。


「さあ魔法を連打して、片っ端から浄化です!神様!」


「いや、俺魔法連打できないし」


「へ?何故ですか?」


何故ですかと言われても困る。

何故ならそういう物だから。


俺の魔法は詠唱を必要としない為、他の魔法と違い一瞬で発動させる事ができた。

それなら連射できそうな物だが、残念ながら俺の魔法は1度使うと5秒ほど魔法の使えない時間――所謂クールタイムというやつが発生してしまうのだ。


当然貰い物の力でしかない魔法が何故そうなるのかなど、俺が知る由もなく。

聞かれても答えようがなかった。


「兎に角、連射は出来ないんだよ」


「えぇ……そうなんですか?でも今、エアフライとサーチを同時に使ってたじゃないですか?」


エアフライの様に発動させて維持する系の魔法なら、維持しつつクールタイム後に別の魔法を使う事は出来る。

だから発動のタイミングさえずらせば複数の魔法を同時に使う事自体は可能だ。


だがクールタイムが発生する事自体に変わりはない。

よって連射は無理。


「エアフライは事前に発動させてただろ?お前には分からないかもしれないが、俺の魔法は強力だから連射は出来ないんだよ」


さっさと諦めろよ。

世の中諦めが肝心だ。


「だったらデカいの一発ぶちかましてやりましょう!神様ならできますって」


うん、そうだね。

全力ならできそうな気は確かにする。

でもやらない。


あんまり強力過ぎる力は見せたくないし、何よりエアカッターの例がある。

変な進化が起こってしまったら、瘴気どころか残った森まで壊滅させかねないからな。

やりすぎてエルフが全滅しちゃいましたとか、シャレにもならん。


「いや、流石に無理だって。俺にそこまでの魔力は――」


その時、異変に気付き言葉を途切れさせた。


空気が揺れる。

それは真下からの振動だった。

俺はゆっくりと、視線を下へと向ける。


「こりゃ……一体何が起こってるんだ?」


眼下の地上では、瘴気の塊やみが震え波打っていた。

どんどんと振動は大きくなっていき、それに合わせて瘴気が大きくうねる。

明かにやば気な雰囲気だ。


視線を上げると、ルーリとリピの二人と視線がかち合う。

その瞬間、3人の心が一つとなった。

満場一致で撤退だ。


――だが一歩遅かった。


次の瞬間瘴気が上空高く吹き上がり、その中から一匹の魔物が姿を現す。


「ドラゴン……か?」


目の前のドラゴンの体長は、優に50メートルを超えている。

確実にクジラよりでかい。

但しその肉体はボロボロで、酷く腐敗している様に見えた。


「これは……ドラゴンゾンビ!?」


ルーリが悲鳴に近い声で、その魔物の名を叫ぶ。

言われてみれば、確かにドラゴンのゾンビの様に見える。


「あわわわわわ!神様!やばいですよ!!」


ドラゴンが人間よりも大きい、白く濁った瞳で此方を睨みつけた。

確かにリピの言う通りやばい。


今の俺に出来る事は唯一つ――


死の破壊デスカタストロフ!!」


最強の攻撃魔法を迷わずぶっぱする。

込めた魔力はミノタウロスを倒した時と同じレベルだ。


森を消滅させたこの一撃ならば……


黒い光が竜を覆い尽くし、その姿が消える。


そしてその光が収まった時、腐竜の姿は――


「き、きききき効いてませんよ!!!」


恐るべき事に、目の前の腐竜には傷一つ付いていなかった。


まさか最強の魔法が通じないなんて……


いや、最強の魔法なら他にある……次元を切り裂く刃ディメンションカッターが!


幸い腐竜は何故か動いてこない。

クールタイム終了と同時にぶちかまして――


「落ち着け、我は汝と争うつもりはない」


「え?」


その腐った体からは考えられない程澄んだ声が、ドラゴンゾンビから紡がれた。

その声は柔らかく、敵意の様な物を一切感じない。


「汝は神の御使いであろう?」


「い……いや、違……」


「そうです!神様は神の御使いなのです!!」


本能的に否定しようとすると、その言葉をリピが遮る。

こんなでかい魔物相手に臆せず声を張る彼女の度胸には脱帽だ。


でも勝手に余計な事は言うな。


「では頼みがある。我にかけられた呪いを解いてはくれぬか?」


「呪い?」


「そうだ。この身は呪われ、腐り果てている。それを治して貰いたいのだ。このままでは、我の肉体から放たれる瘴気で世界が腐り果ててしまう。頼む」


いきなり呪いを治せと頼まれても……

ていうか話が本当なら腐っているのは呪いのせいで、別にゾンビという訳ではないという事か。


だったら、ルーリのドラゴンゾンビ発言は何だったんだ?

まさか適当言ったのか?


――まあ可愛いから許そう。


「わかった、やってはみるよ。けど、駄目だったら殺すとか無しだぜ」


最初はインパクトが強すぎて魔法を問答無用で叩き込んでしまったが、冷静によく観察してみると、腐った巨体からは聖なる力の様な物を薄っすらと感じ取る事が出来た。

何となく信じていい気がするので、試すだけ試してみよう。


「そんな事は言わぬ。そもそも其方の方が遥かに強かろう。私ではお主には勝てんよ」


「いや、俺の魔法全然効いてなかったじゃねぇか」


次元を切り裂く刃ディメンションカッターを試してはいないが、死の破壊デスカタストロフを喰らってぴんぴんしている奴より、俺の方がずっと強いとは流石に考え辛い。


竜って種族は、案外謙遜するタイプなのだろうか?


「ははは、あれは死滅魔法だからだ。我ら5大竜は不滅の存在。それ故、死滅系の魔法は我等には通用しない」


「そうなんだ……」


不滅だったら、結局他の魔法でも倒せない気がするのは俺の気のせいだろうか?

てか5大竜ってなんだ?

この世界には後4体もこんな化け物みたいな奴が居るって事か。

異世界恐るべし。


聞きたい事は色々あるが。

まあ話は後にしよう。

俺はアーカイブを検索して解呪の魔法を見つけ出し、目の前の巨大な竜へと魔法を掛けた。

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